徒然なるままに

守護霊さまからのメッセージ。最近起こったシンクロのこと

皆さん、こんにちは。

白猫です。 
 
だいぶ、朝が寒くなってきましたね。
皆さん、風邪などひかないようにお過ごしくださいね。 
 
さて、最近、私にとって嬉しいシンクロがありました。
また、シンクロだけでなく、早めに着手してよかったなと思うことがありましたので、
シェアさせてくださいね。 
 
まず、プチシンクロです。 
 
先週末が締め切りのレポートを作成していたのですが、
忙しくてなかなか完成できずに、提出がギリギリになりそうな状況でした。 
 
金曜日のこと。
職場でたまっていた日経新聞を読んでいたところ(必要なところだけスクラップしています)、
今まさにレポートに書いていたテーマの記事を発見しました。
 
その内容を追加して提出することが出来て、
とてもタイミングが良くて、嬉しくなりました。 
 
記事の内容が参考になったというのも嬉しかったのですが、
それ以上に、レポートのことが気がかりで、負担があり、
気が晴れない状況の時、テーマの記事を発見した時の喜び! 
 
守護霊様が「頑張って」とメッセージを送ってくれたように感じました。 
 
もちろん、これは私がそう感じたということで、
立証できることではありません。 
 
単純な私は素直に、ああ、メッセージだ、と受け取ったのです。 
 
守護霊さま、もしくは、自分を守ってくれている存在からのメッセージは
直接電話やメールで届くことはありえないので、
なんらかの目印(目に飛び込んでくる公告とか、テレビの内容とか、目に留まった文字など)
を自分で感じ取れるかどうかだと、
スピリチュアルの本にも記載がありました。 
 
私も実感としてそのように感じています。 
 
何より、理屈でどうとか、たまたまだとか思うより、
ああ、守ってくれている守護霊様(もしくはご先祖様、守り神、なんでもOK)が
お知らせをくれたんだな、と思った方が、
守られていることを感じて、さらに自分を大切にできるように感じました。 
 
 
他には、今学んでいるコースの受講要件について、
今年から変更になったことを、ホームページで確認しました。 
 
昨年は私の要件で受講できたのですが、
今年の募集から申込要件が変更になり、私の要件では受講できなくなっていたのです。
 
去年申し込んでおいてよかった!
 
と心から思った瞬間でした。
 
今受講してることが身になるかどうかはわかりませんが、
まず、はじめなければ結果も出ませんから、
それだけで運がいいな、やはり急いだ方がいいと言うメッセージ(私が受けとったメッセージです)は
間違いなかった、と実感しました。
 
今、私がしていることは、何の確定もしていないことなので、
何年も学んだあとで、思った結果が出ない可能性もあります。 
 
半年前くらいでしょうか。
ふとテレビで流れていた言葉が耳に入りました。
最近、動画サービスばかりで、めっきりテレビを観なくなったので、
本当に偶然です。
 
バラエティ番組だったのですが、
実在の方の話で、誰のことかは記憶していないのですが
(ブログの読者さんでご存じの方がいらっしゃるかもしれませんね) 
ノストラダムスの大予言(1999年に人類滅亡)を信じて、
勉強しなかったら、何も起こらなかった、という笑い話のような
実話を放送していました。
 
その実体験を読んで、私が受け取ったメッセージは
 
「未来がわからないからといって、やらないのは
いつか死ぬからといって、何もしないのと同じ。 
いつ死ぬかはわからないし、未来も確定していないけれど、
やりたいと思ったことはやることが、
あとで後悔しない生き方」
 
とでした。 
 
偉そうなことを言うつもりはなく、
ただ、後悔しない生き方が出来たらいいな、とお伝えしたくて書きました。 
 
長い文章を読んでくださってありがとうございます。
 
また気づきがあったら、シェアさせてくださいね。
 
皆さんにとってたくさんの素敵なことが訪れますように☆
 
白猫

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訪れた気づきと、その意味について思うこと

皆さん、こんにちは。
白猫です。
 
大変ご無沙汰しています。
更新が滞ってごめんなさい。 
 
このように、気まぐれな更新しかしない私のブログを
気にかけてくださっている方、本当にありがとうございます。 
 

 
私の近況報告と、昨日起こった気づきについて、
皆さんに聞いたいただきたいことを書かせてくださいね。
 
 
自分で始めたことですが、
資格取得のための勉強や、
トレーニングなどの実習に、休日の半分以上が埋まり、
さらに、レポートや論文などの提出もあり
心休まることなく、2年が過ぎました。 
 
 
その間に、高齢になった両親の手術や病気など、
その対応もありました。
 
 
学びについては、
元々やりたいことをやっていたにも関わらず、
時間に忙殺されて、スピリチュアル的な感覚もマヒしているようで、
「最近、ほんとうにこれがやりたかったのかな」と
ふと思うこともありました。
  
 
大好きな友人とも会う機会もめっきり減り、
以前なら、月1回、2か月に1回は会っていた友人とも、
半年~1年に1回、しかも短時間会えればいいような状況になりました。
  
 
大好きなブログを更新したい、記事を書きたいという気持ちも
湧いてこなくなりました。
 
 
以前は書きたいことが山のようにあって困ったのに、
ここしばらく、書きたいこともあまり浮かんでこなかったのです。
  
 
私、本当にこれでいいのかな、そんな思いを抱えながらも、
途中でやめたいと思っているほどではなく、とにかくやるしかないと
毎日を仕事と勉強、家庭のことなどに忙殺される日々でした。
 
 
今月、少し授業に余裕があり、ようやく、
長らく会っていなかった友人たちと、休日に会えるようになりました。
   
 
そして昨日、前職で出会った大好きな先輩である友人と
久しぶりのランチをしました。
その方とはスピリチュアルな部分で、とても結びつきを感じる方なのです。 
 
 
私が「最近スピリチュアルな感覚を失いつつある」という話をしたところ、
その方も「まさに私も同じことを思っていた。仕事もミスばかりで、忙しくて休む暇もなくて」
とおっしゃるのです。
  
