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人の言動に左右されないために

誰でも人の評価って、気になると思うのです。

人からの良い評価を得たいし、良く思ってもらいたいし、好かれたいし、嫌なことは指摘されたくないですよね。

 

ついでに、あれこれ指示もされたくないし、不必要な命令もされたくないし、当然ですが、非難もされたくないし、誤解して悪くとらえたくもない。

 

ただ、残念なことに、それを完全に防ぐことは不可能だと思います。

なぜなら、何を言うかを決めるのは、言う人自身なので、止められないこともあるからです。

 

難しいかもしれませんが、私がしている、人の言動に左右されなくなる方法を書かせてくださいね。

 

1、アドバイスや助言を、余計なお世話だと感じた時

 

 良く、親戚の人にこういうことを言う人はいませんか?

 

 「まだ結婚しないの?」「そろそろ子供は?」「子供は一人っ子じゃ可愛そうよ」

 と、これは一番大きなお世話バージョンですね。

 実は、自分に対して、一番、強烈な批判や、非難、助言をするのは、実は、身近な人だそうです。

 

例えば、親、友人、親戚など、親身になっている人こそ、厳しいことを言ったり、言われたくない指摘をするそうです。

 

遠慮がないからともいえますが、身近なので言いたくなるというのもあるし、自分が分かる道を歩いてくれると安心、ということもあるでしょう。

 

 例えば、昔の時代なら、ひとつの会社に就職したら、一生そこに勤めるのが安心だったけれど、今は、外資系を渡り歩いて、最後は独立という女性もいてすごいなあと、私などは心から憧れますし、そう思うのです。

 

現実には、その途中の場面で、危険だと止める親もいるのではないでしょうか。

 

また、友人でも、「世の中そんなに甘くないわよ」「今、こんなご時世なんだから、良く考えた方がいいと思う」

と、ありがたいことを言ってくれる人もいると思うのです。

 

そこから得ることがあるなら、それを吸収するのも一つ。

でも、よーく分かっているけれど、今はそういう言葉を聞きたい訳じゃない時は、私は以下のこと思って線を引くことにしています。(口にはせず、思うだけですけれど!)

 

「でも、実際に、私の人生を生きてくれる訳じゃないよね?」

 

 つまり、私の変わりに人生を生きてくれる訳でもなく、働いてくれる訳でもなく、子供を産んで育ててくれる訳でもなく、家事をしてくれる訳でもなく、上司の相手をしてくれる訳でもなく、仕事を一日こなしてくれるわけでもない。

一生生きれるお金をくれる訳でもないし、生きがいや夢をかなえてくれる訳でもない。

 

 もちろん、言ってくれることは、本当にその通りのことだと思うのですが、生きるのは、私自身です。

 だから、いくら言ってもらったとしても、「でも、変わりに生きてくれないよね?」と思って、流すことにしています。(口にはせず思うだけ!)

 あえて口にして逆らわないのは、不遜ですが、聞くのも、孝行なのかなと思うからです。

 

 また、本心から心配してくれる友人に関しては、こんな風に思わないです。心から感謝すると思います。

 ただ、自分の価値観で「それってどうなの?」と言う友人程度なら、ことを荒立てたくないので、聞き流してしまいます。それ以上の対応をする必要はないと思うんですよ。相手は、自分が正しいと思って言いたいだけなので、言わせてあげればいいのです! 

 

2、いわれない非難や批判、悪口を言われた(言われた気がする。言っていたと人伝に耳にした)

 

 これは正直、非常に、嫌な思いをすると思います。

 さて、私ならどうするか。

 

 まず、2種類に分けます。

 

 言っている人が、私が信頼する人か、しない人か。もしくは、好きな人か、そうではない人か。

 そして、言われていることが、自分にとって、落ち度があったかないか。(反省する点はあるかないか)

 

 もし、自分に非はないと思った上で、信頼する人、好きな人から言われたなら、非常にショックでしょう。

 私に非があったのかもしれないので、考えたり、反省したり、相手にきちんと事情を聞いて、私の「言い訳」も聞いてもらいたいです。冷静にね!

