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2015年 ありがとうございました。

みなさん、こんにちは。白猫です。 
いよいよ2015年も終わりに近づいてきました。
 
今年一年振り返ってみると、本当にあっという間で、
ついこの前暑い夏だったのに、という感覚です。 
 
 
今月12月は大好きな鎌倉に2回も行ってきました。 
 
みなさんにご紹介したいお店もありますので、
iPhoneから更新させてくださいね。
(iPhoneの場合、写真を一括で投稿できないようで、細切れの投稿になるかもしれませんが、お許しください)
 
お正月に読もうと思って、図書館で予約して借りている本も何冊かあります。 
予定もいろいろと入っているのですが、時間を作って読みたいです。
 
面白い本があれば、ご紹介させてくださいね!
 
来年もマイペースですが、思ったこと、みなさんに紹介したい本や映画のことなど
更新していきたいと思っています。
 
 
今年1年ありがとうございました。 
 
来年もよろしくお願いします。
 
みなさんにとって、2016年がよい1年となりますように。 
残りあと1日ですが、2015年をお健やかにお過ごしください。
良いお正月をお過ごしくださいね。
お仕事の方は頑張ってくださいね。 
ありがとうございます。 
白猫

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母への葛藤と感謝の気持ち

皆さん、こんにちは。白猫です。
 
みなさんは素敵なクリスマスを過ごされたでしょうか。
 
私は一人、ジャズを聴きにいってきました。
ジャズソングを聴いて幸せな気持ちになれました。
 
それにしても、一人でジャズを聴きにいけるなんて、
私も大人になったなあと思いました。(笑)
 
 
今年も残りあと数日です。 
 
今日は私と母のことを聞いてくださいね。 
 
母が数日滞在していたので、祝日の23日に母とランチをしました。
 
地元では、綺麗で居心地の良いお店で美味しい懐石ランチを食べました。
美味しくて幸せな時間でした。
 
 
以前なら私が母と2人で楽しくランチをするなんて、
想像も出来ませんでした。 
 
 
母へのクリスマスプレゼントは、温かい靴下や、寝るときにつける寝具用マフラーです。
 
グンゼさんが出している、超分厚い温かい靴下は、
家用のものですが、履いてみてとっても温かいと喜んでくれました。
 
母が喜んでくれる姿を見て、本当にびっくりしている私がいます。
 
 
母を決して悪く言うつもりはないのですが、
事実として聞いてくださいね。
 
 
私が10代、20代の頃、母の日などにプレゼントを買っていたのですが、
いらないと突き返されたことが何度かありました。
 
当時はすごく傷ついて一晩泣いたこともありました。
 
 
普通はもらったものは気に入らなくても受け取るものですが、
今思うと、母は受け取り下手だったのです。 
 
人の好意や思い、プレゼントを素直にありがとうと言えない人が
この世の中に何割か、存在するのです。
 
 
母が育った家庭や、成育歴にも関係してくるので、
今思うと、しょうがないことだったのかなと思うのです。
 
 
とはいえ、当時、まだ若い私にとっては深く傷つく出来事でした。
もう母には何も買わないと心から思ったことを思い出します。
 
 
そんな母と私、生まれつき気の合うタイプではないにしても、
今は本当に良い関係が築けています。 
 
 
大きな転機は、私の離婚です。
 
離婚を決意した私のことを、両親は見守って、助けてくれました。
 
そして、私も変わりました。
 
 
母が変わったのは、私が先に変わったからです。 
 
 
思春期の頃は、厳しい母に(期待されていたので)すごく反発しました。
母は子育てが上手ではなかったのです。
 
 
私がたくさん傷ついたのは事実ですが、
母がわざとしていたのではなく、出来なかったということも事実です。
 
 
つまり、先日のブログに書かせていただいたように
しょうがなかった」ということだと思うのです。
 
 
私がここ数年で気づいたのは、当たり前のことはないということです。
気づきというより、身に染みたということでしょうか。
 
 
親だったら、もっと優しくしてほしい。
親だったら、もっと私が欲しいものを与えてほしい。
親だったら、人と比べないでほしい。
親だったら、長所を認めてほしい。
 
 
そんな風に思う私の気持ちも、仕方ないと思っているのですが、
気づいたことは、言い方は極端ですが、
他人だったらここまでしてくれる人はいない、という事実です。
 
 
親だから育てるのは当然なのかもしれませんが、本当にそうかなと最近は思うのです。 
 
 
親だからしてくれて当然ということには、たぶん、個人差があります。
 
 
どの親も、いいところと、そうでないところがあり、
考え方や価値観も違い、その親が育った環境が違うので、
子供に何を与えるか、何をするか、しないかも、かなり個人差があると思うのです。 
 
