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たくさん与えて、たくさん受け取るということ

皆さん、こんにちは! 

都内はすっかり、朝が冷えるようになりました。

皆さんも風邪などにお気をつけくださいね☆

 

私は、最近は、ようやく読書をする時間が作れるようになってきました。

また、最近は以前からの大好きな友人に加えて、最近知り合った波長のあう方たちとも仲良くしていただいて、たくさんの学びやご縁をいただいています。

そのことにもとても感謝している毎日なのです。 

 

昨日も不思議なシンクロがありました。

人からいただいたご縁で、新たな活動も開始することになりそうです。

未来はわかりませんが、まずは、自分の心が素直に喜ぶことにしたがっていこうと思っています。

それが一番のアンテナと、未来へのコンパスのように思うのです。

また、良いアドバイスをくれる人も身近にいるので、心強い限りです。

何しろ、私は直感と好奇心で生きているので、時々、え?と思うような行動をとってしまうらしく(自分では変だということが良くわからない(笑))、時々綱を引っ張ってもらって助けてもらっている毎日です。

感謝。

 

さて、私は最近、いろいろと良い本を読んでいるので、じっくり更新していきたいと思っています。

その中で、先に皆さんにお伝えしたいことがあります。

それは、陰陽の考え方です。

 

すべてのものに陰と陽があるというのは、何千年前からいわれてきたことです。

この世のことはすべて対になっている。

男女、朝と夜、太陽と月、簡単に言えばこのようなことからはじまりますが、

 

今日書きたいのは、得と損という考え方です。

 

みな、得をしたくて、損をしたくない。

同じですよね。(たぶん)

でも、得をしよう、多くもらおうとして行動すると、その反動で、後ろ側に損が積み重なっていくのだそうです。

そして、あるとき、損がドッとおりてきてしまうとのこと。

 

それでは、良いことの後に悪いことが起こる。

といういやな迷信のようですよね。

 

ではどうしたらいいのか?

本に書いてあったことを簡単にまとめると、

先に、自分の持っているものを差し出す。相手に与える。

つまり、先に損をするということが書いてありました。

損をするというと言い方が悪いのですが、先に相手の得をすることを提供していくこと。

つまり、For You の気持ちが大事だということのようです。

 

そうして、相手に、相手にと渡していくと、後ろに得がたまっていって、その得が大きくなるのだそうです。

つまり、先に獲ろうとすればするほど、合理的に強引に欲で搾取していこうとすればするほど、入ってくるものは少なく、損は大きくなっていきます。

でも、先に与える気持ちがあれば、プラスも大きくなっていって、循環するので両方にプラスになっていくという考え方です。

私はこの考え方がとても好きで、しっくりきました。

 

それが事実かどうか検証するつもりはなくて、とても心地よい考え方なので、私の出来る範囲で実践していきたいな、と改めて思ったのです。

先に損をすること。

これは無理にないものを渡す必要はなくて、出来ることでいいと思うのです。

以前記事に書かせていただいた、無財の七施のように、お金が無くても出来ることがありますよね。

人に親切にすることも良いと思います。 

私もまだまだの人間なので、自分をすべて犠牲にするなんてとても出来ません。

でも、出来る範囲のことって、意外とたくさんあるのに気づきました。

たとえば、最近は路上のチラシなども受け取るようになりました。

受け取るだけなら私は困りませんし、バイトの人にとっては助かることだろうなと思うのです。

後は、小さなことでも、次の人の身になって考えて行動すること。

余裕がないときは無理ですが、そのような癖をつけると、出来る範囲のことが広がっていく気がして嬉しくなりました。

一緒にたくさん与えて、たくさん受け取っていけたらいいですね!

 

それでは今日も読んでくださって有難う。

良い週末をお迎えくださいね!

