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いいことが起きるには準備が必要。悪いことが起きるには原因がある

みなさん、こんにちは。白猫です。

私の好みの本の傾向として、運が良くなる、幸福論、心理学の本があります。

今日は、私の本棚から、運についての本をご紹介させてくださいね。

 

「運とつかむ人」16の習慣 (マーク・マイヤーズ著)

 

 

この本は、いわゆる「ラッキー」について本というより、運をよくするための、具体的で、かなり細かい考え方や行動の習慣が紹介されている本です。

実際のエピソードがたくさんで、かなり詳細なので、何か1つでも良いところを、即自分に取り込める内容だと思います。

 

まず、運のいい人というのは「運がいい人を装える人」だとか!

 

スタート地点は、運が良く見える人になることから、実際に本当の運が訪れるという内容です。 

  

それでは、どういう人が運が良く見えるのか、というと、

これはかなりシンプルで当たり前のようですが、

人に親切で、寛大で、人の心を掴み、不愉快な思いをさせない人。

いつもいいことが起こっているけれど、謙虚で、傲慢ではない人。

 

なのです。

そのような人に見せるための行動が、もう、ここまで細かく教えてくれるんだ、と笑ってしまうほど、実例をふんだんに使って、コミュニケーションの細かな実際例を書いてくれています。 

 

人に好かれるには、細かな心配りが必要ですが、相手に思いやりを持つというスタンスでいれば、自然にできるように感じました。

 

例えば、相手に助けてほしい場合でも、一緒におぼれるほどしがみついてくる人だと思われないように、本当に少しの支えがあれば大丈夫だという姿勢でいれば、人は助けてくれる。

 

当たり前のようですが、助けてくれて当たり前、という姿勢だと、人は助けてくれないかもしれません。 

 

同じように、良いことがあった時に、自分の手柄だと吹聴すれば人が離れていきます。

また良い話があればこの人に、と思ってもらえるには、いつも人に感謝をして、良いことがあれば、自分だけの手柄ではないと人に言える人。

そういう人が次の機会を得られる人だと書いてあります。

 

人は明るく、人に好かれる人を信頼する傾向にあります。そのような人になれば、幸運もさらに寄ってくるというのはうなづけます。

 

この本は運をつかむ人になるために、どのようなコミュニケーションをとったらいいのか、振る舞いをしたらいいのか、ということが、書いてある一冊でした。 

幸運の本というより、幸運になるための、コミュニケーションのノウハウ本という印象でしょうか。

  

海外の本なのですべてその通りには実践出来ませんが、なるほどと思う部分もたくさんあるので、良かったら読んでみてくださいね。 

 

私がなるほどと思ったのは、人に嫉妬された時の対処方法です。

  

1、敵対している人には無視するより、注目する方が効果的

2、自分の幸運のおすそわけをする

3、どうしても好意が通じない相手には、なるべく遠く距離をおく

 

本当にその通りですよね。

 

また本の最後に書いてある言葉が印象深く残りました。

 

「いいことが起きるには準備が必要。悪いことが起きるには原因がある」

 

どういうことかと読んでみると、著者が不運に見舞われた後で、必ず、その不運があって良かった、と思う結果になるそうなのです。

 

面接を受けるために行った会社の場所を間違え、遅刻して落ちたところ、結果的に元の会社でのポジションがあがり、転職しなくてよかったと思った。

 

ある時、大手映画会社の重役のポストの誘いを受け、食事に誘われたが当日すっぽかされた。その後、自分の友人がそのポストについたものの、誘った人が失脚し、友人は解雇されたとのこと。

 

著者は落ち込む事実からも「いいこと」が見つかるようにしているそうです。

悪いことが起きるのも、それには理由があると思うと立ち直れるとか。

 

そして、運がいい時に決して傲慢にならず、謙虚にしていることが運を継続する最大の秘訣だということも本書を通じて書いてあります。 

私の気づきです。 

 

良い運を継続させるためには、運が良くなるための人柄、器を身につけないと、運がきてもそれを入れられない。

日々、丁寧に生きること。

  

不運が来た時には理由がある。

不運にはメッセージがあって、自分が直せることがあれば直すチャンス。

でも、いつまでも落ち込む必要はなく、気付きさえ得れば

その不運の後に必ず良い展開があると信じて、明るく生きること。 

それを信じられたら、迷うことはなくなります。

 

絶版になっているようですが、中古ならたくさん出ているようです。

良かったら読んでみてくださいね!