 
その方がおっしゃるには、余裕がないと、直感が入る隙間がなくなるとのこと。 
   
思い当たることがあり、そうだよね、と納得したのです。 
  
とはいえ、今学んでいることはすごく嫌なことをしている訳ではなく、
かといって、ワクワク楽しくて、心躍る訳でもなく、
得意なことではあるけれど、
努力していないこともあり、壁にぶつかっている状況でした。
  
 
友人と話している間に、ふと、
勉強はしながらも、スピリチュアルなことはまた時期がきたら進めたらいいのかも、
という感覚が湧いてきたのです。 
  
 
確信はないのですが、自然に任せよう、
今やっていることは、最後までやり遂げよう、
形になるかどうかは、神様に任せよう。
 
と思ったのです。 
  
 
そして、友人と年内の再会を約束して別れたあと、
地元の駅でのこと。 
  
そのまま帰ろうと思ったのですが、
なぜか、あるお店に寄りたいという心の声を感じました。
  
特に買わなければならないものもなかったのですが、
そのお店に寄ることにして、入ったところ、
もう7年近くお会いしていないお知り合いにバッタリ再会したのです。
  
長い間、連絡をしなくては、と思い続けて、
そのままになっていた方でした。 
  
ようやくお会いできて、長年の不義理をお詫びすることが出来ました。
   
その方と、今後もご縁があるかどうかはわかりませんが、
少なくとも、再会できたことで、私は長年の肩の荷が下りました。
  
そして、先ほど感じた、まずは今やっていることをやり遂げよう
ということについて、答えをもらった気がしたのです。 
  
それは直感でもあり、それだけではないのです。 
  
実は、私がカウンセラーの資格試験のための勉強をしていた時、
応援してくださって、
励ましてくださった方でした。 
  
 
その方から、辛いことがあり、私に話を聴いてもらえたらと
一度ご連絡をいただいた時、
私自身に全く余裕がなくて、その方の力になることが出来ず、
ずっと申し訳ないという思いを抱いていました。
  
そのことも昨日お詫びできて安堵しました。
 
 
そして、行き詰っている時に、その方に日お会いしたことに、
意味があるのだろう、と感じたのです。
    
 
私が思うのは、そのことに意味があるかどうかは、
事実はわからないけれど、「私が意味がある」と思うことに、
意味があると思ったのです。
   
世の中に存在する直感や、意味を感じることは、
証明はできないけれど、その人がそう感じた、ということに
敏感になるかどうか、
どう生かすかなのだと思うのです。  
 
そして、私は自分が感じたことを大切にしたいと思いました。 
 
ほんとうに久しぶりに、ブログを更新したい!
このことを書きたい!

と思ったのです。 
  

そうしたら、再び、ブログに書きたいと思っていたことが、
以前のようにあふれてくるようになりました。
  
 
  
本当に久しぶりの更新です。
書きながら、私自身も、私の魂も喜んでいるのを感じます。
   
皆さんにも不義理をしてしまい、
申し訳なく思う気持ちと、
私のブログを読んでくださる方がいらっしゃることが、
私の喜びでもあるのだな、と私自身の心を再確認させてもらいました。
  
読んでくださってありがとうございます。 
 
皆さんにたくさんの幸せが訪れますように☆
  
また今月中に更新させてくださいね。
 
ありがとうございます。

白猫

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チャンスをつかむということ

みなさん、こんにちは。
白猫です。
 
大変ご無沙汰しています。
 
 
色々な気づきがあると、
ブログに書きたい!といつも思いながら、
昨年から今年にかけて、あまりに忙しくて
その時間すら作れず、あっという間に1年が過ぎてしまいました。 
 
ようやく、レポートの作成も落ち着いてきたので、
今日は久しぶりに更新させてくださいね!
  
 
あれこれ書きたいことをメモに残してあるのですが、
最近、「これはすごい引き寄せだ!」と
嬉しくなるような出来事がいくつかありました。
 
私だけでなく、お知り合いの方のことでもあるのですが、
聴いてくださいね。 
 
まず、50代後半の女性の方のお話しです。
  
 
その方は定年まであと数年というところで、
退職を決意されました。
 
理由は会社のためです。
 
その方は人材育成のお仕事をされていて、
社内で中心的な人物だったのですが、
その方に頼り切っていて、どんなに進言しても後任を育てさせてもらえなかったそうです。
 
そこで、このまま、自分がいると後進が育たないと思い、
家庭環境もそれを許したので、退職を志願されたそうです。
  
それが受理された後のこと。
その会社の親会社の重役の方とたまたまお話しする機会があり、
退職することをお伝えしたところ
本当にやりたいことは何だったのか、と聞かれたそうです。
 
 
そこでその女性の方は、ご自身の志を世間話レベルでお話しされたところ、
なんと、退職後に、親会社の人材育成の改革者として来てほしいと切望され
スカウトされたのです。 
  
 
これは、普通はあり得ないレベルのことだそうです。
  
 
その方になら起こって当然のことだと私は思いましたが、
一般的には定年退職を数年後に控えている方が、
グループ企業ではなく親会社にヘッドハンティングされることになったのですから
大抜擢です。
 
 
社会人人生の最後をかけて、人材育成に尽力されるとおっしゃっていて、
私まで胸が高鳴りました。
  
 
このことで私が感じたのは、
1、日ごろから、丁寧に生きていること
2、やりたいことが明確化していること
3、ご縁を大事に育てていたこと 
 
必要な流れで、その人が必要なタイミングで
その人を必要とし、かつ、活躍できる場に移行できるよう、
仲介した重役の人との再会があったのです。
 
不思議な流れですが、すべては必然なのだな、
としみじみ実感しました。
 
 
そして、当然のことですが、その女性の心の美しさと人間力は
本当にすばらしく、私も心から尊敬しています。
  
 
今回のヘッドハンティングは、その女性にとってもチャンスですが
実は、会社にとっても大きな財産を手に入れたのですから、
お互いにとって幸せなことだと思いました。
 
チャンスをつかむには、普段から準備が必要ですが、
パッとそのチャンスをつかむ瞬発力も大切かもしれません。
 
 
最近、私が経験したことを、少しだけ書かせてくださいね。
  
  
今持っている資格の上位資格を取得するため、
去年からスピードアップして、かなりの授業を受けてきました。
 
 
その中で、私が過去にあまり得意としていなかった、
人前でプレゼンをしたり、研修講師をしたり、という授業も受けました。
 
 
苦手だからこそ、影で色々と努力してきた成果が、少しつかめた感触もありました。
  
そんな中、ちょうどたまたま企業研修の授業を受けた際、
自分で作った研修プログラムを持ち歩いていたところ、
ご縁があってある会社の代表の方に、
プレゼンをさせていただける機会がありました。
 