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すべてのことに当たり前なんてない 

皆さん、こんにちは。

今日から1週間がスタートしましたね。

良い1週間となりますように☆ 

 

実は一昨日、約2ヶ月ぶりに大学時代の親友のTちゃんに近況メールをしました。ずっとTちゃんにメールしよう、しようと思いつつ、あっという間に日々が過ぎ去っていたのです。

  

するとTちゃんより、「私が落ち着いたらメール来ると思っていたので、それまでじっと待っていた」と、返信がありました。

  

私のことを思いやって、いつも負担をかけないように、そっと応援してくれる大切な友達。

その都度反省するのが、その愛情に甘えてしまう、私自身の自分に甘い性格です。

このブログも読んでくださる方がいらっしゃるということが励みになり、記事を更新できています。でも、やはり更新できない日も多くて。

 

いつも読んでくださって、本当に有難うございます。

人の好意に甘えずに、もっと気持ちを引き締めたい!と思いました。 

 

時々、このブログにも書いていることなのですが、私は折に触れて、

「当たり前のことなんて何もない」 と思い出すのです。

 

ふとしたことで立ち返るのですが、やはり、何事も日常に紛れてつい当たり前になってしまうのですよね。 

でも、人に良くしてもらうたびに、有難いな、当たり前だと思わないようにしたいな、と改めて思い直すのです。

 

私は、客観的に聞いていただいても納得していただけるような、「当たり前だと思っていたことが、そうならなくなり、とても苦しい思いをした」経験が、人生で2度程あります。 

 

小さい出来事はもう少しあるのかもしれませんが、大きなことでは2つありました。 

それも短期間ではなく、結構長期間に渡って苦しい時期が続きました。

 

当たり前だと思っていたのに、そうではなかった。

でも、問題自体は私自身のことではないのでどうにもならず、出口のないトンネルの中を歩き続けるような感覚で、終わりが見えず、ものすごく苦しかったのです。 

 

でも、そのようなことがあったからこそ、私は気づくことが出来ました。

 

当たり前のことなんて何ひとつない。ということに。

 

だから、少なくとも私は、全てのことに当たり前と思わず、できるだけ感謝の気持ちを忘れないようにしよう。

ということと、

ついつい、慢心して自分を過信してしまうことを、時々反省します。

ただ、本当に自分に甘いので、こうして時々、記事にも書かせていただいて自分に言い聞かせているのです。 

 

家族や親しい間柄になると、存在も親切も当たり前になってしまいますよね。

多分私だけでなく、誰もが、そのように扱われて、悲しかったり、残念だったりした経験があると思うのです。

私も、以前は、家族に相当甘えてばかりでしたし、逆に当たり前だと思われて、辛い思いもしたことがあります。

   

話が前後しますが、昨日から、母が滞在しています。

母が何かの話題の際に、こう言ってくれたのです。

「私もあなたがいなければ、とても淋しい人生だったと思う。

あなたがいて良かった」 と。

 

正直、私が子ども時代は、ものすごく厳しくて、怖い母で、あまりなついていなかったのです。

私がなつかないので、母も私が可愛くないのだろうと、勝手にそう思って敬遠していた学生時代でした。

でも、今となっては、私を良く育てたいという思いだったと理解しています。

 

家族でさえ、やはり、当たり前に存在することなんてないのですよね。

友人や支えてくれる周囲の人は、更に、家族以上に、当たり前の人なんて誰ひとりいないですし、

すべての出来事に、当たり前のことなんてないんですよね。

 

なので、日々、全てのことに感謝したいと思う私です。

でも、すぐに忘れてしまいがちな私なので、時々、こうして記事に書かせてくださいね!

 

今日も読んでくださって有難うございます。

それではまた明日☆

皆さんにとって、沢山のよいことが訪れますように。

 

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出会いに偶然はありません。~あなたに必要だからそこにある~

皆さん、こんにちは。

週末は、いかがお過ごしですか?