つまり、親の価値観や、子育ての指針は、
家庭差があるので、万人に通じる「親だから当たり前」はないと実感しています。
 
私は母の子育ての価値観の中で、私にとって足りないことが、
一番ほしいことだったように思います。  
 
私は親が厳しいよりも、優しく甘えさせてくれる親がよかったのです。
だから、苦しかったのでしょう。
 
母は教育熱心でした。
「まだまだ」というのが口癖で
「だれだれちゃんはもっとすごい」と比較されるのがものすごく嫌でした。
 
比較されるのは、今でもされたら嫌ですが、
教育に力を入れてくれたことには、すごく感謝しているのです。
 
 
こうして、秘書の仕事をして、今、息子と一緒に生活ができているのは、親が教育費を惜しまず、本をたくさん読む環境を作ってくれたおかげです。
 
 
社会人になって、本をたくさん読んでいたことと、
音楽を学べたことは、大きな力になって、私の身を助けてくれました。
 
 
もし他人なら、私の学費を出してくれただけですごいことです。
 
もし他人なら、私のためのごはんを作ってくれたり、
洗濯をしてくれたり、自室を与えてくれたり、ピアノを買ってくれたり、習わせてくれたり。 
 
 
そんな他人はいないでしょう。
 
 
小学生くらいまで、母は私の洋服を作ってくれました。
フリルがたくさんついた可愛いワンピースや、
皮のミニスカートなど、今でも思い出せる服がたくさんあります。 
 
 
他人なら、そんな可愛い服を作ってくれるなんて、すごいことです。 
 
親だからしてくれるけれど、他人なら、ありえない待遇です。 
 
 
なのに、子供である私は、親だからしてくれて当然なので、
感謝もしないし、お礼もそこまで口にしていないで受け取るばかり。 
 
逆に足りないことに不満を抱き、こんな家に生まれて不幸だと心底思っていたのです。
 
そう思うと、何とも残念な私です。 
 
 
大人になってから、そんなことに気づき、本当に腑に落ちたのはここ数年。
恥ずかしいばかりです。 
 
 
すべてのことに当たり前と思わなければ、感謝できる。
そうすれば、不満や苦しみもずいぶん減ります。
 
それは誰のためでもなく、自分自身のためにプラスでした。 
 
 
私の中の事実として、確かにつらかった出来事や、苦しかった出来事も存在します。 
 
でも、今は、それも私を成長させるために、必要だったことなんだな、と思えます。 
 
 
何もなければもっと幸せだったかもしれないけれど、
さらにあたりまえだと思い、傲慢になっている私も想像できます。 
 
 
親に愛されて育ったのに傲慢にもならず、あたりまえにも思わない、
親孝行な私の親友がいます。 
 
本当に心から頭が下がります。 
 
私はきっと、今の親に育てられたことで、幸せになれる性格だったのだと思うのです。
 
 
何より社会にでて、人間関係の問題に遭遇したときに、
立ち向かえる強さがあったのも、親のおかげです。
 
 
当たり前なんて、本当にないんですよね。 
 
そんなことをクリスマスの夜に思った私です。
 
みなさんに私のストーリーを聞いてもらえて感謝しています。
 
長い文章を読んでくださってありがとうございます。
 
みなさんにもたくさんの喜びが訪れますように☆
 
感謝を込めて。
 
白猫

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しょうがないこともある

皆さん、こんにちは。白猫です。
いよいよ年の瀬ですね。
 
 
今日もふと思い浮かんだ気づきを聞いてくださいね。
   
数年前のことですが、自転車の籠の中に定期券入れを落としたまま
仕事に行ったことがありました。
(なくしたと思いがっかりしていたら、自転車の籠に入っていたのです)
   
