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長いスパンで考える

みなさん、こんにちは。白猫です。

今日は、私の気づきについて、シェアさせてくださいね。 

あくまで私の考えですので、よろしくお願いします。

 

物事は、長いスパンで考えた方がうまくいくと、最近つくづく思うのです。 

 

わかりやすい例を出すと、恋愛。

付き合う前も、付き合ってからも、その場その場の出来事に振り回されて、すぐに行動に移すと、恋は遠ざかってしまうと思うのです。

(例えば、突然電話攻撃したり、感情的に怒ったり、相手を責めたりするなど)

長いスパンで考えれば、その行動をとった方がいいかどうか、冷静になれるのではないでしょうか。

感情的になってしまうと、うまくいくこともうまくいかないと思うのです。

 

人間関係はすべて同じだと感じています。

友人でも同僚でも、部下上司の関係であっても、その場だけの結果を出すのなら、多少の無理はできるかもしれませんが、無理を長い時間続けるのは不可能だと思うのです。

 

例えば、メールを頻繁に交換していたとして、ほんの一時ならできるけれど、それを何年も続けることは難しいかもしれません。

友達に夜中に電話で悩み事を聞いてもらうことも、たまになら可能かもしれませんが、しょっちゅうでは友情が続かないと思います。 

 

時に後輩や部下を叱ってもいいかもしれませんが、叱り続けるだけでは、信頼関係が築けないでしょう?

  

そんな風に、この行動は長いスパンで考えて信頼関係を築ける行動かどうか、を考えてみると、自分で腑に落ちると思うのです。 

 

私も以前は白黒つけたがる性格でしたので、すぐに結果が出る行動をとりたがりました。いやだったらすぐにいやだし、その場ですぐに行動に移すことも多かったのです。

 

そんな私が変われたのは、私の場合は子育てを経験したからです。

子供を育てるのは、一瞬、一瞬ではなくて、長期計画です。

今、この瞬間の結果ではなく、大人になった時にどうなっていてほしいか、と考えることができるようになりました。

おかげで、忍耐力が身に付き、待つことができるようになりました。(笑)

(もちろん、私も完ぺきではなく、発展途上ですが)

 

周囲の人を見て、つくづく思うのは、瞬間の感情ではなく、長いスパンで物事を考えた方が、うまくいくなあということなのです。

  

具体的な例をあげると、上司の性格が折り合いが悪く、上司がもっと見守ってくれる上司だったら、と願望があったとしますよね。

すぐに結果を出そうとすると、上司に意見を伝えたり、上司に感じ悪く接したり、感情的になったり、周囲に悪口を言ったりしてしまうかもしれません。

 

でも、長期的に考えれば、感情的になるのはデメリットしかありませんし、悪口を言うのもかなりのデメリットです。感じ悪く接するのは、本当にもったいないことです。

意見を伝えるなら、言い方を考えなければなりませんし、その前に、上司に意見を言いやすい関係を作るために、自分がどう行動しなければならないか、と考えられるかもしれません。

 

すぐにどうにかしようと思えば、無理な行動をとってしまいますが、長いスパンで考える方が、必ず良い結果が生まれると思うのです。

 

すぐに結果を出そうとすると、相手を変えるしか方法はないと思うのです。

でも、相手は思い通りになりませんよね。

かといって、自分が変われるわけでもなく。

  

長期的に考えることのメリットは、ゆっくり考えられることです。

なぜ、そうなってほしいと思っているのか。

その理由は何か。

だとしたら、どうしたらいいのか。 

 

良い結果がひと月だけもって、後はどうなってもいいのなら構わないのですが、ずっと良い状態が続くことを目標にするのなら、半年後、1年後を見据えて、今の行動を考えるといいのではないかな、と感じています。

 

もちろん、長いスパンで考えて、何の行動もしないというのではなく、長いスパンで考えて、今、この時に最善と思う行動をとるのがベストです。

その行動が後で考えて良くなかったとしても、それは成長した自分が思うことなのですから、その時最善であれば、それでいいと自信を持っていいと思うのです。 

 

私の経験では、長いスパンで考えるというのは、自分を振り返ることができるということが最大のメリットです。

つまり、相手を変えることで解決するのではなく、自分の行動を考えることができることができるので、よりよくなっていくのだと実感しています

 

このテーマは奥が深いので、また別の機会に、改めて書かせてくださいね!

  

今日も私の個人的な考えを読んでくださってありがとうございます。

みなさんに素敵なことがたくさん訪れますように☆

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片付けと運気

みなさん、こんにちは。白猫です。

少し涼しくなってきましたね。

温かな飲み物がおいしい季節になりました。

 

あと数日で11月ですね。

私は11月から、仕事が忙しくなることが決まっています。8月くらいから、少し仕事の量を減らしていたのですが、3か月間、ゆっくり過ごせたので、また11月から頑張ろうと思います!