都内は涼しく雨模様です。

私は、今週末はめずらしく、何の予定も入れず、家で過ごしています。

 

何の予定もない日には、必ずどこか1か所の物を捨てて片付ける。

ということを9月末から実行しているのですが、今日はどうしても気乗りしなくて実行できていないのです…。

でも、やっぱり1度でもルールを崩すと、「まあいいか」という私の悪い部分が出てきてしまうので、このブログ更新の後、洗面台の片づけをしてきます☆

洗面台の横の棚には、長い間使わない化粧雑貨が色々と置いてあるのです。

思い切って処分します!

  

そうそう。

昼間に息子と話していて、私が猛烈に眠くなってしまって、ぼんやりしていたら、息子が「よく眠くなるねえ。いつも家にいる時は、眠そうな顔をしている」と言われてしまいました。

私が「いくら寝ても寝ても眠いという体質?が私の人生で大きく損をしているかもしれない」と私が口にすると、息子は「ボクは集中力がないところが難点だ」と自己分析。

それはその通りだ、と本気で同意してしまいましたよ。(笑)

でも、集中力が出ないのは、本当に好きじゃないことをしているからなのかも。(勉強のこと)

   

本題です。

昨日のブログに、命の大切さについて感じたことを書きましたが、そのきっかけとなった素敵な本を紹介させてくださいね。

友人より、私が気に入ると思ってと貸していただきました。

 

山元加寿子さん「本当のことだから  いつかいい日のための宇宙の秘密」(三五館)

出会いに偶然はありません。~あなたに必要だからそこにある~

この言葉は、本の帯に書いてあるメッセージです。

 

山元さんは、養護学校の先生をされていて、著作も沢山お持ちです。

養護学校の生徒さんたちの素晴らしい才能について書かれていて、すごく興味深かったです。 

その最後の章に、笹田雪絵さんという方(もうお亡くなりになっています)に触れてありました。

雪絵さんは、発熱の後、手足が動かなくなったり、目が見えにくくなるというMSという病気だったそうです。

雪絵さんから山元さんに当てた手紙の、一部分を抜粋させてくださいね。

  

「病気になったからこそ知り合えた素敵な人がたくさんいます。

私が病気になったことはけっして無駄ではなかった。

(中略)

でも、私、今、周りにいる人と出会いたかったの。

先生と出会いたかった。だからこれで良かった。

(中略)

とにかく私はどんな体になっても、歩けず、見えず、手を使えず、話せなくなってもきっとMSの自分を愛していくと思います。

MSの自分を後悔せず、無駄にせず、好きでいると思います」

  

つまり、大変な課題を持っていたからこそ、出会えた人がいて、出会える出来事がある。だから、これで良いんですよ。

という本当に素直で、真摯な気持ちを感じました。

  

雪絵さんの「誕生日」という詩を紹介させてくださいね。

  

「私、今日生まれたの。

一分一秒のくるいもなく、今日誕生しました。

少しでもずれていたら、今頃健康だったかもしれない。

今の人生を送るには、一分一秒のくるいもなく生まれてこなければいけなかったの。

結構これって難しいんだよ。

十二月二十八日、私の大好きで、大切で、しあわせな日。

今日生まれてきて大成功!

「すのう」に生まれてきて、これも大成功!」

 ※ すのう は雪絵さんのペンネームです。

   

私が思うこと。

誰もがその人なりの課題を持って、生まれてくると思うのです。

人の人生と比べることは無意味で、その人それぞれの人生だと思うのです。

そして、どの人も意味があってその日に生まれている。

だからこそ出会う人がいて、それはどの人にも必要だから出会っているのだということ。出会いに偶然はないということ。

そのメッセージを私は、雪絵さんの詩から受け取りました。

 

私は宇宙(と書くとちょっと怪しく思われるかもしれませんが)、未知の大きな存在から、生まれてくる時に何かの使命をもらって(選んで)生まれてきていると感じていたのです。

この本は、一般的にはしょうがいを持っているけれど、その代わりに宇宙からのメッセージを受け取る力の高い方たちのエピソードが沢山載っています。

 