 

今日も最後まで読んでくださってありがとうございます。

みなさんにたくさんに幸せが訪れますように☆

ありがとうございます。白猫

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ハガキを書くこと。文字を書くのは瞑想と同じ効果

みなさん、こんにちは。

白猫です。

 

私は以前、何人かの方から、成功する人はハガキをまめに書く、とお聞きしたことがあります。

 

以前お会いした人の中で、名刺交換した人には、必ずハガキを書いてお送りしている、という人が複数いらっしゃいました。

直筆のハガキをお送りする人は、そこから良いご縁が繋がっていく方だと思います。 

 

ただ、私の場合、面倒くさがりなので、いいと聞いてもなかなか実践できませんでした。

  

ところが最近、またもや「ハガキを書くと良い」ということを耳にする機会がありました。

なぜか今回は心のフックに引っかかったのです。

 

「このまま流してはいけない

心にとまったことは実践してみよう!」

 

そう思って、先週、2名の方にハガキを書いてみました。

その時、書きながら、ふと目が潤んだのです。

 

1つはいただき物のお礼で、もう1つはご機嫌伺いのハガキです。

泣くような内容ではありません。

 

ただ、なぜか、直筆の文字を書くことで、心が穏やかになり、何とも言えない感謝の気持ちが湧いてきたのです。 

 

思いだせば、パソコンがない時代、私は日記を書いていました。

友達と往復書簡をしていたこともありました。

 

携帯メールが出来るようになってから、私はほとんど、手紙を書くこともなくなったのですが、本当は、手で書く方が、ずっと心がこもるのですよね。 

 

私は時折、長い手紙を書くことがあります。

書いていると無心になり、瞑想に近い効果が得られるような感じがします。

瞑想について語る実績は持っていませんが、心が穏やかになり、自分のエゴが消えて、心が安定してくる感じがするのです。

  

パソコンのキーボードをたたく時には得られないものを、文字を書く時に得られるような気がします。 

 

毎日ハガキを書くとか、名刺交換した人全員にハガキを書く、というと、とてもハードルが高いので、私はまず、1週間に2枚、ハガキを書くことにしました。 

 

1枚は決めている人がいます。

もう1枚はその時、その時に思い浮かんだ人に書こうと思っています。

(好意の重要度ではなく、あくまで、パッと思いついた方ということです) 

 

1枚決めている人というのは、私の実母です。

 

私は生まれてすぐに養女として、今の両親に引き取きとられました。

他に実の親がいると正式に知ったのは大人になってからですが、薄々小学校の時から気付いていました。

子どもの感覚は侮れませんね。

ちなみに実母と育ての母は姉妹です。

 

遠方に住んでいるため、ほとんど会うことはない実の母です。

実の父は今から20年以上も前に亡くなっています。

 

育ててくれた母(普段、母と呼んでいるのはこの母のことです)と思春期の頃は折り合いが悪く、苦しいことも多かった私は、自分の出生について、素直に受け入れられないこともありました。 

 

でも、綺麗ごとを言うつもりはないのですが、今の私は、どちらの母にも心から感謝しています。 

 

なぜなら、産んでくれた母がいなければ、こうして私が色々なことを体験することが出来なかったこと。

産んでくれた母が私を手放してくれなければ、私は東京で恵まれた学校生活を送ることが出来なかったこと。

 

育ててくれた母はとてもとても厳しく、私にとっては愛のない躾ばかりの冷たい親だと感じていましたが、私の教育にはお金を惜しまず、誰に見せても恥ずかしくない娘にするという親の愛情を、今となっては心から感謝しています。 

 

母はあまり教育を受けることが出来ず、単身で東京に出てきた、男勝りの女性でした。

たくさん、恥ずかしい思いや悔しい思いを繰り返し、私にはそのような思いをさせたくない、と思ってくれていたのでしょう。

 

母はまだ元気なので、時々会って、都内の温泉に連れていくことも出来ますが、産んでくれた実母が、今年脳梗塞で倒れたとの知らせが入ったのです。

 

7月に会いに行ったのですが、言語に不自由がなくて心から安心したものの、右手右足が不自由で、自由に食べたり飲んだりも出来ない状態でした。

もちろん、歩けず、立っていることもできません。 

 

私はどのような出来ごとでも、起きた時にショックはあまり受けないタイプなのですが(以前、緩和ケア(亡くなる時前に過ごす場所)の病院に勤めていたので、何事も驚かず、動じずというのが職業的に多少なりとも身についています)

