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生きているだけで素晴らしい。映画「あん」の感想です

皆さん、こんにちは。白猫です。

先週末、樹木希林さん主演 映画「あん」を見てきました。

 
http://an-movie.com/sp/

樹木希林さんだからこその、味わいある声と間に、何か大事なことを伝えてくれるのでは?と感じ、2時間、引き込まれて観ました。 

 
ハンセン病の元患者さんでもある樹木希林さん演じる徳江さんが、
生きているだけで素晴らしい、自由でいるだけで素晴らしい
ということを、しみじみと教えてくれた映画です。

樹木希林さん演じる徳江さんの言葉。
 

「私達はこの世を見るために、聞くために、生まれてきた。

この世は、ただそれだけを望んでいた。

…だとすれば、何かになれなくても、私達には生きる意味があるのよ。」 

 
毎日の生活の中で、風の音や、光、木々の香り。 
美味しいものを食べて、家族や友達と語り合い、笑うことができる。

そんなささやかな日常こそ、幸せなのですよね。 

誰かと比べることなく、自分の人生を愛すればいいのだという作品からのメッセージを受け取りました。 

また、人がこう言っていたとか、こんなうわさがあるなどに振り回されることなく、私自身の目と視点を信頼していきたいと感じました。 

人を差別するのは簡単ですが、それが真実に基づいていることなのかどうか。

また、自分や自分の家族が同じようなことをされたらどんな気持ちになるのか。 

人にするのは簡単だけど、自分にされたら辛いかどうか、置き換えて考えることも大切なのではないかと思いました。 

 

人は、自分がされた嫌なことと、自分がした良いことは覚えているけれど、
人にしてもらった良いことと、自分がした悪いことは忘れてしまう生き物だとか。
 

私もそれに当てはまるのですが、少なくともそのことを意識するだけで、生き方、在り方が変わってくると思うのです。

樹木希林さん演じる徳江さんが、小豆を見つめる目に愛情がこもっていて
あんこを作るだけでも、これだけ愛情を注ぐのか、と感動しました。

何かを作るのに、愛情をかけるのとかけないのとでは、結果が大きく違ってくる。
それは食べ物に限らず、なんでも同じだと思いました。
日常の些細な仕事の作業であっても、愛情をかけるのとかけないのとでは、出来上がりに差が出ると思いました。きっと見る人が見ればわかるはず。 

今日も読んでくださってありがとうございます☆

皆さんに良いことがたくさん訪れますように。

白猫

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縁は雪のようなもの

皆さん、こんにちは。
白猫です。 
 
先日、「縁が整う」ということについて書かせていただきました。
 
ちょうど最近観たドラマで、縁について素敵な言葉を耳にしたので、
紹介させてくださいね。
  
私が最近はまったドラマが、「いとしのソヨン」という韓国のホームドラマです。
全50話もあるので、大長編のようですが、
見始めたら先が気になって気になって、寝る時間を削って見続けてしまいました。(笑) 
  
  
ストーリーも展開も面白く、登場人物がとても魅力的な人たちばかりで
いわゆる嫌な人が1人もいませんでした。
個性があり、葛藤があり、自分の幸せを追求しながらも、お互いのことを思いやっていく展開に、本当に感動しました。
最後、全員が幸せになれたのが、何よりハッピーエンド好きには嬉しかったです。
 
お勧めドラマです。
 
 
さて本題です。
このドラマのワンシーンに、心に残るセリフがありました。(その時にメモしなかったので、言葉そのものは記憶していないのですが、そのようなニュアンスということでご容赦ください。しかも実際のシーンやセリフと大きく違っていたらお許しください!) 
 
 
「縁は雪のようなもの。握りつぶせば溶けてしまう。
手を広げれば、鳥のように羽ばたく」
 
 
私のイメージはこんな感じです。
 
 
縁が雪のようなものだとしたら、握りつぶしたら確かに溶けてしまいますよね。
雪の良さも消えてしまいます。
 
 
でも、手のひらを広げて自由にしてあげれば、
縁は広がり、羽ばたき、さらに良い縁に繋げてくれる。
 
 
縁は変化するもの。
 
今の縁が一生の縁という訳ではなく、
自分にとって必要のない縁は遠ざかり、
必要であれば戻ってくるかもしれない。
新たな縁を連れてきてくれるかもしれない。 
 
縁は自分の希望や意思とは違う展開を見せるかもしれませんが、
意思だけで動かせない、生き物のような印象があります。
 
まさに雪のように。
 
 
今、縁があるからといって、それが当たり前だと思っていると
自然と縁が遠ざかるかもしれません。
 
縁を雪のような生き物だと思い、今いてくれることに感謝できていれば、
握りつぶしてしまうことないんですよね。 
 
 
逆に自分自身が誰かの手に縛られて、自由にしてもらえなければ
苦しい縁だと感じてその人から遠ざかりたくなります。
 
 
すべての縁は雪のように自然に降ってくるものかもしれません。
 
あるがまま、なすがままに受け入れ、手放し、
自由に生きれたら嬉しいですね。
 
今日も読んでくださってありがとうございます。
 
皆さんにたくさんの幸せが訪れますように☆
 
白猫

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縁が整うということ

皆さん、こんにちは。
白猫です。 
 
今日は縁についてなるほどと思う言葉に出会ったので、お伝えさせてくださいね。
 
最近図書館で借りた本。
 
この本に「縁が整う」という言葉がありました。
 
「縁が整う」 
 
なんだかとても響きが良く、ストンと心に落ちる感覚がありました。 
 
良く私が相談を受けることの中に、
「うまくいかなかったのは縁がないのでしょうか」というものがあります。
 
私の感覚では、
「縁」というのはまさに「整う」ことなのだと思うのです。
 
ある時に整って、友達になったり、恋人として交際をはじめるけれど、
お互いの成長が違ったり、環境に変化があったり、趣味が違って来たりして、
自然と疎遠になることもある。 
 
この本では、出会いだけでなく、疎遠になることについても、
「縁が整う」という表現を使っています。 
 
つまり、出会いも縁が整うから出会うのであり
疎遠になるのも、やはり縁が整うから疎遠になるということに、
私はすごく納得できたのです。 
 
縁というのは、関係を結ぶこと。 
 
タイミングが合って、スルスルとうまくいく。
それが縁に感じます。
言葉では説明できない、感覚的に合うということもあると思います。 
 
そして、疎遠になる時も、はっきり嫌いになったり、
会いたくなくなるようない事件があって別れることは実は少なくて、
特に理由はないけれど、自然と会わなくなっていく、ということもあると思うのです。 
 
お互いの興味が変わったり、意識することが違ったりすることも、
縁が整うということなのかもしれませんね。 
人は移り変わっていくので、
色々な人の出会いがあり、色々な玉石に混じりながら、
自分の玉石も磨かれ、丸くなっていくのかもしれません。
出会うのも、はじまるのも、終わるのも、
すべてマイナスは何一つなく、自分にとって必要だから起こること。 
すべてプラスだと思えれば、ただ自分の中で
良い縁を整えるために、成長していけばいいだけのこと。
そう思うと安心します。
 
今日も読んでくださってありがとうございます。
 
皆さんに良いご縁が訪れますように☆
 
白猫
 

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