良く、コップに水が半分入っていた時に、「まだ半分も入っている、と思うか、もう半分しか入っていない」と思うかで、全く心の持ちようが違ってきますよね。

 

私は、以前から、全ての出来事について、受け取り方次第で、気持ちも変わる。その小さな積み重ねが、幸せかどうかの感じ方を決めているのかなと思ってきました。

この本を読んで、その通りだなと改めて実感したのです。

 

例え病気であったとしても、何かの試練があったとしても、雪絵さんのようにそれが幸せだと思うには、私はあまりにまだまだ未熟で、心も弱いです。

でも、できる限り、私の好きなフランクルの言葉「それでも、人生にイエスと言おう」のメッセージの通り、良い方に受け取って生きたいなと思いました。

 

起きる出来事にどう思うか、ということだけは自分の意思で選べるのですから!

その積み重ねで、人生を良くしていけると信じています。

   

今日も読んでくださって有難う。

素敵な週末をお過ごしくださいね☆

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二度と戻らない今を生きるということ

皆さん、こんにちは。

都内は急に寒くなってきました。

皆さんのお住まいの地域はいかがですか?

 

私は猫をはじめとして、もふもふした手触りのものが大好きなのです。

今日は今季初で、ふもふしたジャケットを着ました。

 

そして今日は、私としては衝撃的!?な出来事がありました。

とある方に、私のブログとHPを発見してご一読くださったとのメッセージをいただいたのです。

皆さんはご存知かもしれませんが、元々匿名で始めたHP。

実際の友人でも、私のブログを知っているのは数名なのです。

  

あるキーワードで私だと分かったそうですが、匿名なのを幸いに好き勝手に書いている部分もあって、その方が尊敬している年上の方だったので、未熟な私としては、おこがましくて恥ずかしくなりました。

  

実は、時々ですが、現実の私を知る人から、「ブログを発見して読みましたよ」と言っていただくことがあります。

自然に発見してくださるのは、きっと読んで頂けるご縁があるのだと思って、恥ずかしい気持ちを持ちつつも、感謝している私です。

 

さて、今日の本題です。

 

息子の高校のある教科の先生が、来年の春までもつかどうかわからないという病気であることを、昨日聞きました。

それでも教壇に立っているのは、皆に自分の持っているものを残したいこと。最後まで天職でもある教師として終わりたいこと。

更に、命が有限であることを、皆に身をもって伝えたいという思いからだとのことでした。

 

私は、昨日、ある本を読んでとても感動し(この本のことはまた後日、紹介させてくださいね)、その内容ともリンクしていて、命が有限であることについて、しみじみ感じることがありました。

  

頭では分かっていても、感覚として、今の自分が年をとらずにそのままで、永遠に命が続くような気がしていました。

正直、今もそうかもしれません。

 

でも、実際にはそんなことはありえませんし、今日という日は、もう二度と戻らず、未来に進むしかないのですよね。 

頭では分かっていても、どこか悠長に考えてしまう私なのです。

    

いかに生きるかは、いかに死ぬかということ。

  

そのような言葉を以前読んだことがあります。(出典を忘れてしまってすみません!) 

 

明日が必ず来ると思っているから、多くの人は、漫然と流して生きてしまうのでしょうか?

でも、誰にでも平等に、今日が最後、明日が来ないという日が訪れるのですよね。それがいつかは予測できません。

 

命をかけて教壇に立つ息子の先生の行動から、私も、今のこの時間、今のご縁を大切にしていきたいな、と改めて思いました。 

人生にとって必要だから出来事が起こり、出会いがある。

その一つ一つを大切にしたいと思った私です。

 

皆さんとブログを通じて、今の大切な時間を共有させていただけることに、心から「有難う」をお伝えしたいです。

 

それではまた☆

今日も読んでくださって有難う。

良い週末をお過ごしくださいね。

私は今週末は、家でゆっくり過ごしつつ、年末に向けて断捨離します。

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無財の七施(むざいのななせ) 

