相性と価値観

みなさん、こんばんは!

今日1日平日で、また明日が休み。週の前半に祝日が入ると、ちょっとリズムに乗れませんね!

 

ところで、この頃友人と話しているのが、「相性」についてです。

1人、1人を見た時に、その人らしい長所があるのに、なぜかうまくいかない関係がある。(夫婦や親子、きょうだいなど、密接な関係で)

 

確かにお互いの言い分は分かるのです。

そこで行きつくのが、相性だなあということです。

 

例えば、趣味を持っていて、外で活動したい旦那さんと、外で誰とも会わなくてもいい。家族だけで完結したいと思う妻だったら、きっとこの関係は、お互いにストレスになっていくでしょう。

 

どちらの言い分も分かるのに、お互いに価値観が違いすぎる。

 

そして、第三者的にはどちらの言い分も分かるけれど、当事者は、相手の言い分が分からないこともあるのです。

 

なぜなら、自分の言い分を聞いてくれず、自分の主張を押し通す相手に対し、腹がたって、受け入れられなくなってしまう。

それが続くことで、信頼関係までひびが入ることもありえるのです。

 

親子でも同じです。

色々と心配が過ぎて詮索したくなる親と、自由が好きで、信頼してくれることを望む子供。

この相性で、親が部屋や携帯を調べたりすると、子供は完全に親を嫌いになるでしょう。

 

なんでも話してくれる人もいれば、多くを語らない人もいる。

それは深い意味はなく、単に性格という個性なのですが、それに他者という存在が加わることで、お互いに影響してくるのですね。

 

出来れば相手の個性を見て、それを理解してあげること。

そして自分の個性も自分で理解し、相手に分かってもらえるように伝えることが出来たらいいなと思うのです。

 

そのために、まず、自分の価値観をはっきりさせないと、自分自身に振り回されてしまうかもしれません。

次に、自分にも価値観があるのだから、相手にもあると認めること。夫婦でも親子でも、自分と同じであると決めつけるのは無理があります。

そして、一番大事なのは、「自分が正しい」と思わないこと。

価値観に正しいも悪いもないのですから。相手を悪者にして、自分を被害者にすることは、決してプラスにはならないと、私は色々な人を見て実感しています。

せっかくの縁ですから、悪くなるのはとても残念だなと思うのです。

 

読んでくださって有難う。

それではまた明日。

おやすみなさい。

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つい言ってしまった本音

今日は正直なところ、失敗しました。

職場で問題児の人がたくさんいるのですが、その中の一人に本当のことを言ってしまったのです。

問題児と私が思う人について、簡単にお話しますね。

 

まず、何か起こったときに自分を省みず人のせいにする人。

冷静に対応できず、子供じみた感情的で大騒ぎする行動をとる人。

自分を守るために、内省できず人を恨み、ねたむ人。

 

これがプライベートならそれでいいのです。

ただ、職場の場合、そこはお金をもらって働く場なのですから、社会人としてこれでいいのかな? と思う言動を取る人を私の中ではこっそり問題児と認識して、対応しているのです。

私は決して上から対応している訳ではなく、どちらかというと、問題を起こさないように、相手の気持ちを荒げないように、やんわり接して理解をしめして、親のように受け入れていたともいえます。

 

ところが今日、ついにその堤防が破れてしまったのです。

それは彼女がとある上司の男性を非難したことからはじまりました。

その上司とのことはつい最近始まった訳ではなく、長い長い経緯があります。

彼女が人に要求することが大きい。でも、彼女はそれを自覚していない。

だから、上司が仕事上のキャパで相談にのったとしても「親身ではない。私をかばってくれない」という、底なしの要求にはこたえきれないのも事実。

そして上司自身、逃げ腰なのも本当の所です。

 

ことの発端は、先週、彼女があんまり自己中心的な考え方をしていたので、つい、「あまり上司に期待するのをやめたら? 諦めたらどうかな」と言ってしまったことが始まりでした。

私にとっては何気ない、でも、かなり強烈な一言だったと思います。

その本音としては、期待しすぎていることに気付いてほしいこともあったけれど、自分の要求を通すには、ただただ、鍵をこじ開けようとすることではなく、他にドアがないか探してみたり、少し時間を置いてみたり、隣の家から声をかけてみたり、手紙を置いて返事を待ってみたり、などなど、色々な方法があると思ったからです。

彼女のように、自己憐憫が強く、大袈裟で、自分を正当化するタイプは、他の道を見つけられず、扉を開けない人を恨むばかり。

それでつい、そう言ってしまったのです。

 

