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ナチュラルに生きる

私がずっと、こうでありたいと思っていることがあります。

それは、「ナチュラルに生きる」 ということです。

私の中でのナチュラルに生きる定義としては、肩肘を張らずに、自然に、楽しく、柔らかに生きること。
周囲に心地よい女性と思われること。
いつも感情をある一定の場所に置いて、あまり揺れ動かないこと。(嬉しいとか楽しいとか、そういう感情の起伏はOKで、つまり、一つ一つの物事に動揺しないという意味)

風にそよぐ柔らかさもあるけれど、飛んで行くことはない。
色々なことを吸収するけれど、その色に染まることはない。

自分の意見は言うけれど、その通りにならなくても、それはそれとして受け入れる。
自分のことも人のことも、あるがままを受け入れる。

そんな風に生きれたら素敵だな、と思っていました。

とはいえ、感情もあり、色々な出来事もあり、いつも完璧に気持の温度を一定に保つことは出来ないのですが、どうしたらそんな風でいられるかな? というヒントを得るためのアンテナは、高くしていたいと思っています。
思うことが、まずはじまりですよね!

そこで、私なりに気付いたことを、書かせてくださいね。

1、人と比べない  

   人と比べるとどうしても、優劣が目についてしまいますよね。
 人は何故か、小さなポイントで比較してしまう生き物。
そうすると、ここは持っていないとか、あの人のここがうらやましいとか、全てにオールマイティな人はそうはいないので、人のいい所ばかりを見つけていちいち自分と比較すると、落ち込むことが多くなります。
そうすると、幸せ感が遠くなるかも。

なので、基本的に人と比べないのが一番です。その上で、人の幸せや素敵なことは、そのまま素敵だなと受け入れられたら、逆に、自分の幸せ度があがる感じがして嬉しくなります。

2、自分と他人の価値観の定規を認識する

  「価値観の定規」の記事に書いたことなのですが、自分の価値観と正義、人の価値観と正義が違うことを知ると楽になれます。
 自分のことも大事にし、人の考えも大事にする。
 合わない部分はうまく折り合って生きて行けたら、かなり生きやすくなると私は思っています。

3、人の言うことやすることに、猜疑心を抱かない

 人の発言は、いつもいつも心地よいものばかりではないこともあります。
でも、すごく悪意があることって、あまりない気がするのです。
同じ内容なのに、この人が言うと嫌味じゃないんだけど、この人が言うとなんだか嫌味に聞こえる、というような、その人の個性もあるかもしれません。

 なので、明らかな悪意以外のことは、全て個性と思って、うまく流してしまうのも一つです。
(もちろん、そこから必要なことは吸収することも大事ですが)

私の職場はとっても個性の強い人が多いのです。
今までに経験した職場なら、全体の中で1人か2人、くらいのキャラだったのが、今の職場では、ほとんどが個性の塊というか、すごい個性と主張が行き交っています。
なので、いちいち気にしていると身が持ちません。(笑)
 
 まともに受けて悩んでいる人もいるのですが、そう思う気持ちも分かるのです。
ただ、全てまともに受け止めて、悪く言われていると思い詰めると、本人が苦しいのが感じられて何とかしてあげたいと思ってしまうのです。でも、本人の心持ちの問題なので、私には何も出来ないのが歯がゆいです。
 
  とはいえ、簡単に気持が切り替わるものではないので、少しずつ人の言葉に左右されず、やんわりと流せるようになったら、楽に生きれるかなって思います。

 そして、最後に、こういう気持になるには、実は自分を好きでないと難しいということも分かっているのです。
また後日、自分を好きになることについて、私なりの解釈ですが、話させてくださいね。

 読んでくださって有難う!

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