でも、その時に感じたショックや悲しみはない訳ではないので、段々と後になり、じわじわと苦しくなってくるのです。 

 

実母宅に訪れる前に送ったお菓子や水ようかんなど、あまり喜んでいる様子はなく、一緒に訪れた、私の母や叔母が送ったジュースや果物もそこまで喜んではいませんでした。

 

それも当然で、自分でジュースにストローをさすことも出来ず、メロンを切ってもらわなければ食べることもできす、かといって、家族に切ってほしいと頼みづらい状況です。 

 

お世話になっている立場では、あれをしてほしい、これをしてほしいと甘えるのも難しいようでした。(同居しているご家族が悪いという意味ではありません。遠慮をするのは自然なことです)

水ようかんでさえ、ふたをあけてもらわなければ食べられないのです。

病気になってからは、食べることも飲むことも自由にならないことで、段々とその欲求も少なくなっているように見えました。 

遠方に住んでいる私に何が出来るだろう。

何を送っても、きっとそこまで喜ばないだろう。

そう考えた時、ふと思いついたのがハガキを書くことです。 

封書では、切ってもらって、中から手紙を出してもらわなければ、読むこともできません。読み返したくても、なかなか難しいと思うのです。 

 

ハガキなら、誰にも頼まず読むことが出来ます。

 

普通の人であっても、封書はちょっと重い感じでも、ハガキなら、パッと見て、保管しても、捨てても、どちらでも気軽に出来る、とても良いツールですよね。

  

毎日送ると掲げて、段々と出来なくなっていくよりは、週に1回と決めて、継続していけたらいいな、と思っています。

 

そう思ったら、なんだかワクワクしてきて、ハガキを買ったり、郵便局で、シール状になった切手を見たり。 

うんうん。幸せな気持ちです。 

 

ハガキそのものの良さもありますが、それだけでなく、文字を書くと瞑想と同じような効果がある、ということを、再確認させてもらった最近の私です。 

文字を書くことには、脳に密接な関係があるような気がします。

ウォーキングをすると、βエンドルフィン(快楽ホルモン)やセロトニン(幸せホルモン)が出るといいますが、文字を書くことでも、同じような心の浄化作用と、脳に良いホルモンが出ているように思いました。

 

文字を書くと穏やかになり、内省できるように感じました。

 

また、続けていけたら、ブログでお話させてくださいね!

ここで公言したので、さすがに挫折はしないと思っていますが。(笑)

 

今日も読んでくださってありがとう。

  

みなさんにもたくさんの素敵なことが訪れますように☆

それではまた近々更新させてくださいね!

ありがとうございます。

白猫

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選択の重要さに気付かせてくれた本 「選択の瞬間」デビー・フォード

みなさん、こんにちは。白猫です。 

 

9月に入り、めっきり涼しくなりました。

今年の夏は、日中暑い日もありましたが、夜は去年より過ごしやすい夏だったと感じています。 

  

みなさんは体調など崩していないでしょうか。

お身体を大切にして、毎日をお過ごしくださいね。 

  

さて、今日は大げさですが、私にとっては奇跡的な出会いの本をご紹介させてください。 

 

この本に出会ったのは今年の春ごろだと思います。

ブログにも書かせていただいたかもしれませんが、図書館で何かに呼ばれた気がして、その書棚の前に立った時、目に飛び込んできた一冊です。

 

借りた本を読了した後、自分で改めて購入して手元に置いた一冊です。

(私は今、断舎離中で、手元に置く本を選んでいるので、購入する時点ですごいことなのです) 

 

「選択の瞬間」デビー・フォード 

 

 

この本は当たり前のことと思われるかもしれませんが、私にとては衝撃的な事実を教えてくれたのです。

それは、

「わたしたちの今日は、わたしたち自身が昨日した選択によって、三日前に、三か月前に、三年前にした選択の積み重ねによってつくられたものです」

という言葉でした。  

小さいことで言えば、何を食べるかを選ぶ、誰と話すかを選ぶ、何を話すかを選ぶ、何を買うかを選ぶ。 

 

人生を変えるような選択ではないけれど、その小さな積み重ねをないがしろにするのと、一つ一つきちんと意識を持って選択するのでは、人生、外見、すべてが変わるという内容です。

  

たった一つの選択が、人生を劇的に悪化させたりすることはないかもしれませんが、いまのあなたは、あまたが日々に行う、無意識だったり、お粗末な選択の積み重ねによってつくられたものであり、その日常が積み重なった結果が、いまのあなたをとりまく現実なのだ、という言葉に愕然とした私です。 

私も普段、あまり考えずに行動していることばかりで、そのことに疑問も持っていないことにまたびっくり!