 

 でも、思い当たる節もなく、相手が大事な人ではない場合。

 冷たいようですが、その人の非難は私の人生にとって、不必要なことだと思うのです。

 申し訳ないですが、心の中のごみ箱行きです!

 

 なぜなら、大事なのは私であって、その人ではない。

その人のために、大事な私がやられっぱなしでは、可愛そうだからです。

 

とはいえ、不愉快な気持ちは残りますよね。

それは、仲の良い友人に聞いてもらったり、なんらかの形で、発散します!

 

 私がお勧めしたいのは、落ち込むよりは、怒りに持っていった方が、立ち直りは早いと思うのです。

 落ち込むのは、心が優しいから。でも、自分ばかり責めてしまったら、自分が可愛そうだし、助けられるのは、自分しかないでしょう。

 

 なので、そこは怒りに変えて、一人の家で椅子を蹴飛ばすなり(笑)、紙を破くなり、何人かに分けて聞いてもらうなり、そこで同意が得られないストレスがあるなら、以下の方法もお勧めです。

 

 「私は、あなたにこういうことを言われました。でも、真実はこうです。

言っても分かってもらえないので残念ですが、私は、自分を信じているので、あなたが分かってくれなくてもいいと思えるようになりました。

 私は、私が信頼する人に信頼してもらえれば構いません。なので、あなたの言った言葉には、もう左右されません。

有難い言葉は、あなたにお返しします。さようなら!」

 

 と言ってその紙をびりびりに破いてしまうか、紙飛行機にして飛ばすか(家の中でね!)、台所の水のある所で燃やしてしまうのです。

  

 実は、心理学的にも根拠がある行動なんですよ。

もし良かったら、試してみてくださいね!

 

 本当はね。

誰もが自分の評価を、人に映して考えてみたい生き物だと思うのです。

 

人に好かれたら、自分はいい人間。

ぞんざいに扱われたら、自分はどうでもいい人間。

 

そんな風に感じるのは当然ですよね。

 

なので、私は出来るだけ、自己完結する人間 (自分の人生の主人公である責任を負う人間) になりたいなと思ってますし、お勧めしたいのです。

どういうことかというと。

 

自分で自分の道を決めて行動すること。そして、その結果を自分で責任をとること。

付き合う人も、考えていることも、自分で選ぶこと。

そして、何か言われたとしたら、それは私が取り入れて、「自分で決める」こと。

 

 どうして自分で決めるかというとね。

 例えば、自分が野球のピッチャーだとしますよね。味方の応援や、味方の観客から、応援の言葉が届けば嬉しいし、「そんなボールで相手が倒せるのか!」「しっかりしろ! 寝てんのか~!」と言われれば、頑張らなくちゃと思いますよね。

 叱咤激励も、愛情です。

 

 でも、敵チームから、「お前なんて、そのチームのお荷物だ!」と言われ、「お前みたいな人間、良くピッチャーになれたな。笑っちゃうよ」と言われ、「お前のチームの人間が、お前なんていらないと言っていたぞ。知らないのはお前だけだな」と笑われたとしますよね。

 それをまともに受けて、良いボールが投げられるでしょうか?

 つまり、そこで、受け入れる声はどれかを線引きしないと、自分の人生のマウンドで、自分がピッチャーとしてボールが投げられないと思うのです。

 

 そこで自分がシャンとして、「そのヤジは、僕には不必要だよ」と心から言いきれた時、なぜか、そのヤジは飛ばなくなっていくのです。

 本当に本当に不思議だけど。

  

 私が実際、経験したことですが、今の職場は、人生で一番、過酷な職場でした。ここでは詳しく語れませんが、多分、客観的に見ても、過酷だったと私は思えます。(私以上に過酷な人もたくさんいることは承知の上で)

 

