« 攻撃に見えない攻撃もある | トップページ | 今日は息子の三者面談でした »

ゲシュタルトの祈り

「ゲシュタルトの祈り」

 

わたしはわたしのことをして、あなたはあなたのことをします。

わたしはあなたの期待にこたえるために、この世にいるのではありません。

あなたも私の期待にこたえるために、この世にいるのではありません。

あなたはあなた、わたしはわたし。

もし偶然に出会うことがあれば、それは素晴らしいこと。

もし出会うことがなければ、それはそれで仕方ないこと。

  

私が好きな、フリッツ・パールズ(ゲシュタルト療法の創始者 心理学者)の詩です。
 

あなたはあなたのことをして、私は私のことをする。

私に期待したり、私の行動に口を出さないでほしい。その代わりあなたの行動を私の思い通りにしようとは思わないから。

それで分かりあえなければしょうがない

でも、分かりあえたら、とても幸運です。

 

という意味にとらえられますが、なんとなく淋しい感じもしますよね。

私が思うのは、人は、欲張りだと思うのです。

 

どこまでもどこまでも、相手の愛情に満足できない生き物かもしれません。そして、私たち自身も完ぺきではない。

 

だから、求められても応えられることと、応えられないことがあるし、私以外の人もその人自身のために生きているのだから、私の期待にこたえるために、生まれて生きている訳ではないのですよね。

 

つまり、私の幸せのために、誰かの力が必要だ、という状況では、決して満ち足りることはない、ということだと思うのです。

  

だからこそ、甘えと依存と期待と欲求の煩悩があると自覚して、あえて線引きすることで、お互いに寄りかからない、でも、一緒に立つことのできる木になれるのだと思うのです。

その方が、きっと長く生きていける木になると思います。

 

パールズの思想は、

1、過去にとらわれず、「今、ここ」に生きる

2、不幸を他人のせいにするのをやめて、「自分自身」を生きる

 

というものですが、私はそれにとても共感します。

なぜなら、いくら悔やんでも、過去を消し去ったり、やり直しすることはできない。今、ここを生きることしか、未来にはつながらない。

 

そして、今ある状況を、自分の思い通りになることはない他人に追わせている限り、決して満足することはない。

だから、自分自身の人生を全て引き受けて生きるしかない。

 

という覚悟だと思うのです。

もちろん、私も普通の人間なので、過去のことに戻って、「あの時ああしていたら」と悔やむことも多々あるのです。

 

でも、ひとしきり悔やんだ後は、現在に立ち戻るしかないのだ、という諦めもあります。そして、今、ここにいる私が、これからどう生きていくのか、いつも人生のスタート地点にあるような気もするのです。

 

なぜなら、過去には戻れない以上、いつでも「今」がスタート地点になるのですから! 

 

読んでくださって有難う。

また明日☆

おやすみなさい。

|

« 攻撃に見えない攻撃もある | トップページ | 今日は息子の三者面談でした »

プチ心理学」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 攻撃に見えない攻撃もある | トップページ | 今日は息子の三者面談でした »