  
あくまでその時はプレゼンの練習をさせてもらおう、
という軽い気持ちだったのが、
「この研修、うちの会社でやってみませんか?」とお声をかけてもらえたのです。
 
 
その時のびっくりな気持ちときたら。(笑)
 
 
本当にそのようなことを望んでいたのか?と想像すると、
実際はよくわからないのですが、
そのお話をいただいた瞬間「受けないと後悔する!」という心の声を自分でキャッチしました。
 
 
本当は文章を書いている方が好きですし、
一対一のカウンセリングの方が、
私の本領を発揮できるとずっと思っていました
 
しかし、昨年から、様々な分野の勉強をするにあたり、
一対一では限界があること。
多くの人や組織に関わっていかないと、問題は解決しないことなどを体感し、
ファシリテーションの勉強もしてきました。
 
 
そこでいただいたお話しに、私は「お願いします」とお返事しました。
 
設定されたのは、2週間後。
 
あっという間にその当日を迎え、
生まれて初めての企業研修をさせていただくことが出来ました。
 
 
仲間内で開催するワークショップでファシリテーターをしたり、
身内でのセミナーの講師などは複数の経験はありますが、
お金をいただき、依頼された公の研修講師は初めてです。
 
 
相手は初対面の社員さんたち。
そこでの反応は本当に学びになりました。 
 
やはり私が考えている方向性は間違っていなかった、という確信も持てました。
 
それは「本音での対話を大事にする」「自分らしさを大切にする」「自分主体で生きる」という
私の価値観を入れたプログラムを採用していただき、実践できたことです。 
 
 
若手社員のみなさんの最後のフィードバックで
「本当に本音なんて話せるのかな、と思ったけれど、話せてすごく良かった」
「自分が何を大事にしたいのかを確認できた」
「自分らしさを考える機会をもらえた」
 
 
などの言葉をもらえて、それが私の宝物になりました
 
もちろん、もっとこうした方が良かったということはたくさんあるので、
次回に生かしたいと思っています。
何より、私の価値観を柱にした研修プログラムを
そのまま導入してくださった、企業の代表の方の懐の広さに
感謝しかありません。
 
何しろ「自分らしさ」とは、転職したいという願望も触発する危険性があります。
そのことをお伝えしたところ、
「無理に人を縛ってもいいことはない。
社員の成長の先に転職があるなら、それはそれで応援したい」との言葉を聞き、
耳を疑い、また感服しました。
 
人は籠に入れても出ていく時は出ていきます。
その人らしさを生かすことが、会社に貢献する人材を育てることにもつながる
私の方針を採用していただき、とても嬉しかったです。
感謝の気持ちでいっぱいです。
 
私がやりたい夢は色々とあるのですが、
ここ数年、社会に貢献したいという気持ちが多くなりました。
本業以外の時間を使って、カウンセリングや研修講師などの方法を通じて、貢献していければという願いがあります。
 
 
私自身の成長のためでもあります。
 
この4月からは、カウンセラーの後進育成のためのカリキュラムにも参加します。
 
 
このブログを通じてずっと伝えてきたことを、
実際の世界でもそれを伝えたいと思い始め、
2つの思いが一つになることがこれから増えてくるといいなと思いながら、
自分の行く道を模索中です。
  
またたくさんお話ししたいことがあるので、
ブログを通じて、聞いてくださいね!
 
みなさんにとってたくさんの幸せが訪れますように☆
読んでくださってありがとうございます。白猫
 

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別れの儀式に思うこと

みなさん、こんにちは。白猫です。
 
東京は連日の猛暑です。
みなさんも体調管理にお気を付けくださいね。 
 
 
今日は「別れの儀式」の大切さについて思うことがありました。
そのことを書かせてくださいね。
 
 
私はこの春に、数年継続して所属していた勉強会のサークルを
一度卒業することにしました。
 
 
その修了日。
この日の参加をとても楽しみにしていたのですが、
両親のことでその日しかできないことがあり、
やむなく欠席することになりました。
 
 
この日欠席したことで、「卒業した」という実感があまりわかず、
思い残したことがあるような感覚が、今もずっと続いています。 
 
 
「卒業式」はあえて別れを意識することで、
いつまでも今日と同じ日は続かないことを自覚し、
気持ちを新たに、明日からの新たな道を歩いていく。
 
それを自覚するためにあるのだなあと思いました。
 
 
関連して、ふと思ったことがあります。
  
 
私の大切な友人が話してくれたことなのですが、
友人にとっての大事なご友人がお亡くなりになりました。
 
ご家族の事情で、亡くなったことを知らされず、
時間が経ってから突然知らせを受け取った友人。
 
亡くなったことを受け入れるのに、とても苦しい思いをしたそうです。
 
「お葬式に参列して、きちんとお別れをしたかった」
そのように友人が話してくれました。
 
 
大切な人であればあるほど、
お葬式に参列するのはとても淋しく、寂しいことと思います。
喪の儀式に参列したからといって、割り切れるものではありません。 
    
 
だからこそ、あえてそのつらさを引き受けて、悲しみと向かいあうことで、
いつの日か心に折り合いがつき、
昇華していくのが心の修復の過程なのかもしれない、
と想像しました。
 