その言葉をずっと忘れられなかった彼女は、その怒りが今日まで自分の心の鍋でグツグツ温めふくらませていたのでしょう。

「私にこのつらさを一人で抱えて、ボロボロになって、壊れるまで我慢しろっていうの!? 上司に期待するなっていうのはそういうことでしょう?」

と私を責めて泣いたのです。

私はまず彼女をなだめ、それが真実ではないことを伝えました。

そして、彼女が一方的に話す、私への想像からくる嫉妬と妬みの言葉にも耐え(いわゆる、あなたは特別に恵まれている という思い込みからくる言葉)、彼女に我慢した後で伝えたのは次のことです。

私はあなたに、我慢したほしい訳でも、崩壊してほしい訳でもなく、上司という人柄をそのままを受け入れて、その上で、自分の要求を通したいことがあれば、頭を使って行動してみない? という具体的な案でした。

でも、彼女が求めているのは、冷静な行動ではなく、いかに自分がかわいそうかを理解し、かばってくれる大きな愛なのでしょう。

でも、その愛は、職場の人間では与えられないのです。でも、彼女は自分が正しいと思っているので、そこがわからない。

私はついに本当のことを言ってしまったのです。

「あなたは感情的すぎる。理性で物を考えれていないと思う。でも、そういうあなたを、みんながそれを許してくれているんじゃない?

そして、あなたの上司も、あなたが思うような至らない部分を持っていたとしても、許してあげてもいいんじゃない? あなたが許してもらっているように。

私自身も至らない部分がたくさんあるけれど、それをみんなに許してもらって働いていると思う。

それが私のいう、人に期待しないっていうことなの。

だから、まず、相手を許してみない? 

でも、私はあなたが我慢することがいいとは思ってないの。だから、いい方向に進むように、一緒に考えようよ」

というようなことを伝えたのです。

でもね。

家に帰って考えると、彼女にこの言葉の通りに受け取ってもらうのは、難しかったかなと思うのです。

自分が人に許されている程の存在だと、彼女は気づきつつ、認めたくなかった。つまり、彼女が感情的になるのは、周囲が悪いからで、自分が悪くないからだったのです。

その価値観を崩した時、それに耐えられる強さは彼女にはありません。だからこそ、彼女はひとを恨み、人のせいにすることで、自分を守っているのですから。

その彼女に伝えるには厳しい言葉だったと反省しています。

一緒に考えようと言ったのは、私の誠意です。

本当は彼女みたいにみんなに迷惑かける人は、どうかと思う。でも、一緒に働く仲間として、助けられるのなら、私にできることは、話を聞くことと、一緒に考えてあげることだけ。

感情に同調して大騒ぎして、誰かを責めることではないのです。

でも、今回の言葉は彼女には無理だったかな。傷つけてしまっただけであれば、私が言った言葉は無意味ではなく、有害だった、とも言えます。

ここまで人に言うこと自体、私も人に期待している、ということかもしれません。期待していなければ、伝える必要もなかったことで、今まで通り、彼女そのままを受け入れてあげていればよかったのですから。同僚として…。

後味が少し悪い出来事でした。

たぶん、私の気持ちが彼女の上司寄りだったからかもしれませんね。

きっと、このままではすまないだろうな。また何かあれば、書きますので、聞いてくださいね。反省をこめて。

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向かい合うのではなく

みなさん、こんにちは!
最近、色々と耳に入ってくる「いい言葉」が沢山あります。

以前から、「この言葉を聞くために、今日、この人と会ったんだ」と思えるような瞬間が良くあります。
最近、波動がいいのか、もしくは私が求めているのか、こうした素敵な言葉が、私の心に直接届いて、嬉しい気持ちになるのです。
皆さんが今求めている言葉ではないかもしれませんが、良かったら聞いてくださいね!

今、職場で相変わらずちょっとしたゴタゴタが続いています。
小さな会社なので、特にそうなのでしょうけれど、上は上でワンマンで下にあまり説明せずに物事を進めるし、下は下で、人のことなどどうでもよく、自分さえ良ければいいという人が多い。
後は感情的でその場の自分にわき上がった思いに、自分自身が振り回されて大騒ぎするタイプ。

でも、一部、常識と思いやりを持った、ごく普通の人たちがいるのも確かです。
その中の一人の人が私に言ってくれた言葉。

「会社って、多分、お互いに向かい合って話していても解決しないことが多いよね。同じ方向を見てそこに進む方がきっとうまくいくんだろうけれど、その方向は会社側が提示してくれないとね」

って。
理想論かもしれないけれど、本当になるほど、そうだな! と思えたのです。

そういえば、格言で、結婚について、
「結婚とは、お互いが向かい合うのではなく、同じ方向を向いていくものだ」
というのがありましたよね。その通りなのでしょうね!