1日放置していても、誰もとらなかったなんて、
本当に日本は安心できる国民性だなとその時、感激しました。
 
 
同じ時期に、買ったばかりのサンドイッチを入れたまま、
他のスーパーで買い物して出てきたら、サンドイッチがなくなっていました。
(私の無防備さが原因です)
 
 
定期券はあったけれどサンドイッチがなくなっていた。
 
 
もちろん、タイミングとか場所とか時間とかにも関係あると思いますが、
当時思ったこと。
 
サンドイッチを盗んだ人は、
お金に余裕がない状況でお腹がすいていたのかな? と想像したのです。
 
 
あくまで空想の世界なので、事実はわかりません。
 
ここでは事実は確かめようもないのですが、
私が当時のことを思い出して、ふと浮かんだ言葉は、
 
  
「しょうがないこともある」  
 
   
  
私もこのようなブログを書いているにも関わらず、
後で思い出すと恥ずかしいようなこともたくさんしていますし、
若気の至りで、不義理もたくさんしてきました。
  
  
今の状態だったら出来ることが、あの時は余裕がなくてできなかった。
 
今の私ならこうしたのにな、と思うことでも、
過去に戻ってやり直せません。
 
 
時間が未来にしか動いていかない事実の中で、
今の私にできること。
 
 
してしまったことが消えないのであれば、
したことの事実を忘れないこと。
 
 
毎日を、できるだけ誠意をもって生きること。
 
それしか今の自分にはできることはないのかなと思っています。 
「あのときはしょうがなかった」
ということは、だれにでもあると思うのです。
 
 
逆に言えば、私がそうしてしまったように、
人に何かされた過去についてのマイナスの思いなども、
 
「○○さんも、あの時はしょうがなかったんだよね」と思うようにすることで、
私自身が楽になれるのです。
 
人はいつも正しくは生きられないものですから。
   
   
レ・ミゼラブルのジャン・ギャバンが、
お腹が空いてパンを1切れ盗んだことと、
オレオレ詐欺の常習犯が、
罪もないお年寄りからお金をとるのではまったく意味が違います。
 
  
ジャン・ギャバンがパンを盗んだのは、しょうがないことだと思うのです。
 
 
もちろん、すべての過失や、わざとではなくても人を傷つけてしまったこと。
わかっていても、その選択するしかなかったこと。 
 
 
そんな数々のことでさえ、ジャン・ギャバンほどの苦しみの中で、
パンを一切れ盗んだことと、同じ価値ではないかもしれません。
 
レベルの差はあるかもしれませんが、
やっぱり、そのときの自分にとっては
「しょうがなかった」としか言えない過去もあると思うのです。
 
 
もし自分の中でそんな過去があったなら、
反省して、自分自身の中できちんと整理をして、謝って。 
 
しょうがなかったと自分を許して、前に進むことが生きることだと思うのです。
 
 
人のことも同じように、心の中で許して、
過去の記憶の中に墓標を立てて、
そして前を向けたら心が楽になれるかもしれません。
 
  
もちろん、しょうがないでは済まないこともこの世の中にはたくさんあります。
もし私の文章が気に障られたら、お許しくださいね。
 
 
年の暮れに、自分も人も許せたらいいなと思い、書かせていただきました。
 
 
今日も読んでくださってありがとうございます。
良いクリスマスをおすごしくださいね。
みなさんにたくさんの幸せが訪れますように。
白猫

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ほんわかヒーリングリスト

みなさん、こんにちは。白猫です。
 
12月もあと4週間。
 
何かと気ぜわしく余裕がなくなる時期ですよね。 
 
私が試しているおすすめヒーリングの方法を聞いてくださいね。 
 
とってもたわいないけれど、幸せな気持ちになれる方法です。 
 
 
手帳でも、紙でも、スマホのメモ帳でもいいのですが、
 
「好き」
 
「思い出すと心がほっこりする」
 
「優しい気持ちになれる」
 
「そばに置いておきたい」
 
「嬉しい」
 
と思うことを、10個くらい(もっとたくさんでもOKです)
書き出してみてください。
 
ものでも、趣味でも、好きな人、タレントさんでも、場所でも、行動でもなんでもOKです。 
 
 
例えば私のリストです。(順不同。思いつくまま。本当に適当で大丈夫です)
 