 
また別の例ですが、よく恋人との別れにおいて、
自然消滅が一番辛いと聞きます。 
  
 
別れの場面では、トラブルがあったり、苦しみや悲しみもあり、
ても辛いと思うのですが、
いつか連絡がくるかもと思いながら待ち続けると、
諦めるのに時間もかかり、心の整理に何倍もの時間がかかります。 
 
 
何が悪かったのかもわからず、聞きたいことも聞けず、
関係がいつまでもエンドレスで続いているように思い、
なかなか抜け出せないものだと思うのです。
   
   
人間はつらいことがあってもそれを引き受け、
前を向いて歩いていくしかないからこそ、
けじめをつけるというのが重要なのだなと思いました。
 
 
今回、私はサークルの修了日に参加できず、
なんとなく宙ぶらりんな感覚が残っていて、
そのことがきっかえで、
別れについてあれこれ考えを巡らせました。 
 
 
別れを伴う淋しさに向き合うのはつらいですが、
人生で起こる節目節目で、きちんと向かいあうことの大切さを感じた私です。 
  
   
今日も長い文章を読んでくださってありがとうございます。 
  
  
また近々更新させてくださいね。
 
 
みなさんにたくさんの幸せが訪れますように☆
 
白猫

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お久しぶりです 近況報告~父のこと母のこと

みなさん、こんにちは。
白猫です。
  
本当にお久しぶりです!
 
大変長い間更新もせず、ご無沙汰していてごめんなさい。
みなさんはお元気ですか?
 
 
ずいぶん長い間更新していないので、ご心配してくださっている方も
いらっしゃると思います。
申し訳ありませんでした。
 
 
今、ようやく落ち着いたので、こうして記事を書くことが出来て、
とても嬉しいです。
 
 
実はこんなに長く更新しない予定ではなかったのですが、
私の人生で未知のジャンルのことが、色々と立て続けに起こり、
心にも時間にも余裕がないまま、あっという間に6月になりました。
 
 
未知のジャンルとは、両親のこと。
ちなみに今は落ち着いていますので、ご安心くださいね!
 
このブログで簡単にご報告させてください。
 
 
両親とも80代なのですが、今まで元気で病気知らず。
別に暮らしていても何の心配もなく、
私も自由に飛び回っていました。 
 
 
変化があったのが1月末のこと。
急きょ、2月に母が腰の外科的手術を受けることになり、
ひと月の入院となりました。
 
 
外科的なことなので、命に別状はないものの、
私の住んでいる場所から遠い病院に入院することになったため、
毎日仕事の後で、病院通いが続きました。
 
 
加えて半年も前に申し込んでいた、大切なカウンセラー関連の講座が
2月~3月の週末に土日連続で隔週入っていて、
それは絶対に欠席できない(というかしたくない)講座だったので、
母の入院と同時並行でこなしました。
 
この講座に関しては、正直命がけ。(笑)
 
1分でも遅刻したら単位を認められず、課題も大量。
 
受講生仲間の方には、親族の法事も、家族の入院も
すべて他の家族に任せて来たという方もいて、
そのくらいの意気込みなのは、私も同じでした。
 
 
私、もう倒れるかも…と思うところまで
体力の限界を自覚したものの、
ひと月とわかっている期限のあることだったので、
なんとか乗り切れました。
 
ところが、ここからが本番でした。
 
母が元気に退院して、父の待つ家に戻った直後の3月後半ごろ、
父が倒れたとの連絡が入りました。
 
具合が悪いというのに父が頑固で病院への受診を希望せず、
そこから2週間もの間、体調が悪いまま、家にいたのです。
 
私は遠方だったこともあり、
かつ、私が主催者のワークショップの開催日も近く
準備もあり、日程的にもどうにもならない状況でした。
 
とにかく受診さえしてくれれば安心なのに、
電話越しで父を説得しても絶対に受診しないと言うのです。
父の頑固さにもあきれるばかり。
 
ようやく役所の方の勧めで受診することになり、その後入院。 
 
 
母は元々キャパシティが狭いため(率直でごめんなさい)
父のことは何もできないし、わからないとパニック状態に。 
 
私以外に頼れる人はいないため(一人っ子のため)、やるしかないと腹をくくりました。
 
片道4時間半かけて、週1に1回、父の病院通い。
大好きな父に何かあったら…とそれが一番の不安要因でしたが、
予想外に病気は軽く、すぐに快癒。
 
母の入院時に一人暮らしをひと月したことで、
過労だったようでした。
 
とはいえ、その病気ではないことで、大きな問題が発覚したのです。
 
 
このブログでは、なんでも正直に書きたいと思っているので、
そのまま本当のことを書かせてもらえたらと思うのですが、
念のため検査してもらった脳の検査の結果、
アルツハイマー型認知症が進んでいることがわかりました。 
  
 
母は足腰が悪くその他の事情もあり、父を引き受ける自信がないとのこと。
 
私が父を引き取り暮らすことにしました。
父のことが大好きなので、どうなったとしても、私が面倒みたいという気持ちでした。
 
父があと何年生きられるかは未知数ですが、
人生の最後を私が一緒に暮らしたいというのが素直な気持ちでした。 
あとは、私の向こう見ずな性格もあり、
何とかなるだろう、と見切り発車です。
 
 
父の入院中に、
郵送や電話を通じて、行政の手続きや、介護保険の申請、
住民票を移動したあとは、
私の住んでいる地域での介護マネージャーさんとの面談や、
父に良いと思うデイサービスの施設を紹介してもらうことが出来ました。 
(デイサービスとは、日中の短時間、他の人とコミュニケーションをとったり、手作業などの遊びを通じて脳を活性化したり。昼食も出してもらえるなどのサービスです)
 
 
それに加えて、私自身が勉強していることは中断したくないため
両立していたこともあり、休みなしでここまで走り続けた約四か月間でした。
その間にも、嬉しい出来事もありました。
GWに生まれて初めて、実母と実兄と旅行に行くことが出来ました。
(私は養女です)
 