他にも思い出したのが、
「結婚する前は両目を開き、結婚したら片目をつぶれ」っていうのもありました。(笑)

前に聞いた話ですが、人間の顔って、意味があって出来ているらしい。
まず、目、耳、が2つずつあるのは、それだけ良く見て、良く聞くため。鼻も1つだけど穴が2つあるので、よく嗅ぎ分けた方がいいのかな?
そして、たった一つしかないのが口です。
それは、食べることに欲を出しすぎないこともあるでしょうし、何より、口は災いのもとっていいますよね。
2つの耳で聞いて、1つの口で話す。
その割合が大事なのかもしれません!


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職場での人間関係

先週、細木数子さんの番組の中の相談コーナーで、職場の人間関係について相談した女性がいました。
(細木さんについては賛否両論あると思いますが、それは置いておいて)

相談内容ですが、職場の先輩たちと上手くいかないということでした。
自分は一生懸命仕事をしているのに、仕事が遅いと言われたり、仲間に入れてもらえない。
みんなと仲良くなりたい。
というような相談でした。

それに対して、細木さんは、「仕事は遊びじゃない。お金をもらってその分の働きをする所。友達を作りに行っているんじゃないんだから、それを期待するより、とにかくお金に見合った仕事をすることを考えなさい」とアドバイスしていて、私はそれにすごく納得したのです。
また、「プライベートで友達と遊んだりして気分転換して、職場では仕事だけを頑張ってしていれば、自然と人間関係の問題も解決するでしょう」と言っていたのです。

相談者がどんな方かは分かりませんが、もし、とても仕事が出来れば、表だっていじめられることは減ると思うのです。
たまたま同じ時期の新聞に、職場のいじめについての記事が載っていました。
現在、労働相談窓口での相談内容のナンバー1が、職場でのいじめなのだそうです。
 
私も同感なのは、職場はサークルではないのだということなのです。
そう思ったのは、たまたま、専業主婦の友人が私にこう言ったのです。
「仕事をしているから、会社で友達が出来ていいよね」
 
彼女は子供もいないため、新しい出会いがなくて淋しい思いをしているのです。
それに対して、私は「会社で友達をなんて作る気ないよ。職場で友達が出来るとしたら、それはたまたまだと思う。職場で仕事をしやすいために親しく接するけれど、それは同僚っていうんじゃないかな」と返事しました。
 
これは私の本音です。
たまたま心が通じる人がいれば、それはとてもラッキーなことだけど、元々は友達を求めて仕事をしているのではないのです。
 
仕事=お金だけではないけれど、仕事そのものをしたくて、その代価が欲しくて仕事をしているのですから、お金に見合った仕事をすることは、当然の義務だと思います。
誰が仲良くしてくれない。私を悪く言っている、ということに気をとられて仕事がおろそかになるのは、逆効果だと思うのです。
 
人間関係は良好な方がいいけれど、それをメインに考えるより、まず、自分の仕事をすることで、人間関係もスムーズに行くことだってあると思うのです。
基本的な協調性も大事ですよね。
 
そして、不思議だけど、一つが上手くいくと、全ていい流れになることってあると思うのです。
まず、目の前のことを一生懸命やることがいいことだとしたら、職場においては、仕事を一生懸命やることが、全ての近道だと思います。
 
また、先輩や上司が何を望んでいるかを感じて動くこと。
出来る人がどんな風に周囲に気をきかせているかを盗むのも大事だと思うのです。
入ったばかりなら、人が嫌がる仕事を自分から引き受けることも大事かもしれません。
率先して「私がやります」と言うこともすごく大切なことだと思うのです。
あるレベルをクリアすれば、きっと道も開けると思います。
 
友達を作るつもりはなくても、逆に友達は出来るし、先輩、上司の信望も厚くなるのではないかなと感じたりしています。
 
生意気なことを書いてすみません。
読んでくださって有難う。

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正義感の強い人

先日、職場の人と飲みに行きました。
 
彼女はとても正義感が強い人です。
言っていることは私も分かるし、同感と思うことも多いのです。
 
でも、聞いていて切なくなってきました。
 
それは、この世の中で正義だけではまかり通らないこと。
ある程度は目をつぶらなければ生きて行けないこと。
 
それは彼女も十分分かっているのです。でも、納得しきれないから辛いのでしょう。
人の数倍、苦しんで生きている人だと感じました。
 
正義感が強い人に共通するのかどうかは分かりませんが、
 
「私なら、こうする」「私なら、こう言ってあげた」
 
と、私ならが続くのです。
 
つまり彼女の正義は=自分の価値観なのです。
    

善であると思っていても、それが善ない場合もあり、また、人間は誰もが欠けている部分があるのですから、思ったことは正しくてもそれを実行に移すのが正しいかというとそうはならないと思うのです。