笑顔
親友
お茶会
ピンク
小物
鎌倉
葉山
ワンピース
あったかミルクティ
カフェラテ
温泉
ゆっくり寝る
ゲーム
ドラマ
映画
家族
思い出
 
 
私の好きなものばかり。
リストを見ると、ほっと嬉しい気持ちになれるのです。
鎌倉は明日行く予定です。
 
葉山はたまに訪れるだけですが、癒される海辺の街です。
静かできれいな海です。 
 
リストは自分だけのもの。
 
他の人が読んでもピンとこないかもしれませんが、
私は言葉の向こうに、景色や思い、暖かさを感じるのです。 
 
言葉は言葉だけでなく、その向こうに思いや、景色、世界が広がっているのですね。
 
疲れた時、このリストを読むと、ヒーリング効果大。
 
良かったら試してくださいね。
それではまた更新させてください。
いつも読んでくださってありがとうございます。
白猫

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今日やりたいことは、今日やろう

みなさん、こんにちは。白猫です。  
 
先日のお茶会のとき、寿命について話が広がりました。
 
 
芸能界でも、若くして亡くなる方が相次いでいる今、
 
「今この時を楽しんで生きる」というお話を聞いて、
 
とても感銘を受けた私です。
 
 
今を大切に、後悔しないように生きよう、と思っていても、
日々に追われ、そんな気持ちをつい見失ってしまう私。
 
大切なことは後回しにして、そうでないことを先にしてしまう癖がどうしてもあるのです。
 
 
もうすぐ2015年も終わります。
 
本当に1日、1週間、1か月、1年。
あまりに早いです。
 
 
そんな矢先、つい昨日のこと。
 
ある人の真実のストーリー(人生)を聞く機会がありました。
 
お聞きして、ますます、
「今やりたいことは、今やろう」という言葉が心に浮かんだのです。 
 
 
あまり詳しいことは書けないのですが、
若くしてご家族が亡くなり、ご自身もまだとても若く、お子さんも小さいのに
死を意識するようなことがあったそうです。 
 
 
そのような体験を経て、
「楽しみを先送りにしない。楽しまないともったいない」と決意されたとのこと。
 
その言葉は真に迫っていて、深く感じるものがありました。
 
 
私は正直、想像では死をイメージできても、
実際に、体験したことはありません。
 
 
1日を大切に、と思っていても、本当に数か月後に生きているかわからない
という、リアルな気持ちになったことはないのです。
 
 
実体験でお話をしてくださった方は
その話をした理由を
「みんなにも、楽しみを先送りにしてほしくないから。
今を楽しんでほしいから。
そのときがきて、後悔する前に」
 
とおっしゃっていました。
 
 
「最後の日」は私を含め、このブログを読まれている人は、
ずっとずっと先だと思います。 
 
でも、絶対に明日ではないという確約もありませんよね。
 
 
私は、改めて決めたのです。
 
今日やりたいことは今日やろう。
 
今日できなければ、今週中に。
 
今週中にできなければ、今月中に。
 
 
 
連絡したい人には、メールかハガキを書こう。
 
会いたい人には会いたいと連絡だけでもしてみよう。
 
伝えたいことは伝えよう。
 
 
お礼を言いたい人、謝りたい人、借りていたものを返したい人。
 
心に引っかかっていることを
順番に実行していきたい。
 
 
その気持ちを忘れたくなくて、
今日、ブログを更新させていただきました。 
 
今日、育ててくれた両親と、実母(私は養女です)に
ハガキを書きました。
 
たわいない、ご機嫌伺いのハガキですが、ありがとうという言葉を添えて。
 
いつも読んでくださってありがとうございます。
 
みなさんに素敵な毎日が訪れますように☆
白猫

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