 

何より、私を必要としてくれる人がいること。場所があること。

本当にありがたいなあと心から感謝しているのです。

そのために、相手の求めているものより、少しでも多くお返ししていきたいなといつも思っています。(できるかどうかは別として、気持ちはそうありたいなと思っています)

 

この3ヶ月間、自分の時間をしばらくぶりに持てました。

おかげで家の中がずいぶん片付きました。整理整頓が行きとどいている方にはとても及ばないのですが、ようやく、すっきりしてきました。

 

物を捨てる時、あきらかに忘れていて必要ないものは躊躇なかったのですが、いつか使えそうとしまっていたり、少し思い入れがあったり、未練があるものについては、迷いました。

手にとった時「絶対にほしい」と強く思うもの以外は、思い切って捨てています。(まだすべて終わっていないのですが)

おかげで、物を買う時に、本当に私の家で活躍できるのかな? と考えて購入することができるようになりました。

値段に関係なく、パッと買う癖はずいぶんおさまっています。(笑)

やはり、多くのものを捨てる行為は、お別れの儀式でもあるので、その淋しい気持ちと申し訳ないという罪悪感を考えると、簡単に物を増やすことはできなくなりました。

  

片付けと、運気は、やはり関係あると感じています。

綺麗に片付いている部屋にいると、心が落ち着きますよね。

その心の落ち着きが、冷静でポジティブにもネガティブにも偏らない自分を保てるのを感じます。

その心が、運気を呼ぶ気がするのです。

(といっても、私の部屋がそこまで綺麗というわけじゃないので、あくまで、過去の私と比較して…ということでお許しください!)

 

今日はたわいない話でごめんなさい。

また、色々な気付きを聞いてくださいね!

 

いつも読んでくださってありがとう。みなさんにたくさんの幸せが訪れますように。

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「淋しさ」について思うこと

みなさん、こんにちは。白猫です。

少し涼しくなってきましたね。

私も夜に家で、温かな飲み物を飲むようになってきました。

最近のお気に入りは、ジンジャーはちみつミルクティです。

濃く出したミルクティに、自家製のジンジャーはちみつを入れて飲むのですが、とってもおいしいのです。

自家製の「ジンジャーはちみつ」もとっても簡単に作れます。

単にしょうがを細かく切って、はちみつにつけておくだけですが、本当においしくて、炭酸で割ってジンジャーエールにしてもいいし、すごく重宝しています。

最近、市販のジンジャーはちみつシロップが流行っていますが、少し値段が高いので、自家製がお勧めです☆

 

さて、今日は淋しさについて、書かせてくださいね。

 

2週間ほど前に、友人から、淋しさについてどう捉えたらいいのか、というようなメールをいただきました。そのことがきっかけで、私も淋しさについて色々と考えてみたのです。

 

あくまで私の考えを書きますので、興味があったら読んでくだされば嬉しいです。

 

淋しさがなぜ生まれるか…というと、人は一人で生まれて死んでいくにも関わらず、一人で生きることができない生き物だからだと思うのです。

 

だからこそ、他者の存在を求める時もあれば、求めない時もある。

求める時は、自分が好む相手を求めているのだし、自分を苦しめたり不快にする人を求めているわけではないですよね。

でも、それがすべて、自分の思い通りにならないのが、この世の仕組みだと思うのです。

 

たとえば、誰もが一人になりたい時もあれば、人と過ごしたい時もありますよね。

◆あなたが誰か特定の人と一緒にいたい → その人と予定が合わない。もしくはその人が同じように一緒にいたいと思う時期とずれている。

◆あなたが一人になりたい → 家族がいたり、予定が入っていて一人になれない。

◆あなたが会いたいタイプの人と会えない → 相手も人間なので、自分の思い通りの人間でいられないこともある。

 

つまり、皆が自分の人生を生きているので、タイミングや時間、生活パターンや環境など、他の人と一致せず、そのずれから、淋しさが生まれてくると思うのです。

  

さらに、親しくなればなるほど、相手に求めるものが大きくなると思うのです。期待値が高くなるということです。

 

そこまで親しくない同僚程度ならあまり期待しないのですが、親しい友達になればなるほど、恋人や夫婦、家族になればなるほど、相手への期待値が高くなり、自分の欲求も高くなるので、自分の欲求に相手が答えてくれないことが、淋しさになったり、ストレスになったりすると思うのです。 

 

とはいえ、誰にも何も期待せず、誰とも接しないで生きていくことはできないですよね。

だから、人は自分と折り合い、人と折り合って、何とか生きていくのだろうなあと思うのです。 

 