実母も数年前に右半身不随となり、ご苦労をされています。
実母にとっても、病の後初めての旅行。兄の親孝行ぶりには頭が下がるばかりです。
実母については、介護など私は全く何もしていないのですが、
一緒に旅行に行けて、とても良い思い出が出来ました。
 
生んでくれた母も、育ててくれた両親にも、両方に私が出来る限りのことが出来たら、
と思った数か月でした。
 
私も人生で色々と経験してきたつもりでしたが、
両親のことは初めての経験ばかり。 
  
 
とてもたくさんのことを知り、カルチャーショックを受けたり、
みなさんの親切に感激したり。 
またこのことは別途記事にさせてくださいね。
 
 
父が同居して、約2週間。
デイサービスも先週から通い始めました。
 
良い意味での予想外に、
父はとても落ち着いていて、元気です。
 
認知症といっても、物忘れがあるのですが、
自立生活を送れていて、
家のこと(ゴミ出しやら猫の世話やら)をしてもらえるため、
私の方が助けてもらうことが多い現状です。
 
母も一人暮らしになり、家事が少なくなったこともあり、
足腰が不自由なので、ゆっくり過ごしているようです。
 
 
なので、一時はどうなるかと思っていた現状が、今はすべてが良い方向に進んで、
ホッと一息ついたところです。
 
 
長々と、私のプライベートなことを読んでくださってありがとうございます。 
  
  
両親が若くなることはないので、これからいろいろな問題が起こるかもしれませんが、
その都度、人に助けてもらいながら、新たなことを勉強して、
対応していくしかないと思っています。
 
 
結果的に、母も元気で一人暮らしとなり、
父も一時は命の終わりさえ予感したものの、元気に私の元で暮らしてくれることになり、ようやく穏やかな日常が戻りました。 
 
 
カウンセラーの上級資格の勉強はさらにハードになるので、
両親がどんどん年を取っていくことも考えて、
無理をしても、ここ数年は邁進しようと覚悟を決めました。 
 
  
長い時間をかけてとればいい、と思うと、おそらくとれないと予感できるのです。
 
 
志半ばで終わるのは本望ではないので、両親も元気になってくれたので、
ここ数年が頑張り時だと思っています。
 (とあえて文字にすることで、自分自身に約束させてもらいました)
 
これからはまたブログも再開し、
思ったことを都度更新していきますので、どうぞよろしくお願いします。
 
 
介護のことなども、私の知識が増えたら、記事にしてシェアさせてくださいね。
 
 
介護の経験をせずに済めばいいのですが、
もしかしたら、どなたかにご参考になることもあるかもしれませんので。 
(私もまだはじまったばかりで、しかもまだ両親は自立しているため、介護というにはおこがましい現状ではあるのですが。笑)
 
   
それでは長い文章を読んでくださってありがとうございます。
みなさんにたくさんの幸せが訪れますように☆
 
またすぐに更新させてくださいね。
書きたいことが山のようにたまっています♪
白猫

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ひと手間を惜しまない

みなさん、こんにちは。白猫です。
 
あっという間に2月も半ばですね。
寒い毎日ですが、みなさんお元気でお過ごしですか?
 
この一か月、受講している講座の単位取得のため、
山のようなレポート類に追われ、
合間をぬってレポートを作成し続けました。 
 
ここまで中学時代に勉強好きだったら、今とは違う人生だったかもしれません(笑)
 
 
さて、ようやくレポート作成もしばらくは脱出できたので、
久しぶりに記事を更新させてください!
 
社会人歴もずいぶんと長い私ですが、
基礎的なことで気づきがあったので、シェアさせてくださいね。 
 
 
実はきっかけはお料理の時です。 
 
豚肉とジャガイモのみそ炒め、というレシピを見て作ったところ、
ジャガイモに少しパンチが足りなかったのです。 
 
 
茹でたジャガイモを一度塩コショウで炒めてから
味付けをしたらよかったなあとあとから思いました。 
 
ふいにそのとき、
 
「ひと手間を惜しまない」
 
 
という言葉が頭に浮かびました。 
実jは、ジャガイモだけ一度フライパンで水分を飛ばして
塩コショウしようかな、と頭をよぎったものの、
まあ、いいか、と思って、そのままお肉と一緒に味付けしてしまったのです。 
まさに、ひと手間惜しんだ結果です。
 
その翌日、人がしている仕事のミスを見て、同じことを思いました。 
  
最後にもう一度見直していたら、気づいていたのでは?
 
これもやっぱり「ひと手間を惜しまない」ことがポイントだったのかな、
 
と浮かんだのです。 
 
 
それで、早速私自身の仕事にもその視点を入れてみました。 
   
 
それなりに仕事歴が長いので、緊張感も緩みがち。
適当にやっても何とかなる。
そして時々ミスがある…。(お恥ずかしいです)
 
 
そんな私でしたが、一度完成したと思った時点で、
もうひと手間かけられないかな、と見直したり、
振り返るようになりました。
 
 
そうすると、気づかなかった小さいミスを発見したり、
より満足度の高い成果を出せるようになりました。
 
 
これでもいいか、というところで、
「もうひと手間かけられるかも」と思い浮かんだら、
それを実行してみると、私にとっては、プラスが多かったのです。 
 
 
そんな当たり前のこと、と思われた方も多いと思います。 
本当に、初歩的なお話しで、ごめんなさい!
    
 
私は本当におおざっぱなので、「あとひと手間」の言葉を
何かするときに、自分自身への合言葉みたいにしています。 
  
  
今日も読んでくださってありがとうございます。 
 
皆さんにたくさんの幸せが訪れますように☆
 
また近々、更新させてくださいね!
 