常識的に考えられる正義はほぼ一致すると思うのです。(例えば盗みや殺人が駄目だということなど)
でももっと一般的な日常に起こること、言動などは、正義だけでは成り立たない世界でもあります。

そのレベルになると、自分の正義が人の正義と違ってくることもあるので、自分が正しいと思い込むことで、逆に自分の正義を人に押し付けるマイナス効果も起こりえると思うのです。
 
こうして書いている私も、もちろん欠点もあり、完全な人間ではありません。
 
そんな私が思ったことは、人間はやはりバランス感覚と客観性も大事かもということです。
 
それだけではもちろん、「自分がない」人間になってしまうので、自分の考えを持ち、その考えを持つために、人の話を聞いたり、経験したりして、その上で客観性も持てたらと改めて思いました。

そして、正義感ですが、誰もが持っていると思いますし、また自分の正義感に反することを目にすれば、苦しくもなると思うのです。
でも、それは無理に無くす必要もないと思いました。
自分の中で折り合いをつけることも大事かもしれません。
 

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人間の役割

皆さん、こんばんは。

 

今日はちょっと疲れた1日でした。

職場でたいしたことでもないのに(と私は思った)、繰り返し、繰り返し、言い分を言われて、その意見も納得できる部分もあるのですが、すべて「自分オンリー」の意見に参ってしまいました。

こちらの意見は最初から聞く耳は持っていないのですから。

かなり年長の人でしたし、逆らえば長くなるので聞いていたのですが、後から思えばそれもやっぱりスッキリしなくって。

最初、私は、「全く、言いたいことを言う人は、自分を棚にあげて!」とあきれてました。

 

というのは、私だって日々過ごしていれば思うことは色々とあります。

でも、自分を振り返れば人に助けられることもあり、自分も失敗することもあるので、相手の意見も聞かずに言いたいことだけ言うことは慎みたいのです。

どうしても言わなくてはいけないことは、はっきり口にする勇気はあると思っていますが。

 

でも、今日は言いたいことだけ、自分の気持ちだけ一方的に言う人と向き合ったため、大変消耗しました。

客観性なく、一方的に言いたいことを言う人は、自分に甘く自分の欠点は見えていないからこそ、人に厳しいことが言えるのだと、内心苦々しく思っていたのです。

もし、これだけで終わっていたら、今日の1日は疲れただけで、そこから学ぶこともなかったでしょう。

 

今日の最後に、私の話しを聞いてくれた、職場の敬愛する女性から何気ないこんな一言をもらいました。

私に共感し、理解してくれて、ねぎらってくれた上での言葉です。

 

「私も普段から、言いたいことを言う人は、自分を棚に上げているから言えるんだなと思うわ。

 

でも、それがその人の役割なのよ。人に意見を言う役割を背負っているのよ

 

その言葉で、ストンと心が落ち着いたのです。

いいか悪いかは別として、世の中にはそういう役割を背負う人もいるのかもしれません。

誰が定めたのか、分かりません。

そういう業を背負って生きる人もいるのだと思えば、楽にもなれます。

そして、自分はそうはならなければいいのですよね。

そんな風に自分に言い聞かせて、今日は眠ることにします。

 

蛇足ながら、謙虚で心の品位の高い人は、普段から色々と大げさなことを口にせず、また人を許してくれるのです。そんな心の広い、尊敬する人の口から意見を聞いた時は、素直に受け入れたいと思うのです。

私自身も、この人が言うのだから耳を貸そうと思ってもらえる人間になりたいと思いました。

人間として成熟していきたいです。

 

長々と読んでくださって有難う。

それではまた明日。

おやすみなさい☆

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いい距離=客観的になること

私は客観的になることが自分を守ることだと考えています。

 

自分が大事だと、主観的であった方がいいように思いますが、私の価値観ではそうは思えないのです。

 

自分しか見えないことで、人の気持ちが理解できなかったり、また人が自分のことを分かってくれないと、「どうしてなんだろう!?」と苦しくなるんじゃないかなと常々思っています。

 

自分と人は同じではない。
考え方も、価値観も、行動も、「常識」でさえ同じではない。
そう思っていればがっかりすることは少なくなります。

 