私なりの淋しさの対処方法は、すべてを分散型にしていることかな、と思っています。

やりたいことが複数あり、1つではないこと。

さらに、友人1人に負担をかけないように、信頼できる友人を複数もち(多くいるというよりは、少数ですが、親しい友人が複数います)、すべてにおいて、何か1つに重くならないように、自分で無意識にバランスをとっているように思います。

それも自分の防衛本能がしているのかもしれません。

 

とはいえ、本体は自分だと思うのです。

たとえ複数に分散できたとしても、自分自身の心のバランスが崩れてしまったら終わりですよね。

 

たとえば、メリーゴーランドが同じ大きさの座席を、同じ距離に設置して、同じようにぐるぐる回してバランスをとっていたとしても、その根本の主軸がずれてしまったら、倒れてしまうと思うのです。

  

その主軸である自分を、どう保っていくか。つまり、心も体も健康でいられるか。それは物事を分散していくから保てるのではなく、やはり先に自分があってこそだと思っているのです。私の課題でもあります。

 

最後に、人はその人それぞれの器の大きさがあると思うのです。

淋しいと思う心を入れ物に例えると、大きな大きな入れ物を持っていて、それが半分しか入っていないのでとても淋しい人もいれば、小さなコップを持っていて、それがいっぱい入っていて満足している人もいると思うのです。

  

メリーゴーランドでいえば、座席が100個もあるような大きなメリーゴーランドもあれば、10個の小さなメリーゴーランドもあって、どちらがいいとか悪いじゃなくて、どちらでもいいと思うのです。

回している主軸がしっかりしていれば、入れ物が多くても少なくても、メリーゴーランドが小さくても大きくても、なんでもOKだと思うのです。

 

1、自分の持っている淋しさを感じる器の大きさを把握してみる。

2、器にどのくらい入っていれば、安定していられるのかを自分で考えてみる。

3、決して人と比べないこと。(人それぞれ、淋しさを感じる感覚が違い、また、それを紛らわす内容も違うので、人と比べて自分のマイナスを探さないほうがいいと思います)

 

それがまず、淋しさを考える時に、自分で対応できる最初のことかな、と思ったりした私です。

 

長い文章を読んでくださってありがとう。

  

みなさんにたくさんの幸せと満足感が訪れますように。

いつも願っていますね。

 

読んでくださってありがとうございます。感謝をこめて。

 

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そばにいる人、皆が恩人

皆さん、こんにちは。白猫です。

だいぶ、肌寒くなりましたが、皆さんはお元気ですか?

私は体温が高いようで、未だに半袖です。(笑)

 

今日は友人が言ってくれたひとことが、心に残ったので書かせてくださいね。

私は長い付き合いの友人が多いのですが、私より一回り以上も年上の友人がいます。

日曜に彼女のお誕生日だったので、渋谷のヒカリエでランチデートをしてお祝いしました。

  

その時、恩人の話しになって、誰もが、人生のどこかで恩人と呼べる人がいるのかな? という話題になったのです。

  

その流れで友人に、「誰が恩人なの?」と質問したところ、少し考えてから、こう答えてくれたのです。

 

「今、私のそばにいてくれる人、皆が恩人よ」

って。

 

彼女は本当に心からそう思っているんだろうなと感じて、私もすごく嬉しくなりました。私もまた、今、私のそばにいてくれる人、すべてが恩人だと思える私でありたいな、と改めて実感したのです☆

 

話しは変わって、最近の私の近況ですが、お片づけにはまっています。

私の場合、お片づけというより、とにかくすごい量の物を捨てている段階です。捨てても捨てても、まだ、こんなにあるの…というくらい、物が多くて呆れちゃいます。(苦笑)

 

ようやく、息子の子どもの頃のおもちゃもだいぶ処分して、雑誌や、本を処分して、洋服も、綺麗な服は似合う友人にもらっていただいて、着ない服は捨てて。

服だけで、大きな袋、5袋は捨てたでしょうか…。

部屋着もいりません。着ないチュニックや、ワンピースで部屋着に降格したものを、何枚かとってあります。もう、部屋着は当分買いません。(笑)

 

写真も、昔のものは、一部とっておいて、後は捨てる作業もしました。

まだまだ、写真は多くて整理しきれていませんが。

 

そんなことを、時間がある時に進めています。

  

いつでも居心地の良い部屋であるように、したいです。

物がないと、スッキリして、お気に入りの物も映えますよね!

 

それを目指して頑張ります。

友人に頂いた色々な物を飾れる日が来ますように。

 

お片づけをするようになって、良かったのは、あまりものを買わなくなったことです。

捨てるのも大変な労力なので、物を買う時にためらうようになったのは副産物です。

でも、大好きな洋服は、我慢できないんですけれどね!

それではまた、近いうちに更新させてくださいね。

いつも読んでくださって有難うございます☆

皆さんに良いことが沢山訪れますように。

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