皆さん、こんにちは。
今日は金曜日。土日休みの方はほっと一息ですね。 

週末、お仕事の方はお疲れ様です。 
 

さて、本題です。
よく、成功法則の中に、寄付をすると良いという教えがあります。

お金のない時こそ、お金を寄付すると良いということ法則ですが、
なかなか現実的に難しいこともありますよね。 

実は、お金のかからない布施の方法があるのです。 

仏教で言う、「無財の七施」という教えですが、
こちらのサイトを参考に、簡単に書かせていただきますね。 

詳しいことは、専門のサイトや本などで調べていただければと思います。

1 眼 施 がんせ      

   あたたかなまなざし

2 和顔施 わげんせ     

   和やかで穏やかな表情ですごす

3 愛語施 あいごせ     

   思いやりのある言葉をつかう

4 身 施 しんせ      

   自分の労働力を提供して施すこと
              

5 心 施 しんせ      

   人のことを自分のことのように思いやれること

6 牀座施 しょうざせ    

   電車で席を譲るなどの、人に勝ちを譲る行為

7 房舎施 ぼうしゃせ    

   自分が雨にぬれても相手に傘を差しかけるなど

 
もちろん、私もわかったようなことはかけませんが、
間違いなく、善行を積み重ねること。積善をすることは、
運命をよくする手段だと思うのです。 

この無財の七施であれば、
お金がない。時間がない。という言い訳は通らず、
普段の小さな心がけ次第で無限に出来る善行だ、と感じました。 

お金がかからない布施だからこそ、実はとっても難しい。

いつも穏やかで、やさしいまなざしと面持ちで、
人のことを思いやり、多少自分が損しても、相手に譲る気持ちを持つこと。

お金を払うより、実はこちらのほうが難しいかもしれませんよね!
でも、きっと、相手にも自分にも良いことが訪れる積善だと思います。 

私も難しいけれど、日々、余裕がある限り、トライしたいです。
(実は家族間が一番難しい…)

ところで、損することで、得をするという原理原則もあるようです。 

またこの話は後日させてくださいね!

それでは今日も読んでくださってありがとう。

皆さんにたくさんの幸せが訪れますように☆

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可能なら運命を変える。不可能なら運命を引き受ける

皆さん、こんにちは。

今週の東京は過ごしやすい気候です。

皆さんのお住まいの場所はいかがですか? 

  

今日は私の好きな言葉をシェアさせてくださいね。 

  

ビクトール・フランクルの言葉です。

 

「可能なら運命を変える。不可能なら運命を引き受ける」

 

私はこの言葉を自分なりに解釈したのですが、

自分の人生ですから、運命を開拓するのは当然の気概だと思うのです。

でも、起こった出来事が、どうしても思うようにならなかった時。 

 

それは起こるべくして起こっていることだと、受け入れることかと解釈しました。

スタートに問題があったのか、途中に問題があったのか、もしくは自分が自らその運命を欲していたのか、その運命を選んで生まれてきたのか。 

 

理由は分かりませんが、どうにもならない運命を前にしたら、ただただ、引き受けることも必要なのだと実感した出来事がいくつかありました。 

  

ただただ、受け入れるしかないと思うような出来事です。 

 

戦うこともせず、かといって放棄する訳でもなく、荒れ狂う波に身を任せて、波が静まるのを待つだけの時間です。 

 

ところが、終わりがないと思うようなことでも、いつか必ず波は静かになるのだと、経験で思いました。

もちろん、全てが分かったとは、とても言えませんが。

  

私もまだまだの人間なので、辛いことがあれば逃げたくなるし、運命に何か言いたくなることも沢山あります。

 

でも、結局は、受け入れるしかない。引き受けるしかないこともあると気づいています。

それが一番、解決への近道だということも。 

 

ビクトール・フランクルの本で「それでも人生にイエスと言う」という本があるのですが、この本のタイトルもとても好きな私です。 

 

  

今日も読んでくださって有難う☆

皆さんも素敵な1日をお過ごしくださいね!

