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鎧を捨てて、無防備になること

子供が親からの愛を感じないことは、気のせいではありません。
 
気のせいであるなら、大人になってから精神安定剤を手放せずに、子供時代の傷を引きずっている人がどうしてこんなに多いのでしょう?
  
元々の素質でしょうか? よくばりな子供だからでしょうか?
  
愛を求める量は確かに個人差があるかもしれませんが、ある程度の質のいい愛が与えられれば、そこまで無限にお腹をすかせていることはないと思うのです。
   
私が思うのは、実は親自身が、自分である必要があることを、その親から受け継いでいないのだと思うのです。だから、無条件の愛というのが、どういうものなのか分からないのかなと思うのです。
親自身も苦しんでいる。その子も苦しんでいる。その子が生んだ子も苦しんでいる。
連鎖はどこかで断ち切らないと。
そして断ち切れるのは、自分自身しかないと断言します。
親のことも、子のことも根本的には助けられない。
少なくとも、自分を救うことが出来れば、子供の心を救うことも出来ると思うのです。
   
親から愛をもらったと自覚できる人は幸せなことだと思うのです。
親からの愛を自覚できない人に対して、はがゆい思いもあるでしょう。
くれぐれも、その人に親の愛を話したり、お説教はしないであげてください。そのまま受け入れるか、認められなければ流してあげて欲しいのです。親側からの事実や言い分はどうであれ、子供がそう受け取ったということが、子供側の事実だからです。
   
子供がいい巡り合わせや出会いがあって、傷が癒えれば、親を超えて、親を許すことが出来ると思うのです。
でも、親を許せない以前に、自分を愛せない人がとても多いのです。
自分を愛せない人は、自分を傷つけます。
  
悲しいことに、自分の体を傷つけたり、自分を安く扱ったり、自分を追いつめて悩みを呼び寄せます。
屈折していますが、人を攻撃して、人から傷つけるようなこを無意識に言わせることもあります。
傷ついて悲しい思いをするのですが、自分が招いているとは気付きません。
いつも人から傷つけられる、なぜか疎まれると思い込んでしまうのです。
  
傷つきたくないから、先に人を傷つけてしまうという人を何人か知っています。
攻撃は最大の防御です。
でも本当の強さは、大きな盾を心に持って、広い心で無防備でいられることだと思うのです。
多少の攻撃には傷つかず、無防備でいるからこそ、逆に攻撃も受けないのです。
心を開かなければ、相手も警戒心を緩めないでしょう。
それは難しいと思うのですが。
  
恋人が出来ても、嫌われる行動ばかりして、疎まれて捨てられてしまう。でも、それが自分が招いたこととは理解できない。悪循環は、まず自分が自分として認めていないから、そういう行動をしていることが分かっていないのです。
  
親を変えられないのであれば、自覚する他、救われる道はないと私は思います。でも、自覚することが1段階、次のステップは、自分を認めること。そこはとても難しく、大変だと思います。
   
屈折している人は、傷を追っているので、逆にプライドも高いのです。
プライドが自分を守っているようで、実はそのプライドが成長を止めている気がします。
そのプライドをまず捨てないと、自分をそのまま愛することは難しいかもしれません。
  
何度か例をあげた I さんに関してですが、親からの期待と重圧で必死で歩んだエリートです。
そのまま放っておいても、優秀なIさんはどの道かは分からないけれど、きっと幸せになったと確信出来るのです。でも、親が、親の希望の道を歩む子供でないと愛せないというメッセージを送ったばかりに、その栄光の道は苦難と変わってしまったのです。
  
そのIさんは今、同じ期待と重圧を、子供にも与えています。お子さんは心と体を壊して悲鳴をあげています。
そして、その子供を見て、Iさんも心を病み、追いつめられノイローゼになっています。
どうして子供への介入をやめられないかというと、プライドが邪魔をするからなのです。
  
彼女が自分が自分であるための最後の砦は、人がすごいねと言ってくれる道を歩んで、今があることです。
だから、自分の子供にそれ以下の道を歩ませることは、プライドが許さないのです。
自分自身を否定することになるからです。
 
矛盾ですが、愛していなくても、自分を肯定することは出来るようです。自分のプライドを守ることでしか、自分を肯定出来ない苦しさがまた生まれてきます。
  
自分を守るプライドが、逆に条件付きの愛に変化してしまう。条件付きの愛を受けて悲しかったのに、自分の傷を正当化するために、条件付きの愛を与えるしかないのです。
  
私は何も出来ません。ただ、お子さんが心の元気を取り戻し、明るい気持ちで生きてくれるようになることを、願うばかりです。
  
そして、私について次にお話したいと思います。

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