白猫

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幸せを感じるとき

みなさん、あけましておめでとうございます。
白猫です。 

本年もよろしくお願いします。 
 
 
今年がみなさんにとって、穏やかでキラキラした1年となりますように☆
 
早速ですが、最近、勉強会の仲間たちと
語り合う機会がありました。
 
その時に話したのは、お互いの人生に起こった出来事のうち
自分を変えた出来事についてです。 
  
  
「このことがあったから、今の私がある」
 
「あの出来事はとても辛かったけれど、必要な経験だった」などなど。
 
皆さんにも、ひとつかふたつ、
そのような記憶に残る出来事はあるのではないでしょうか。 
 
 
私が自分の人生についてシェアした後で、
こんな質問をいただきました。
 
 
「白猫ちゃんは、幸せを感じるのは辛いことから解放されたときの印象が
一番大きいと話してくれたけれど、幸せだと思った出来事そのものは何があるの?」 
  
  
その瞬間、頭を思いめぐらせてみたのですが、あまり思いつかなかったのです。 
  
 
嬉しいことはもちろんたくさん体験しています。 
 
でも、パッと思いつかなかったのは、
平穏な日常こそ一番幸せだという思いが、今の私にとって大きいからなのです。 
 
 
例えば、私自身が希望校に合格したり、就職が決まったり、
子供が生まれたり、子供が希望校に合格したり。
 
私をおもってプレゼントをいただいたり。
 
旅行に行ったり、そのほかにも、たくさんたくさん幸せなイベントはあります。 
 
 
でも、私にとって、毎日に何事もなく、笑顔で家族仲良く、穏やかに暮らせること。
 
 
やりたいことがあって、夢があること。 
  
 
大好きな友達や家族がいてくれること。
その好きな人たちと短い時間でも、時を共有できること。
 
 
贅沢は出来ないけれど、楽しく暮らせるお給料をいただいていること、
 
私を必要としてくれる職場があることなど。 
 
 
本当にありがたいな、と感謝することばかりです。
 
 
日常に感謝できる今の方が、
幸せ度が高い上に、幸せな気持ちが長期間続いていくのです。
 
 
それがいいとか悪いとかではないのです。 
 
 
私の人生で、私なりに辛いこと、我慢した経験がたくさんあったのも
要因かもしれませんが、
その体験があったからこそ、当たり前の日常奇跡だということに、
ようやく気付けたのです。
 
 
20代、30代前半までは、
あきらかに「幸せな出来事」を待っていたような記憶があります。 
 
また、○○がないと幸せになれない。○○があれば幸せになれる。 
 
というような、対象的な幸せを幸せだと思っていたように記憶しています。
 
 
色々な経験を経て、幸せって、感謝できることなんだな、とようやく腑に落ちた私。  
辛い体験の中でも、ここ10年間で、2回、仕事でとてもつらい経験をしてきました。 
そのお陰で、その職を離れた時の喜びは大きく、
また、平和な日常に感謝できるようになったのです。 
 
 
なぜ、つらい仕事を体験する必要があったのか。
私にとって、親との関係性も含めて必要な課題だったと思っています。
 
そしてようやく、その課題は卒業できたと実感しています。
 
 
つらい経験からの脱出が一番、「幸せを感じる瞬間」のレベルは高いのですが、
幸せ度が高いのは、今のような日常の毎日です。 
 
そこに時々、ちょっと嬉しいことがあると、またそれが嬉しくって、
日常に花を添えてくれる感じです。 
 
 
人が何かを与えてくれるのを待つより、自分で自分を幸せにできるのは何かなあ、
とワクワクしながら考える私です。 
 
 
今日も読んでくださってありがとうございます。
 
今年もどうぞよろしくお願いします。 
 
皆さんにとって、今年がますます幸せ度の高い一年となりますように☆ 
 
 
また近々、更新させてくださいね!
 
相変わらず課題に追われる毎日ですが、ブログに記事を書いている時、
私は幸せな気持ちでいっぱいです。 
 
みなさんありがとう☆
 
白猫

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嬉しいシンクロと気づいたこと

皆さん、こんにちは。
白猫です。 

まるで梅雨のような9月も終わり、
もう10月ですね。
 
10月は夏日和で、私はまだ半袖で過ごしています。 
 
皆さんもお元気ですか?
 
 
最近、とてもビックリするような嬉しいシンクロがありました。
 
それは、学生時代からの親友の顔がふと頭をよぎり
職場からメールをしたところ、
変わりなく、元気でした。
 
 
ところがなんと、
帰宅したら、ポストにその親友からの葉書が届いていました。
 
 
思いがけないシンクロにびっくりすると共に
とても嬉しく、心が躍るような気持ちになりました。
 
彼女にあとからビックリしてメールしたら、
彼女も今日葉書きが届くなあ、と思っていたらメールがきたので
(私はまだ職場なので読んでないことは気づいてくれて)
普通に返事したものの、驚いたそうです。
 
 
私の好きなピンクの花に囲まれて
大好きな彼女の文字に綴られていたことは、
 
10代の私を知っているからこそ、書いてもらえたメッセージでした。
 
 
それはいまの私に必要なメッセージだったのです。
   
 
直観で行動した時、自分もピンとくることもあるけれど、
その相手も、何かの理由があって、
行動してくれたのかもしれません。
 
 
今回葉書をくれた彼女だけでなく、
私のことを思ってくれる友人が何人もいます。 
 
 
私のことを願ってくれるという気持ちだけで
本当に幸せだなと思います。 
 
また、今日の午後、以前活動していた
児童文学のサークルの先輩と、
約10年ぶりにお会いすることができました。
 
 
60代ですが、本当にきれいで生き生きしていて
素敵でした。
児童文学のサークルも復活しそうな気配です。
 
私の体がいくつあっても足りない状況に。(笑)
 
 
でも、仲間って素敵ですね。
 
同じ夢を共有しあったり、
同じ目標を共有したり。
 
もしくは、ある時期を共に過ごした絆など。
 
 
人生で大切な出会いを辿りながら、
今の私が出来上がってきています。
 
まだ未完成の私ですが!
 
