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別れの儀式に思うこと

みなさん、こんにちは。白猫です。
 
東京は連日の猛暑です。
みなさんも体調管理にお気を付けくださいね。 
 
 
今日は「別れの儀式」の大切さについて思うことがありました。
そのことを書かせてくださいね。
 
 
私はこの春に、数年継続して所属していた勉強会のサークルを
一度卒業することにしました。
 
 
その修了日。
この日の参加をとても楽しみにしていたのですが、
両親のことでその日しかできないことがあり、
やむなく欠席することになりました。
 
 
この日欠席したことで、「卒業した」という実感があまりわかず、
思い残したことがあるような感覚が、今もずっと続いています。 
 
 
「卒業式」はあえて別れを意識することで、
いつまでも今日と同じ日は続かないことを自覚し、
気持ちを新たに、明日からの新たな道を歩いていく。
 
それを自覚するためにあるのだなあと思いました。
 
 
関連して、ふと思ったことがあります。
  
 
私の大切な友人が話してくれたことなのですが、
友人にとっての大事なご友人がお亡くなりになりました。
 
ご家族の事情で、亡くなったことを知らされず、
時間が経ってから突然知らせを受け取った友人。
 
亡くなったことを受け入れるのに、とても苦しい思いをしたそうです。
 
「お葬式に参列して、きちんとお別れをしたかった」
そのように友人が話してくれました。
 
 
大切な人であればあるほど、
お葬式に参列するのはとても淋しく、寂しいことと思います。
喪の儀式に参列したからといって、割り切れるものではありません。 
    
 
だからこそ、あえてそのつらさを引き受けて、悲しみと向かいあうことで、
いつの日か心に折り合いがつき、
昇華していくのが心の修復の過程なのかもしれない、
と想像しました。
 
 
また別の例ですが、よく恋人との別れにおいて、
自然消滅が一番辛いと聞きます。 
  
 
別れの場面では、トラブルがあったり、苦しみや悲しみもあり、
ても辛いと思うのですが、
いつか連絡がくるかもと思いながら待ち続けると、
諦めるのに時間もかかり、心の整理に何倍もの時間がかかります。 
 
 
何が悪かったのかもわからず、聞きたいことも聞けず、
関係がいつまでもエンドレスで続いているように思い、
なかなか抜け出せないものだと思うのです。
   
   
人間はつらいことがあってもそれを引き受け、
前を向いて歩いていくしかないからこそ、
けじめをつけるというのが重要なのだなと思いました。
 
 
今回、私はサークルの修了日に参加できず、
なんとなく宙ぶらりんな感覚が残っていて、
そのことがきっかえで、
別れについてあれこれ考えを巡らせました。 
 
 
別れを伴う淋しさに向き合うのはつらいですが、
人生で起こる節目節目で、きちんと向かいあうことの大切さを感じた私です。 
  
   
今日も長い文章を読んでくださってありがとうございます。 
  
  
また近々更新させてくださいね。
 
 
みなさんにたくさんの幸せが訪れますように☆
 
白猫

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