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私のスタンス

今日は私なりのスタンスについて書かせてくださいね。

 

私は今、とても楽に生きていますが、もちろん、最初からそうだった訳ではありません。

人の評価が気になったり、私のことをどう言っているか気になったり。

好かれたいと思って努力してみたり、いい子を演じてみたり。 

 

これは中学時代の私です。

思春期、かつ競争世代、校内暴力の時代だった私は、殺伐とした中学生活を送っていました。

裏切り、うそつき、騙し合いが当然。

あまり今でもいい思い出はありません。

 

当時の私の親友は本でした。

特に、凛とした主人公の小説が好きで、こんな風に、凛として生きたい!

誰になんと言われても、私らしく胸を張っていたい!

と、思っていました。

 

そうは思っても、現実はそんな風に生きれる訳もなく、やはり人の目を気にして、臆病になったり、誰かが私のことを噂していると聞くと、その中身が気になったり。

友達だけど、信用できなかったり。

好きじゃないグループに参加するしかなかったり。

今日の友達が敵になるのをみたり、グループの闘争があったり。 

 

自分に嘘をついているようで、当時、私は自分があまり好きではありませんでした。

 

そんな中で、キラリ☆と光るクラスメイトがいました。

 

意地悪なグループにも所属せず、独立して2名でいた女子です。

とても可愛くて勉強も出来て、そして、どのグループにも属さない。

影で悪口を言われたりしているものの、彼女はそれを意にも介していないようで、堂々としているのです。逆に、意地悪な子たちも、表立って何もすることが出来ないようでした。

 

その当時、私の学校はいじめと校内暴力があったのですが、いじめに加わらなければいじめられると繋がっていても、彼女たちはそこから一歩離れて、別の場所に立っているように見えました。

 

私は内心、素敵だなと思っていました。

意地悪をせず、意地悪もされず、人をかばってもそれでいじめられることもなく。それに引き換え、私は頭を低くして、面倒なことに巻き込まれないように、自分を守ることに精一杯。

 

彼女が強くいられた理由は何だろうと、私のテーマになりました。

後で気づいたのは、彼女は多分、一人でも大丈夫なんだろうなってこと。

そして、自分のルールと自分のスタンスが決まっているので、何を言われても動じないのだろうと。

 

私は中学時代に、自分らしく生きることはできませんでした。

高校に入ってから、少しずつ、自己を確立していった気がします。まだまだ十分ではありませんが、かなり自由に自分を解放できてきたと思います。

高校がワイワイと楽しく、穏やかな学校だったからでしょう。 

  

もちろん、読書も続けていて、その中の好きな主人公の人物を吸収し、いつしか、社会生活での私なりのスタンスが出来上がってきました。

 

それは、以下に書きますね。

 

1、一人でも大丈夫になる(孤独に強くなる)

2、自分なりのルールを決める。人に左右されない。

3、協調性も大事にする。

4、自分が好きな人を友達にする。

5、好きな人に選んでもらえる自分になる。

  

 このスタンスが確立したのは、高校卒業後です。

 もう、グループに所属しても、そこに縛られることがない、自由な私でした。

 友達は自分で選ぶ。そして、好きではない子とグループの関係で友達になったとしても、決してそれに左右されない。

 つまり、自分が主役だ、と腹を据えた感じがします。

 

 そして、究極の5番ですが、友達になりたい、と思ってもらえる自分になるというのがとても大事でした。

 自分が芯で集まるグループなら、私が嫌いな裏切りや、抜け駆け、悪口は存在しようがないのです。

 そう、居心地いいグループがないなら、自分で作ればいいと思ったのです。(特に群れることは好きではないので、自然に集まればそれでいいというイメージで、拘束力がないグループです)

 

 もちろん、そこまではっきり明確にしていた訳ではありませんが、自然とそうなっていきました。友達になりたい人が、友達になりたいと思ってくれるようになり、心が繋がっていったという感じです。

 その後は心穏やかに、信頼できる友人が増えていって、今の私があります。そして、当然ですが、真に繋がれるのは、そんなに多くはありません。

 だからこそ貴重で、大事なのだと思います。

  

 どんな人と友達になりたいか。どんな人となら安心していられるか。

その人にふさわしい自分であることを信じて、そのように行動してみてくださいね。

 時間はかかるかもしれません。数年かもしれません。

 でも、きっと、いつかそんな日は来ると思います。それを信じられるのは、自分しかいないかもしれません。でも、信じてほしいです。

 

 決してひねくれず、相手を疑わず、心を解放して生きていれば、共感してくれる人が、向こうから訪れてくれます。

 それにはやはり、自分らしさの発見とそれを認めてあげること。自分の心の癖を知ることも大切かもしれません。

 また、それはゆっくり書かせてくださいね。

 

 私の個人的な話を、読んでくださって有難う。

 心から感謝をこめて。

 

  

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