 
 
少し話は変わりますが、
今、カウンセリングの逐語記録を作成するために
時間を作って、
同じ試験を受ける方とペアになってカウンセリングをしあっています。
 
 
その最中に、
ふと気づいたことがあるので
聞いてくださいね。
 
 
よく、身体のどこかが痛みや違和感を覚えると、
はじめて、その部分の存在を思い出したりしますよね。
 
 
元気な時は、全く気にも留めない体のこと。
 
 
存在を主張しない時は、
忘れてしまっているけれど、
いない訳じゃなくて、黙って支えてくれているのですよね。
 
元気な時は自己主張しないだけ。 
 
 
私は、現在、仕事外の時間に
仕事のことを思い出すことがほとんどないのです。 
 
 
まして今は、仕事中でも、ふとした時に、
心理学のレポートについて考えてしまったり。(ごめんなさい!)
 
 
気にならないというのは健康だということ。
 
私にとって今の職場が、とても健全で、
ありがたい存在だということを実感しました。
 
時々、ストレスを感じることもゼロではないけれど、
それは本当にささいなこと。
 
私が今勤めている職場が、
居心地の良い場であることに、
改めて感謝しました。 
 
 
皆さんにも普段は忘れているけれど、
そばにいてくれている、大切な存在はありますか?
 
 
それでは、今週末も心理学のレポートを仕上げて提出予定です。
 
それが終わったら、ブログを書かせてくださいね! 
    
  
皆さんにぜひ聞いてほしいことは、
レポートとは別に書き溜めています。 
   
  
整理したことを早くアップしたいです!
実行できますように!
 
自分自身に祈りつつ…☆ 
 
 
今日も読んでくださってありがとうございます。
 
皆さんにたくさんの幸せが訪れますように☆
白猫

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近況報告(シンクロや直観のことなど)

皆さん、こんにちは。
白猫です。 

秋の連休が終わって、今週から仕事もフル活動モードです。 

大したことはないのですが、
忙しくて寝不足が続き久しぶりに風邪をひきました。

週末、人との約束は遂行したものの、
秋の連休は、やりたいことがほとんどできずに終わってしまいました。

休息も必要というメッセージだと自覚しています。

忙しいというのは、自分でそう仕向けているのが原因です。

今は本業の仕事以外に、やりたいことが多すぎて、
余裕がない状態です。

先月の認知行動療法の記事も皆さんにまだシェアしていない中、
今週末には新たな科目の授業を受けるため、予習が必要なのに
それもほとんど手付かず。(汗) 

昼休みを利用して、なんとか間に合いそうです。
   

他にも来年に待ち受けている重要な講習のための

ピアカウンセリング(カウンセラーの仲間同士でカウンセリングをすること。
それを事例としてレポートなど諸々を起こす作業があります)

も開始したのですが
カウンセリング第1回目が体調不良で全く集中できず。

来週の2回目までに気持ちを仕切り直しながら
1回目のカウンセリングの内容をまとめているところです。
 

他にも好きでやっているピアノの練習は
継続が必要なので、短時間でも毎日時間の確保をする必要があり
これだけは、何にも増して最優先なのです。

ここまで書くと、私のこと、大丈夫かしら…と
心配されてしまうかもしれませんね。(笑)

特に現在の生活に必要でもなく、
誰かに言われている訳でもなく
それでもなぜ、こんなにギュウギュウに詰め込んでいるのかというと

それは「今が時期」と思っているからです。

息子も成長し、もちろんまだ自立はしていないので
親として私の責任は大きいですが、
気持ち的に、自分のことに集中できるのは、
約20年ぶりのことなのです。

これまでは、時間はあっても、精神的に何かする余裕がなかったり
問題を抱えていて、エネルギーが湧かなかったり
人のサポートをすることにエネルギーを使わせてもらったり。

そんな色々なことが自然と解消し、
今は、安心して自分のことに向かい合う時期が訪れたのです。
 

勉強も長期戦でもいいのですが、
両親が高齢ということもあり、
私の生活に何か変化が起こるかもしれず
自分自身の意思だけでは、時間が作れないこともあるかもしれません。

また今は勉強したいと思っていることへの関心が、
消滅してしまうことも想像できます。

と、色々と理由を書きましたが、

本当の一番の理由は、
恥ずかしながら、私は時間がある時は何もしなくなるという習性があるからです。(笑)

こんなに時間があるんだから、やればいいのに
という時には、全く何もせず、何もかもギリギリ。

忙しくなると、何とか時間を捻出して、集中して成果を出すということを、
10代の頃から繰り返してきているのです。

なので、「今」なんだという自分の内なる声に
やれるだけやってみよう、とあえて詰め込んでいる私です。 

もちろん、無理すぎて完遂できなくなるのは本望ではないので
コントロールする必要はありますよね!

そんな私ですが、素敵な出会いやシンクロなど、色々なことが訪れています。

この週末体調はイマイチだったのですが、
以前から予定を入れていた、
プロの女性カメラマンさんに写真撮影をしてもらいました。

スタジオ撮影ではなく、街中で自然体の自分の魅力を引き出してもらう
という形式の撮影です。

外での撮影も恥ずかしいのは最初だけで
段々と集中して楽しめるようになりました。

クライエントのみなさん、皆同じとのこと。

恥ずかしさより、楽しさややってみたいと思う気持ちの方が
上回るんですね。

まだ写真は出来上がっていないのですが
自分自身の自然体の姿を撮影してもらうことで

内からのエネルギーを引き出してもらうことが出来ました。

写真撮影ってすごいヒーリング効果だと思います。
(もちろん、カメラマンさんとの相性もありますが)

皆さんにもお勧めです。
 

自分の魅力を撮影してもらうことで、
自分自身の内なるエネルギーが強くなることを実感しました。

カメラマンさんとも話していたのですが、
写真には魂が写るのだそうです。 

顔の造作に関係なく、
美しい人であっても、美しく映らなかったり、

姿かたちを超えて、内面の美しさが写真に映し出されてしまう。

実は、自分で鏡を見ているより
第三者の人に見られている自分の顔の方が
本物なのかもしれません。 

そう考えると少し怖いですね。(笑)