 最初は、大変なブーイングやら、非難やらがありましたが、半年間、私は自分で線引きをして、やり過ごしました。

 本当に空気が変わっていきました。

 実感として、正しいことを、自分を信じてやればいいのだなと思えたのです。

 まず、自分の飛ばしたヤジが相手に影響を与えなければ、面白くないでしょう。そこで、言うのをやめる人もいれば、もっと過激になる人もいます。

 でも、そういう人は、必ず自滅していくので、ただ、見ているだけで大丈夫でした。

 

 敵が味方の顔をして近づくこともあれば、本当に味方になる人もいるし、逆にどちらにもいい顔をする人もいるけれど、だんだんと時間とともに、表面的でも、味方と思える人しか、いなくなっていきました。

  

 それは、自然淘汰されていったことと、私が自分の道を歩いたことで、私に言える人がいなくなっていったと思うのです。

 私のことだと、イメージが湧かないと思うので、またたとえで言いますね。

 

 新人の女優だと、先輩からいじめられることもあるでしょう。温かい励ましもあると思いますが、明らかないじめもあると思うのです。 

 でも、それに左右されず、芯を持って、女優として地道に仕事をしていれば、たとえ表面的であっても、ほぼ、あからさまなことは言われなくなっていくと思うのです。影では分かりませんが。

 でも、表面だけでもいいではないですか。とりあえず、親しい人が何人か存在すれば、後は、表面だけでいいと私は思うのですよ。

 そして、あくまで表面的には、言われなくなっていくし、味方も確実に増えていきますよね。

 

 例えばね。デビュー仕立ての鈴木京香さんをいじめる人はいたかもしれないけれど、今の鈴木京香を、あからさまに非難していじめる人は、少ないと思いませんか? 

 なかなか出来にくいですよね。

 

 樹希きりんさんのような実力派さんに、正面切って、「あなたは正当派美人じゃないから、女優は無理」なんて言える人はいるでしょうか。 

 彼女のような人は、本当に素敵な魅力があると思いますし、女優らしい女優さんだけど、言おうと思えば、そんな非難もできる。

 

 もしかしたら、言われたこともあるかもしれませんよね。でも、それを気にせず(気にしても、除外して)、ただただ、地道に活動していって、今、言われないオーラがあると思うのです。

 そうするには、自分の人生を自分が主人公だと、腹をくくらないと難しいかもしれません。

 

 何より、自分を大事にしてほしいです。

 言われた言葉から、自分の心をかばってあげてほしい。優しい人ほど、自己反省するより、その言葉を撥ね退けてほしいと、願っています。

 

 難しいかもしれないけれど。分かっているけれど。

私の願いです。

 書いていて、すっかり長くなってしまいました。

長文を読んでくださった方、有難うございます。

 それではまた明日☆ おやすみなさい。

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コメント

お久しぶりです!

今回の記事を読んで改めて、改めて白猫さんはすごいなあと思いました。

私は人からの評価に左右されやすい人間なので。悪口を言われると、無意識に媚びてしまったりしてしまうんです。
本当に怖くて、何をしても手に付かなくて、おんなじことをぐるぐる考え続けるんです。たとえどう考えても私に非がない場合でも。
白猫さんのような強さを身につけられるように頑張りたいです!

投稿: アクア | 2009年10月15日 (木) 18時31分

アクアさん、こんにちは!
お久しぶりですね。書き込み有難うございます♪
 
私も最初から、こんなにわが道を行くタイプではなかったんですよ。
色々なことを経て、今の自分になりました。
 
そして、それがベストオブベストかは分からないのですが、楽ではあることは確かです。(笑)

アクアさんはアクアさんらしく、自分を大切にしてあげてくださいね!
 
 
それにしても、アクアさんに悪口を言う人なんて、私がふ~っと吹き飛ばしちゃいたいです!(笑)
想像で、ミジンコみたいに、飛ばしちゃいました。ふふふ。

それではまた、いつでも遊びにきてくださいね!
お待ちしています☆

投稿: 白猫 | 2009年10月15日 (木) 21時43分

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