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片付けと運気の関係

皆さん、こんにちは。

今日は3連休の最後ですね。

 

充実した休日を過ごされましたか? 

お仕事の方はお疲れ様です。 

 

私は今日は師匠のところに勉強に伺っていました。

私よりずっと年上の方なので、私には及ばない知恵を授けてくださいます。

有難いです。

 

さて、今日は片付けと運気について書かせてくださいね。 

 

大変恥ずかしいのですが、私の家はとっても散らかっていて物であふれています。

元々、物が多い家で、本を含めて色々と買ってしまうのもあり、頂くことも多く、物は増えていくばかり。

子どももいるので、その教材や参考書、プリント類なども、あっという間に山積みになってしまいます。 

 

そして、前職が多忙だったため、全く手を付けずにいたら、あっという間に家の中が倉庫みたいになってしまいました。

そこまでいくと、逆に手を付けることも嫌になり、どんどん山積みがひどくなり、雪崩を起こすようになり…。

  

書いていても恥ずかしいです。(苦笑)

 

先月のこと。

初対面の方から、このようなことを言って頂いたのです。 

「家が片付いていないんじゃない? 片付けると運気が良くなるから、片付けをとにかくしてみて」

って。

 

顔に書いてあったのかがお恥ずかしいのですが、私の心中をズバリ言われて、私の中で片付けよう! という決心が出来ました。

ただ、無理をしても絶対に続かないので、予定のない休日に、1か所だけ物を捨てて片付ける、ということにしました。

全ての物を一度にしようと思うと、多分、挫折してしまいそうなので。 

 

そして、9月末から、昨日まで、フリーの休日が3日あったのですが、ようやく、食卓の上と、居間のテーブルと、廊下の3か所の物をかなり捨てて、空間が広くなりました。

 

息子の小学校時代からのプリントや参考書。(どこまで物持ちがいいのでしょう!?)

マンガ雑誌など、大量に処分しました。

それだけで、大きな山が片付きました。

  

片付けて感じたのは、明らかに運気はあがっています!

良く成功法則の本にも、片付け、掃除は運気をあげるとありますが、これは事実です。

 

理由は、私が思うに、

1、物が片付いている方が、淀まず良い気が流れるから。

2、物が片付いていることで、心も重荷から解放され、軽やかになるから

この2つかなと感じています。

片付いていないと、特に問題がなくても、何となく何かを背負っているような気がしていました。

物が片付くごとに、背中の荷物が軽くなっていると感じています。 

まだまだ、家には物が溢れているので、頑張って年末までのフリーの日を活用して、片付けていきます☆

 

運気がアップしたら、またご報告させてくださいね!

 

読んでくださって有難うございます☆

皆さんにも良い運気が訪れますように。

 

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誰もが持っている魔法の指輪 

皆さん、こんにちは。

今日から1週間がはじまりましたね。

良い1週間となりますように。 

 

今日は、私の気づきについて、シェアさせてくださいね。 

  

皆さんにも親友がいらっしゃると思います。

大変な時に、きっと助けてくれる友人が何人かいると思うのです。 

 

私にも数名います。

 

その親友たちは、私にとって、魔法の指輪だと思うのです。

 

ここで、「魔法の指輪」という童話について、簡単に紹介させてくださいね。

(多少、本当の童話と違っていてもお許しください) 

  

==================

ある若者がいました。

その若者は愚痴と不満が多く、嫌々働いている若者でした。

 

そんなある日、魔法使いを助けたお礼に、魔法の指輪をプレゼントされました。

たった1つだけ、どんな望みでも叶うという指輪です。

それを大事にして宿屋で寝ていたところ、事情を知った悪者に、普通の指輪と取り換えられてしまいます。

  

その事実を知らずに故郷に戻った若者は、結婚しました。

魔法の指輪さえあれば、どんな望みでも叶う。

 

そう知っているので、一生懸命働き、田畑を買い、家を買い、どんどん仕事をして、家族も増え、幸せになっていくのです。 

 

