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運転したいか 助手席い乗っていたいか (人生の道) 続き

前回の続きです。

 

 

夫婦や家族、恋人など、相手の車の助手に乗る感覚でいたいっていう気持ちも分かるのです。 

  

そこで、私の中でのベストなイメージです。

 

 

自分で車を運転のですが、大切な人と並走するっていうのはどうでしょう?

 

大きな目的地は同じ。道も同じ。

でも、時々、立ち寄る場所は違い、スピードも違い、時に道をはずれて、再度合流するのもOK

心細くなって、ふと隣を見ると、並走している大好きな人が見えて、手を振ることができるのです。

もちろん、下車して、一緒に過ごすこともあるし、たまには一緒に車に乗るのもOKです。

 

 

現実の車の運転と、実際の人生はちょっと違いますが、もし、専業主婦の方だったとしても、自分の人生の主役であっていいと思います。

そうでないと、ご主人に期待や要求がとても多くなるのは、避けられないのかなって思うのです。

主役であることって、意識なんだろうなと思うのです。

  

 

車を運転していて、助手席で要求ばかり言われると、うんざりしますよね。

もしかしたら、人生も、自分が運転せず乗っかっているのに慣れていて、運転する人の責任の重さや、負担に気付かないのかもしれません。

  

 

もし、自分で運転していたなら、助手席に乗っている人の欲求も少しなら可愛いけれど、あまりに多くて、段々不平不満が平常化し、愚痴、恨みつらみに変わってくると、もう、降りてくれ! っていう気持ちにならないでしょうか。

 

 

同じ車に乗っていて、延々と不満を言われたり、愚痴や泣き言を言われたりするのは辛いです。

また、逆に、自分が言ったことが原因で、冷戦になるのも、とっても辛いですよね。無視されるのも苦しいと思うのです。

自分がいなくてもいいのかな? と思う不安もわいてきて、そのグルグルの中に巻き込まれてしまうと辛いでしょう。

  

誰も、いなくていい人なんていないのです。

でも、あまりに負担やマイナスのオーラが大きくなると、ちょっとの時間、車を降りてくれないかな、とふと思ってしまうのもやむを得ないと思うのです。

  

 

だから、やっぱり自分で運転する方が潔いです。

最初は怖いけれど、自分の人生を自分で走れるようになった時、きっと、清々しくなると思います。

「こんな風に言ってくれたら嬉しいけれど、そうでなくてもまあいいかな」っていう距離感が芽生えたら、不満は少し減ると思います。

不満が減って得するのは、相手より、自分なんですよね! 

心が軽くなる特典つきです♪

 

  

自分の人生を、自分の車で運転している。

その意識が、きっと大きく人生を変えると思います。

 

 

夫婦が別々に暮らすという意味ではないですよ!

人生を歩くという意味での、意識の部分です。

 

  

何人か、かなり深刻に悩んでいる人が周囲にいるのですが、その中の一人は、自分で自分の人生の主役であることに、気付いてから、すごく元気になりました。

別人のようです。

 

 

もしかして、自分が助手席に乗っているのかも…と思い当たる方がいたら、それを意識するだけで、変わってくるかも。と思った私なのです。

 

 

念のため、自分で自分の主役になるっていうのは、車の運転にイメージしましたが、誰も寄せ付けないとか、自分だけで生きるとか、そこまで極端ではなく、もっと柔軟に、自分の人生の道を運転するのは自分だけど、一緒にいつも走ってくれる家族がいて、似たような場所に立ち寄る友人がいて、相談したり、支えてくれる人がいるという条件の元に、生きて行こうというイメージです。

 

長い私のメッセージを聞いてくださって有難う!

 

皆さんも、自分の人生を、是非、自分が運転手(主役)になって、生きてくださいますように!

 

その人生がとても素敵になりますように。

 

こうして、私のブログを読んでくださるご縁のある方がみんな、幸せになることを心から願っています。

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