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自分の人生の選択を自分でするということ 映画「リンドグレーン」


皆さん、こんにちは。白猫です。

今日は、昨年末に観た映画について紹介させてくださいね。


映画「リンドグレーン」

長靴下のピッピ、やかまし村のこどもたち、ロッタちゃんなどを創作した
児童文学作家のアストリット・リンドグレーンの半生について描かれた映画です。

https://eiga.com/movie/91662/


ほんの少しネタバレを含むあらすじになります。
これから観られる予定の方は、気を付けてくださいね。

 

 


あらすじ↓
ーーーーーーーーーーー
主人公のアストレットという女性は、
子どもの頃から自己主張がハッキリしていて、
人に左右されない信念を持った女性です。

若くして新聞社に勤めるのですが、その所長と不倫して妊娠してしまうのです。


その所長が離婚訴訟中で、
不倫して子供が生まれることを知られたら罪に問われるというので、
アストリットは、海外で子供を出産して、
その子を里親に預ける選択をします。

秘書として働きながら、時々子どもに会いに行く選択をするのです。
その所長を助けたい気持ちで、泣く泣く生まれたばかりの子どもを預けるのです。
それはとてもとても辛い選択でした。

子どもは里親を本当の親と思っていて、
アストリットに懐きません。

数年経ち、不倫相手の所長の離婚が成立して、
結婚しようと言われるのですが、
所長の自分勝手な行動に不信感を抱いて、
主人公は結婚しないで一人で生きていくことを選択するのです。

ここからも大変な人生になるのですが、あらすじはこのへんで。

ーーーーーーーーーーーーーーーー
あらすじ終わりです。

 

 


この映画を観て私が感じたのは、
頭のいい女性でも、自分の感情に負けてしまうこともあるということ。
それが人間ですよね。


そのような間違いをしてしまいましたが、
生活ができないからといって、望まない結婚をせず、
一人で自活することを選んだリンドグレーン。


アストリットは、一度の選択の失敗に、
人生の最後まで振り回されず、
自分の意志で人生を歩くことで、自分の人生を引き受けられたのです。


成功談は後からついてくることで、
全員が有名作家になれる訳ではありませんが、
成功したことは結果論で、それを知らない時に、
人生をどう選択するか、ってとても大事だなと思ったのです。


未来がわからなくても、例え間違っても、
気づいたら途中で修正することが出来ればいいのだということ。
 
 
そして、損とか得ではなく、自分がどうしたいか、自分が大事にしている思いは何か
信念は何か、ということを軸にして決断したことは、
例えどのような結果になっても、引き受けていけるのだということ。


そのようなことを、私はこの映画から気づきを得ることが出来ました。


ホームページを開設した当時から、
私が思っていたこと。

それは、自分の人生を自分で引き受けることの大切さです。

間違っても、何度でも選択しなおせること。
そして、人のせいにしないこと。

そうすることで、人を恨むことなく、
すべての裁量権を自分で持つことが出来るからです。

 

自分で引き受けられる人生は幸せです。

誰に遠慮することも、誰に指示されることもなく、
大変でも自分で切り開いていけるのですから。

 

選択って、自分でするから引き受けられるんですよね。


人からみて損だなと思われたり、
それはどうなんだろうと思われたとしても、
自分の心に正直に選んだ結果なら、それでいいんだと私は思うのです。
(もちろん、誰かを故意に傷つけたり、不幸にすることは望みませんが)

 

人がどう思うかではなく、
自分がどうしたいか。

 

それが人生を引き受ける上で、大事なことなんだな、と再認識した私です。

リンドグレーンがえがく児童文学の主人公は、
みな生き生きとしていて、生命力にあふれ、自由です。

リンドグレーンが小説を通じて、
読者である子ども達に伝えたかったことは、
きっと、私が感じたことなのではないか、と思う私です。


今日も読んでくださってありがとうございます。

皆さんに素敵なことがたくさん訪れますように☆

白猫

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2020年 明けましておめでとうございます。

皆さん、あけましておめでとうございます。 
2020年。令和2年が明けましたね。

今年がみなさんにとって、素晴らしい1年となりますように。
お祈りしています。

私も楽しみながら頑張ります。

2019年は、私にとって、おそらく人生で一番忙しい1年でした。
ブログも全く更新する余裕がなく、そのままにしてしまってごめんなさい。

昨年について、軽く近況報告させてくださいね。

本業の秘書の仕事以外に、ご縁があって、副業をしながら
民間資格ですが、上位資格試験のための勉強と、
さらに、指導者になるコースを週末に受講していたため、
休日が少なく、レポートに追われる1年でした。