色々な場面で、指輪を使おうと思うのですが、1度しか使えない指輪です。

そう思うと、今の悩みに使うのがもったいなくて、自分の力で努力し、解決していくのです。 

 

そして、その若者も年をとり、死を迎えました。

家族が、とても大事にしていた指輪だからと、お墓に入れてくれました。 

 

ただの指輪だったのに、若者は、魔法の指輪だと信じ、信じたからこそ頑張れたのです。

 

人にはそれだけの、未知の力があるという童話です。

====================

  

私はこの童話を、息子が小学生の頃に良く読み聞かせしてあげていたのですが、今でもふと思い出すことがあるのです。 

 

私にとって、大切な親友や家族は、魔法の指輪です。

いざという時は、全力で力になってくれると思います。 

  

今でも悩みや相談事は話しを聞いてもらって、スッキリさせてもらいますが、本当に困った時に頼るには、あまりに大切過ぎるのです。 

 

話しを聞いてもらう以上に、何かしてもらう場合、私にとって、大好きな人に負担をかけてしまうという重荷を背負うことになってしまいます。 

 

だからこそ、親友は魔法の指輪です。

友人たちがいるからこそ、私はそれを支えにして、生きていけるのです。

  

そして本当に本当に大変な時は助けてくれることも信頼できます。

だからこそ、できる限り、迷惑をかけずにいたいと思うのです。 

 

魔法の指輪は、持っているだけで、魔法を生んでくれます。

魔法を使うことなく、沢山の魔法をくれているのです。 

  

私に力をくれる、真の友人たちに、心から感謝しています。

そして、このブログを読んでくださる方たちも、私にとっては魔法の指輪です。

いつも本当に有難うございます。 

 

皆さんにも魔法の指輪があると思います。

大きなパワーを秘めている指輪を、どうか大事にしてくださいね!

  

今日も読んでくださって有難う。

素敵な1週間をお過ごし下さいね。

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良いご縁をつなぐには

皆さん、こんばんは。

連休はどのようにお過ごしですか!?

 

私は昨日はある勉強会に誘われて出席してきました。

今日は自宅で、ゆっくり過ごしています。

  

皆さんとシェアしたいことが山積みです。

  

まず、人とのご縁について書かせてくださいね。

  

私がつくづく実感しているのは、素敵な人の周りには、同じように良い波動を持った人が集まるということ。

メインとなる人と出会って仲良くなれば、自然と良い人とご縁が出来るという流れを感じています。 

 

大勢の良い人と出会うのは、とても難しいけれど、1人の良い人と出会うのなら、可能性は沢山ありますよね。 

 

私はまだまだの人間ですが、この人とのご縁は大事にしたいな、と思う人に、同じように良く思ってもらえることができて、本当に有難いなと感謝しています。

 

私が素敵な人だと思う方というのは、肩書や職業ではなく、もっと別の価値観でそう感じているのですが、そうはいっても、やはり皆さん、私よりずっと上のステイタスの方や、将来性がある人ばかり。

 

私は今、何者でもなく、はっきり言ってしまえば、現在は何も持っていない存在です。

でも、そんな私のことを良く思ってくれて、仲間に是非、と誘ってくださることはとても嬉しくて、何て光栄なことなのでしょう!

 

私が今つくづく実感しているのは、素敵な人に大事に思ってもらえることが、何より私の自信にもなり財産にもなっているという事実です。 

  

そして、その人たちと話しをしていて感じるのは、良い人と繋がるために必要な事は、目の前の人に気に入られる行動をとるよりも、自分を高める行動をとった方が近道だということ。

 

私は自分に課しているのは、

正直であること。

素直であること。

いつもどこでも学びがあれば、それをキャッチしたい

 

と思っていることです。 

 

そして、波動があった良い人と、ご縁があり、それを続けるために、私自身が自分らしくあることが一番なのだなと思うこの頃です。 

 

まだまだの私です。

学ぶことが沢山沢山残っていて良かった!

