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「淋しさ」について思うこと

みなさん、こんにちは。白猫です。

少し涼しくなってきましたね。

私も夜に家で、温かな飲み物を飲むようになってきました。

最近のお気に入りは、ジンジャーはちみつミルクティです。

濃く出したミルクティに、自家製のジンジャーはちみつを入れて飲むのですが、とってもおいしいのです。

自家製の「ジンジャーはちみつ」もとっても簡単に作れます。

単にしょうがを細かく切って、はちみつにつけておくだけですが、本当においしくて、炭酸で割ってジンジャーエールにしてもいいし、すごく重宝しています。

最近、市販のジンジャーはちみつシロップが流行っていますが、少し値段が高いので、自家製がお勧めです☆

 

さて、今日は淋しさについて、書かせてくださいね。

 

2週間ほど前に、友人から、淋しさについてどう捉えたらいいのか、というようなメールをいただきました。そのことがきっかけで、私も淋しさについて色々と考えてみたのです。

 

あくまで私の考えを書きますので、興味があったら読んでくだされば嬉しいです。

 

淋しさがなぜ生まれるか…というと、人は一人で生まれて死んでいくにも関わらず、一人で生きることができない生き物だからだと思うのです。

 

だからこそ、他者の存在を求める時もあれば、求めない時もある。

求める時は、自分が好む相手を求めているのだし、自分を苦しめたり不快にする人を求めているわけではないですよね。

でも、それがすべて、自分の思い通りにならないのが、この世の仕組みだと思うのです。

 

たとえば、誰もが一人になりたい時もあれば、人と過ごしたい時もありますよね。

◆あなたが誰か特定の人と一緒にいたい → その人と予定が合わない。もしくはその人が同じように一緒にいたいと思う時期とずれている。

◆あなたが一人になりたい → 家族がいたり、予定が入っていて一人になれない。

◆あなたが会いたいタイプの人と会えない → 相手も人間なので、自分の思い通りの人間でいられないこともある。

 

つまり、皆が自分の人生を生きているので、タイミングや時間、生活パターンや環境など、他の人と一致せず、そのずれから、淋しさが生まれてくると思うのです。

  

さらに、親しくなればなるほど、相手に求めるものが大きくなると思うのです。期待値が高くなるということです。

 

そこまで親しくない同僚程度ならあまり期待しないのですが、親しい友達になればなるほど、恋人や夫婦、家族になればなるほど、相手への期待値が高くなり、自分の欲求も高くなるので、自分の欲求に相手が答えてくれないことが、淋しさになったり、ストレスになったりすると思うのです。 

 

とはいえ、誰にも何も期待せず、誰とも接しないで生きていくことはできないですよね。

だから、人は自分と折り合い、人と折り合って、何とか生きていくのだろうなあと思うのです。 

 

私なりの淋しさの対処方法は、すべてを分散型にしていることかな、と思っています。

やりたいことが複数あり、1つではないこと。

さらに、友人1人に負担をかけないように、信頼できる友人を複数もち(多くいるというよりは、少数ですが、親しい友人が複数います)、すべてにおいて、何か1つに重くならないように、自分で無意識にバランスをとっているように思います。

それも自分の防衛本能がしているのかもしれません。

 

とはいえ、本体は自分だと思うのです。

たとえ複数に分散できたとしても、自分自身の心のバランスが崩れてしまったら終わりですよね。

 

たとえば、メリーゴーランドが同じ大きさの座席を、同じ距離に設置して、同じようにぐるぐる回してバランスをとっていたとしても、その根本の主軸がずれてしまったら、倒れてしまうと思うのです。

  

その主軸である自分を、どう保っていくか。つまり、心も体も健康でいられるか。それは物事を分散していくから保てるのではなく、やはり先に自分があってこそだと思っているのです。私の課題でもあります。

 

最後に、人はその人それぞれの器の大きさがあると思うのです。

淋しいと思う心を入れ物に例えると、大きな大きな入れ物を持っていて、それが半分しか入っていないのでとても淋しい人もいれば、小さなコップを持っていて、それがいっぱい入っていて満足している人もいると思うのです。

  

メリーゴーランドでいえば、座席が100個もあるような大きなメリーゴーランドもあれば、10個の小さなメリーゴーランドもあって、どちらがいいとか悪いじゃなくて、どちらでもいいと思うのです。

回している主軸がしっかりしていれば、入れ物が多くても少なくても、メリーゴーランドが小さくても大きくても、なんでもOKだと思うのです。

 

1、自分の持っている淋しさを感じる器の大きさを把握してみる。

2、器にどのくらい入っていれば、安定していられるのかを自分で考えてみる。

3、決して人と比べないこと。(人それぞれ、淋しさを感じる感覚が違い、また、それを紛らわす内容も違うので、人と比べて自分のマイナスを探さないほうがいいと思います)

 

それがまず、淋しさを考える時に、自分で対応できる最初のことかな、と思ったりした私です。

 

長い文章を読んでくださってありがとう。

  

みなさんにたくさんの幸せと満足感が訪れますように。

いつも願っていますね。

 

読んでくださってありがとうございます。感謝をこめて。

 

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