   

人間は、もっとも慣れ親しんだルート、もっとも抵抗の少ない道を行く傾向にあるそうです。

そのルートや道が、あまり行きたくない場所に続いていたとしても、人はなかなか選択を新しいものにしにくい生き物のようです。 

 

なぜなら、その日その日を過ごすことに精一杯で、人生の道筋を変えるための意識や手段を持ち合わせていないからです。

そして、ハッと気付いて今の自分を見た時に、自分が行きたい場所にちっとも近づいていないことに気付いて愕然としてしまう。 

 

それが人間だということでした。

 

私など、忙しい毎日に、「忙しいんだから仕方ない」という一番良い言い訳を自分にしながら、選択をないがしろにしていることばかり。 

これでは、私自身がもっとこうなりたい、と思っていることにちっとも近づいていなくても不思議ではありませんよね。

 

自分が選択したからこそ、後々の結果(現状)があるのに、なぜか人はその選択については思い返すことなく、結果のみにとらわれ、何かのせいにしたり、誰かのせいにしたくなる生き物のようです。

  

この本では、長期的な目線で、自分がどうなりたいのかを明確にして、毎日の小さな選択を自分で選んでいくことを、細かく丁寧に説明してくれている、地図のようなバイブルのような一冊です。

 

その中で私が一番共感し、春ごろ、仕事があまりに忙しくて、相当疲れていたのか、読んでちょっと涙が出てしまったのは、

 

誰もが持っている内なる炎(生命力の番人)が、強く赤々と燃える選択をすることが大事で、弱めていく選択は間違いだということです。 

の文章でした。

 

赤々と内なる炎が燃えた時、人は自信を持ち、謙虚さと率直さも持ち、心にビジョンとインスピレーションで満たすことが出来て、夢を描いてそれを追うスタミナを持つことが出来るそうです。 

 

逆に内なる炎が弱まった時、人は、無防備になり、隙が生まれ、心配と自己疑念が生まれてしまいます。

 

その弱い炎の自分がする選択も、またプラスの選択にはならず、物事が好転していくことはないと感じました。 

 

自分のキャパを超えた忙しさを選択したのも私自身です。

 

改善の提案をするより、今を走り続けて、乗り越えた方がいい、とその時の私は判断し、8月にあらゆることが落ち着くまで、なんとか走り続けたのですが、それは結果として、「良くやった、これで良かった」という私の感想です。

 

ただ、渦中にいる時に、この本の「内なる炎が消えかけている」という言葉を見た瞬間、思いがけず涙がでて驚いたのを覚えています。  

自分ではまだまだ行けると思っていたけれど、きっと心の奥はそう思っていなかったのでしょうね。(笑)

 

さて、この本には内なる炎を強くするための選択と、逆に弱くする選択は何かが列挙してあり、とても参考になりした。 

 

少しだけ取り上げると、

 

内なる炎を強くする選択

 

他者に共感を抱く

自分のための時間を持つ

愛する人たちと過ごす

何かをうまくやれた時、自分を褒める

休息

楽しい時間を過ごす

内なる炎を弱くする選択

 

あなたのあらさがしをしたり、あなたの素晴らしさを理解出来ない人と付き合うこと

義務感

人に嫌われないようにすること

自分に嘘をつくこと

他人が幸せにしてくれると期待すること

真の欲求を無視すること

 

などなど。

 

本書ではさらに詳しく説明してあり、迷った時に本を広げると、改めて選択の重大さに気付かせてくれます。 

 

私の中で、大切な本の中の一冊となりました。 

 

たくさんの本を読み、その中で、これ、という本は限りなく少ないです。

でも、その本は繰り返し繰り返し読む価値がある本ばかり。 

 

私自身のためにも、私の大切な本をリストにして、年内にはこのブログに書かせてもらいたいなと思っています。

  

それではまた明日からがんばりましょう☆

 

みなさんにとってたくさんの幸せが訪れますように。

そして、みなさんが内なる炎を赤々と燃やす選択を、毎日してくだいますように。

  

読んでくださってありがとうございます。白猫

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