  

全て学びつくしたと思ってしまったら、人生退屈でしょうから。(笑)

 

ちなみに、最近の私の興味は、哲学としての仏教と、中国の古典でもある本をじっくり読みたいと思っていることです。

得ることが増えてきたら、ぜひ、ブログでもシェアさせてくださいね☆

 

今日も読んでくださって有難う。

皆さんも素敵な週末をお過ごし下さいね。

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点と点で繋ぐ スティーブ・ジョブズ氏のスピーチより

皆さん、こんにちは!

また、更新が久しぶりになってしまいました。

 

色々と忙しく活動していて、なかなかログインする時間がとれず。

沢山シェアしたいことが増えるばかりです。

日々、少しずつでも更新していくことが、私にとっての課題です。 

さて、世の中を衝撃に包んだスティーブ・ジョブズ氏の死ですが、私自身は語れる程、彼のことを何も知りません。

ただ、とても好きなスピーチ「点と点で繋ぐ」というものがありますので、転載させてくださいね。

(スピーチからの引用です)

=================================

私は退学した身。
もう普通のクラスには出なくていい。

そこでとりあえずカリグラフィのクラスを採って
どうやったらそれができるのか勉強してみることに決めたのです。

セリフをやってサンセリフの書体もやって、
あとは活字の組み合わせに応じて字間を調整する手法を学んだり、
素晴らしいフォントを実現するためには何が必要かを学んだり。

それは美しく、歴史があり、科学では判別できない
微妙なアートの要素を持つ世界で、いざ始めてみると
私はすっかり夢中になってしまったのです。

こういったことは、どれも生きていく上で
何ら実践の役に立ちそうのないものばかりです。

だけど、それから10年経って
最初のマッキントッシュ・コンピュータを設計する段階になって
この時の経験が丸ごと私の中に蘇ってきたのです。

そして、僕たちはその全てをマックの設計に組み込んだ。

そうして完成したのは、美しいフォント機能を
備えた世界初のコンピュータでした。

もし私が大学であのコースひとつ寄り道していなかったら
マックには複数書体も字間調整フォントも入っていなかっただろうし、

ウィンドウズはマックの単なるパクりに過ぎないので

パソコン全体で見回してもそうした機能を備えたパソコンは
地上に1台として存在しなかったことになります。

もし私がドロップアウト(退学)していなかったら
あのカリグラフィのクラスにはドロップイン(寄り道)していなかった。

そして、パソコンには今あるような
素晴らしいフォントが搭載されていなかった。

もちろん大学にいた頃の私には
そんな先々のことまで読んで「点と点を繋げてみる」
ことなんてできませんでした。

だけど10年後振り返ってみると、
実にハッキリしているのです。

繰り返します。

未来に先回りして「点と点を繋げる」ことはできない。

できるのは、過去を振り返って繋げることだけなんです。

だからこそバラバラの点であっても、

将来それが何らかのかたちで必ず繋がっていくと信じなくてはならない。

自分の根性、運命、人生、カルマ…何でもいい、とにかく信じること。

点が繋がって道となることを信じることで、心に確信を持てるのです。

結果、人と違う道を行くことになっても、

信じることで全てのことは、間違いなく変わるのです。

=================================

このスピーチから、私は、全ての経験に無駄はない、と思えるようになりました。

私はかなり好奇心が旺盛で、かつ、信じられない行動をしてしまう部分もあり、怪我することもあるけれど、楽しいことも多い人生を送っていると自分では自覚しています。

そんな私の経験の数々は、いつか点と点で繋がることがある。

今は分からなくても、未来にきっと。

と思うだけで、とても勇気づけられます。

 

どんな人にとっても、きっと意味がない経験なんてないと思うのです。

 

それが将来、きっとわかる日がきますよね!

そう信じたい私です。 

それでは素敵な週末をお過ごしくださいね。

読んでくださって有難う。

感謝をこめて。

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