あまりに価値観が離れていれば友達になることはありませんが、仲のいい友人であっても、価値観が全く同じということはありえません。
仲がいいからといって、考え方を思い押し付けられると戸惑います。
「私がそうだから、人もそうだと思った」
では、逆に距離感を感じてしまうものです。

 

「私はこう思うけれど、相手がそうかは分からない」
「私の普通はこうだけど、人の普通もそうだとは限らない」

 

 そんな土台で話していれば、逆に違う考えに触れたり、分かってもらえなかったりしても、淋しい気持ちは感じずにすみます。
 お互いそう思っている同士なら、より、安心して話せますよね。

 

 誰の言葉だったか思い出せないのですが、私がなるほどと思った言葉があるのです。

 

「人の物差しと自分の物差しが違うことを、みんなは知らない」

 

 ああ、なるほど! とその時は深く感銘したものです。
ちょうどその頃、私の友人でも、「自分がそうだから、あなたもそうだと思っていた」と言われたりすることもあり、なんかスッキリしなかったのです。
この言葉を聞いて、自分の考えを言葉にしてくれたのだ! と快哉を覚えました。

 

 育った環境も、家庭も、その人自身の性格さえ違うのが人間です。
たとえ夫婦でも、親子でも、恋人でも、元は他人です。(血は繋がっていても自分じゃない人という意味で他人)同じだと思わない方が楽に生きられます。

 

 最初からいい距離であった方が、近くにいて突然はねのけられるより、ずっとずっと長くいい関係が築けると思っています。
そのいい距離というのは、イコール、人と自分は元々違う人間だと認識することから始まるのかなと思うのです。

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頑固さについて

皆さん、こんばんは。

 

今夜の東京はちょっと冷え込みます。段々と年末が近づいているのですね。

 

突然ですが、皆さんは「頑固」ってどういうイメージですか?
融通が利かない、頭が固いというイメージがありますよね。
でも、一方では、芯が強かったり、しっかりしている面もあると思うのです。

 

段々年齢を重ねると、自分の経験や考えが決まってきて、頑固になっていく一面もあります。
ほら、よくいるオバサンと呼ばれる人たちは、見知らぬ人に対しても無礼だったり、突然お説教のようなことを言ったりするでしょう。あれも一つの思い込みと頑固さだと思うのです。すべて間違っている訳ではありませんし、いいことを言っているのですが、言い方も悪くて素直にきけなかったりしますよね。

 

私は頑固は悪いとは思っていないのです。
でも、人と柔軟に付き合っていくとか、会社でスムーズに仕事を進めるとしたら、頑固オンリーではうまくいかないでしょう。ではどうするのか?

 

私なりの回答ですが、頑固は自分の中だけにとどめて、人に押し付けないことが大事だと思うのです。

 

まず、人からの意見やアドバイス、考え方など、会話の中からいい部分はどんどん吸収する。
あれ?と思っても否定しないこと。人にはプライドがあるし、いいと思っていることをあえて否定したり、水を差す必要は全くないと思うのです。

 

次に人に対して、自分がいいと思ったこと、考えていることなどを話してもいいけれど、押し付けがましくないようにする。相手に言っても無駄だと思えば、引くことも大事かなと思います。
自分のいいことが相手にとっていいこととは限らないのですから。

 

そして、相手が押し付けがましく出てきたら、あえて否定せず、流してしまうのが一番です。
すべて流すのではなく、選択する必要はありますけれど。

 

あの人は「はいはい」と聞いているのに、実行しないと思われても、それはそれでしょうがないと思います。
でも、素直な気持ちでいれば、全部を流すのではなく、いい部分は自分の身につけていくことは、自分が一番実感すると思えるのです。

 

頑固さはOK。簡単に人に流されるようでは、付き合っていても面白くありません。
でも、人に押し付けるのは×。
柔軟に、素直に、芯をしっかり持つこと。
そして、人の意見を否定しないこと。人の考えていることを否定しないこと。変だと思っても水を差さないこと。

 

意見交換をしたり、議論するのはまた別問題ですので、そのニュアンスの違いが伝わればいいのですが…。
相手が言っていることを一度受け入れて、そういう考え方もあると理解できれば、全面否定にはならず、相手のプライドは傷つけません。
自分の意見も落ち着いて言えると思うのです。受け入れてもらえるかどうかは、また相手のキャパ次第ですね。
相手はともかく、自分のキャパを広げる努力をすることは無駄にはならないと思います。

自分も大事にして、人も尊重する。
やっぱりそこに行き着くのかもしれません。

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