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自分の人生の主人公として生きる

「自分の人生の主人公として生きる」

それが私の中学生時代からのテーマです。
 
 
誰もが、その人の人生の主役なんだ。
実はそれに気付いた時、ちょっと衝撃でした。(何才の時だったのか、定かではないのですが)
 
なぜなら、私の人生に出てくる他の人たちは、脇役です。でも、その人たちにとっては、私が脇役なのです。
 
それぞれが主役であるということ。
それぞれの視点を、それぞれが違って持っているということ。
 
当たり前のことなのに、それに気付いた時、結構、衝撃を受けたのを記憶しています。
 
  
そして、自分の人生の主人公として生きて行こう。
と決めたのが、中学生の頃でした。

主役は自分という記事に、主旨は書かせてもらいましたので、その補足です。
  
  
自分が全ての物事の責任を追っていると思うと、怖いと思います。
 
何かに遭遇した時、誰かのせい、何かのせいに出来たら、一瞬、逃げられると思うのです。
(例えば、時代のせい、お金がないせい、会社の上司が悪いせい、体制が悪いせい、学校の先生が良くないせいなどなど、あげればキリはありません)
  
でも、それだと、自分の人生の決定権を、その何かに渡しているのと同じです。
自分が不満に思っていることを、解決することは絶対に出来ない。
  
思い切って、自分の中に一度取り込んで、考えてみるといいと思うのです。
  
  
この会社を選んだのは自分。だとしたら、今、何が出来るだろう。どうすればスッキリするだろう。

体制が悪いので、不必要な仕事があり、評価もされない。
だとしたら、不必要な仕事でさえ、早く終わらせるスキルを身につけよう。
評価されないなら、されるように目立つくらい仕事をうまくやれるようになってみよう。
うまくやっている先輩や同僚を盗んでみよう。
それでも評価されないなら、スキルを蓄積した自分に自信を持った所で転職しよう。

などなど。
自分の中に一度取り込めば、解決方法が見えてくると思います。
  
  
そして、ちょっと視点が違いますが、誰かが優しくしてくれたら、誰かが思いやりをもってくれたらなど、家族や恋人、パートナー、職場の同僚に期待する気持ちは、誰もが持っていると思うのです。
  
でも、誰かに期待することも、残念だけど、自分が完全に主人公になっていないからだと思うのです。
 
もちろん、人からの気持ちはとっても嬉しい。それが嬉しいと思うのは、期待しなくなってからだと思います。
期待しなくても、自分を磨いていれば、必ず好意はもらえます。
 
  
でも、期待している限り、期待する量はもらえないので、満たされないのだと思います。
欲しい、欲しいと思えば思う程、もらえないのが、人からの好意や優しさだと思うのです。
 
なぜなら、簡単な理論です。
期待していないのはゼロ。1でももらえたら嬉しい。

期待している数が10。 5も優しさをもらった。でも、10欲しいので、5だと足りない。不満。

簡単でしょう?(笑)
 
 
人生に起こる出来事の責任を引き受け、期待はちょっと横に置いておいて、全て自分が主人公なのだと思えた時、幸せになれる方法も、それだけ増えて行くと思います。

そこが大きく幸せの扉を開く、一歩だと私は思います。

人生の主人公である皆さんと、こうしてHPを通じてお知り合いになれて嬉しいです。
お互いの人生で、素敵に輝いていけたらいいですね!

読んでくださって有難う!

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