魂のエネルギーやオーラ、カラーなどが
見える人には見えるでしょうし、
写真には正直に写ってしまうのですね。 

なので、清廉潔白とはいかないかもしれませんが
自分に正直に、自分を好きでいられるような生き方を
していきたいなと改めて思いました。

実は、私のスピリチュアルな友人から(近々このブログでご紹介予定です)
メールが来て、彼女も同じ時期に写真撮影をしたとのこと。

そのヒーリング効果がブログに書かれていて、
 
同じ時期に同じことをして、同じような感覚を覚えるのは
不思議なシンクロだなあ、と感じいってしまいました。 

また女性は年齢をかさねると、
いわゆる、外見の美というのは少しずつ衰えてきますが
内面の美しさが写真に写ることを確認できて、

これからも、節目節目に撮影してもらって、
自分をさらに好きになっていきたい、と思えました。

他にも、本当にたわいない直観でも大切にしています。 

その写真撮影の帰りに、
乗り換えのためにホームに降りました。

目の前にジューススタンドがあり
ビタミンを補給したいな、と思ったところ
電車が到着。

飲まずに乗ろうかと思ったのですが、少し考えて

「いや、最初の直観はジュースを飲みたい、だった!」

と思いなおし、電車を一本遅らせることにして
ジュースを飲みました。

とてもかわいい販売員さんの笑顔にエネルギーを頂き、
ジュースも美味しくて元気になり

さらに次に到着した電車がガラガラ。

前の電車は混んでいたのに。
座って帰ることが出来ました。 

こんなたわいない小さなことでも
直観の通りに動くと、よいことがあるのですよね。
(良いことと思うかどうかも、自分の気持ち次第ですが)

長々とごめんなさい。
今日はたわいない私の日常を読んでくださってありがとうございます。

皆さんにも良い直観が訪れて、それをキャッチしてくださいますように☆

願っていますね。

また近々、記事を更新させてくださいね。
いつもありがとうございます。白猫

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懺悔の効用

みなさん、こんにちは。白猫です。
 
9月も後半となり、まだ日中は暑いですが、
夜は過ごしやすくなりましたね。
 
皆さんはお元気でしょうか。 
 
 
今日もあるきっかけから、
気付きがあったので、聞いてくださいね。
 
 
皆さんは過去に、
意図せずして人を傷つけてしまったり、
口にした言葉が、思いもかけず、
相手を傷つけてしまったりした経験はおありでしょうか。
 
 
私はつい、うっかりのミスは無数にあり
その時は申し訳ないと思いながらも、
記憶していられないほどの失言の数なのですが、
(本当にごめんなさい!)
 
その中でも、未だに悔いを持っていることがいくつかあります。
 
 
悪意も他意もなく、
一生懸命相手を励ましたくて口にした言葉で
相手を傷つけてしまったこと。
 
力になりたいと思い、
必要もないアドバイスをしたことで、
逆効果になってしまったことなど。
 
 
友人や息子を含め、
親しい関係ほど、申し訳なかったと思うようなことがいくつも思い出されます。
 
 
カウンセリングや傾聴について
きちんと学び始めたのはおよそ8年ほど前でしょうか。
 
 
そこで初めて、私は自分がしてしまったことに
愕然としたのです。
  
   
人は苦しい時、ただ聴いてほしいだけで、
何かのアドバイスや励ましが欲しい訳じゃなかったんだ。
 
一番必要なのは、ただ、寄り添うこと。
 
その人の気持ちを理解しようとすること。
 
それが一番、相手の援助になり、力になるということなんだ。
 
 
その真実に気づいた時、
申し訳なくて、後悔の気持ちでいっぱいになりました。
 
 
真実に気づいた私は、
その罪悪感を、ずっと心の中に持ち続けていたのです。
 
 
最近、私の罪悪感を
友人に聞いてもらえる機会がありました。
 
 
それはある友人が、
深く心に穴があいたような喪失体験をして
ふさぎこんでいる時に、
友人たちに励まされて傷ついた体験を話してくれたのです。
 
 
私が傷つけた訳ではないのですが、
思わず、懺悔するような気持ちで素直に私の後悔を話しました。 
 
 
彼女が私に言ってくれたことの一部を書かせてくださいね。
  
  
「同じ体験ではなくても、みんな違う苦しみや苦労があって
生きていると、知らないうちに傷つけたり、傷つけられたりしている
お互いさまの世界なんですよね。
 
人って許し合って生きているんですね。
 
私も友人たちに心を開こうと思います」
  
 
彼女の言葉を聴いて、私は胸が熱くなりました。
 
 
許し合い。 
  
とてもいい響きですね。 
  
  
もちろん、悪意や故意に意地悪をしてくる人とは距離を置いた方がいいですが
そうでなく、お互いに
気づかないうちに傷つけてしまうこともあるかもしれません。
 
傷つけ、傷つけられ。
 
でも、愛され、愛して生きているのも事実です。
 
お互いさま。
 
許し合う。 
 
 
人間って素晴らしいなと思いました。
 
 
傷つくのも、悲しみを感じられるのも
生きていてこその必要な体験で、
その体験から、私もこうしてブログを書く気持ちを持ったので、
  
  
すべての体験はマイナスばかりではなく、
必要な経験なのですよね。 
 
 
私も自分の気づきをこうして表現できる場を持てて幸せです。
 
 
また、今回長年の悔いの気持ちを聴いてもらえて
心のつかえがとれたようでした。 
 
もし勇気があれば、傷つけてしまった友人に
直接謝りたいと思っています。 
 
 
私はクリスチャンではないので
神父様に懺悔室で、懺悔を聞いてもらったことはないのですが、
 
懺悔を聞いてもらうと、とても心が軽くなるのですね。
 
 
非難もされず、否定もされず、
ただ黙って寄り添ってくれる人がいることは
何にも代えがたい財産かもしれません。
 
 
皆さんのそばに1人でもそのような方がいらっしゃったら
とても幸せなことですね。
 
そして、そのことを願っています。 
 
  
それではまた近々更新させてくださいね。
 
長い文章を読んでくださってありがとうございます。
 
皆さんにたくさんの幸せが訪れますように☆
 
白猫 

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