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とらわれない心 かたよらない心 こだわらない心

皆さん、こんにちは。
白猫です。 
 
今日は、私の好きな言葉(詩)を
ご紹介させてくださいね。
 
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 とらわれない こころ 
 
 かたよらない こころ
 
 こだわらない こころ
 
 ひろく  
 ひろく  
 もっとひろく
 
 これが般若心経
 空(くう)のこころなり
ーーーーーーーーーーーーーー
 
修学旅行で学生さんが講和を聴くために訪れることの多い、
奈良の薬師寺の故・高田好胤(たかだこういん)さんの言葉です。
 
昨年あるきっかけで知ったこの言葉。
1年半ほど私の心の中で熟成し、
最近、ふとしたことで、頭の中に浮かぶようになりました。
 
 
私は特に仏教の勉強をしている訳でも
般若心境の勉強をしている訳でもないので、
きちんとした正当な解釈は伝えられないのですが、
 
この言葉が私に教えてくれたのは、
 
「自由な心で生きなさい」
 
ということでした。(あくまで私の解釈ですので、ご了承ください)
 
 
自由な心というと、またこれも漠然としていますよね。
 
もう少し細かく私の考えを解釈すると、
 
 「自分の中の価値観に縛られすぎないで」
 
 「人の行動に一喜一憂しないで」
 
 「人に支配されないで」
 
 「自分の夢や希望に制限をつけないで」
 
 「人に配慮や遠慮しすぎないで」
 
などなど。 
 
 心を柔軟に。
 
 人の発言や考え方も受け入れ
 でも、左右されず
 
 
 人に何かを求めすぎず
 
 人から押し付けられず、押し付けず。
 いつも自由な心で生きたい
 
 
それが最近の私の思う自由な心です。
 
心に引っかかることがあった時、
なんだかモヤモヤするなと思った時
 
思い出すのが「とらわれない心 かたよらない心 こだわらない心」
 
の言葉です。
 
心の中心に置いておきたい指針のような存在です。 
   
   
今、私はとらわれていないかな。
かたよっていないだろうか。
こだわりすぎていないだろうか。
  
  
と振り返ってみます。 
 
 
こちらも期待することもあるし、他者が私に期待することもある。
 
私がこうしてほしいと思うこともあるし、
他者が私にこうしてほしいと思うこともある。 
 
でも、やはり私は自由に生きたい。 
 
自分が自由に生きたいのだから
人の自由も尊重したい。
 
そう思うと、モヤモヤした思いは解消し、
過ぎ去っていくようになりました。
 
 
もちろん、現在、あまりこだわるような出来事が
私に降りかかっていないからだと思いますが。
 
 
私のいう自由というのは行動も含みますが、
何より、心が自由でありたいのです。 
 
 
自由な心で伸び伸びと生きている時、
私の顔にも輝きとして出ているようです。  
 
 
そして、小さなことにこだわると、
大きな世界が見えなくなります。
 
こだわりから解放されると、
世界が広く見えるようになります。 
 
皆さんにもそんな体験があるのではないでしょうか。
 
 
何かの問題や、他者のことが引っかかっている時、
心の世界は狭くなりますが、
 
そこから自由になった時、
心の世界は無限大に広く感じます。 
 
広い心なら、どんな問題で解決していけます。(そう信じます)
 
 
皆さんも、自由な心のままに、生きてくださいますように。 
  
  
今日も読んでくださってありがとうございます。 
 
 
また近々更新させてくださいね。
白猫

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