仕事のあと、夜も週末も少しでも時間があればレポートを書く日々。
しばらくレポートは見たくも書きたくもありません。(笑)

指導者の試験の結果はまだわかりませんが、
上位資格は無事に取得できました。
 
ところが、学びを深めれば深めるほど、
驚くくらい自分が無知であることを知る日々。

どんなに学んでも、実践しても、一生届くことのない山を前に
このまま上に進むには心もとないと自分で気づき
3月から放送大学で心理学の講座を受講もはじめました。

放送大学って、やってみてわかったのですが、
ものすごく面白いです。

基礎的な内容ではありますが、知識の土台となる部分を知ることができます。
好きな教科を好きな数だけ勉強できるのです。
特に制約もありません。

すべて自分の選択で決められます。
その裁量権が充実感を生むんですよね。

人から与えられた勉強の場は、苦痛なのに、
自分が選択した勉強の場は、幸せをもたらしてくれるのです。

大人になって幸せになるというのは、
この裁量権の部分なのでしょうね。

正直、ぼーっとする時間も必要なので、
テキストを読む時間をとるのもギリギリですが、
学びは深い湖のように、どこまでも尽きることない水があり
それがとても嬉しいのです。

ちょっと知ったら終わってしまうのでは、私のような好奇心旺盛なタイプは
すぐに飽きてしまいますから。

死ぬまで学びが続くと思うと、心が躍るようです。
私って変わってますよね。(笑)

 

プライベートでは、お陰様で両親は健在ではあるのですが、
母が足腰が悪くなり、父の面倒をみれないとのことで、
2年半前から父を引き取って、同居しています。

家庭内でも、息子と高齢の父との間で
葛藤があるなど、心ザワザワすることもありますが、
なんとか、回している状況です。

また、昨年は、お別れの1年でもありました。

私は養女として今の両親に引き取られて育てられたのですが、
まだ若いのに、兄2人のうち、上の兄が急死しました。
また、叔母の旦那さんである叔父も急死しました。
叔父も亡くなるには、まだまだ若い年齢でした。

昨年、2人の近しい親戚を亡くしたことで
命の有限性について、また、準備なく人は亡くなるのだということを体感しました。

亡くなったあと、残された人たちに、
寂しいという思い以外にも、
現実的に高齢者の介護があったり、
思うようにやりとりができなくなるような関係性であったり
そのような辛い現実が待ち受けていました。

私にも生活があり、実際に手を貸すことが出来ず、
私にできることは、葉書きを書いたり、話をしたりする以外、
祈ることしかできません。

自分のキャパを知ることは、
すべてを引き受けられないことを自分で自覚することでもありました。

自分の出来ることをするしかない。

自分以外の人は、大切な家族であっても
その人自身が、自分の人生を引き受けていくしかない

それを再確認した1年でもありました。


このような事情で、昨年は、大好きな友人たちにも会う機会が少なく、
大好きなお出かけ(散策や買い物、映画など)にもあまり行けませんでした。

大好きな洋服は時折ネットで買ったり、
たまたま買い物をしたついでに観たりする程度でしたが、
新しい洋服を着ることは、私の心の健康に直結するようです。

今年は学びと仕事を両立しながら、ワクワクするものを発見に
外に出かけていきたいです。

自分の好きな学びのためであっても、
忙しいというのは、心を亡くします。

今年は、心豊かになるような学びや仕事の方法を、
編み出していきたいと思っています。

今年はブログで気づきをシェアしながら、自分自身に定着させていきたいです。

長い近況報告を読んでくださってありがとうございました。

今年もどうぞよろしくお願いします。

皆さんにたくさんの幸せが訪れますように☆

白猫

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