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休日

今日の日曜、東京は朝から雨で肌寒い一日でした。

もう、すでに夕方の5時半です。楽しい休日はどうして、こんなに早く過ぎてしまうのでしょう。

  

今日は何か月振りかで、何の予定もない休日を過ごせました。本当にいつ以降なのか記憶にないほど、一人で家で過ごす休日は久しぶりです。

すごく貴重なのに、やらなきゃならないこと、やりたいことは山のようにあるのに、結局、お昼寝したり、DVD見たり、本読んだりして終わってしまうんですよね。でも、それが幸せな休日なのですが。

 

大人になって思うのは、何より時間が貴重だということです。

お金ももちろん必要だけど、時間も同じくらい必要です。

両方がある程度あるのが、本当は一番なんでしょうけれどね!

 

差し当って私がやりたいことの一番は、息子の手つかずのワークや問題集、受験参考書をネットオークションに出したいこと。

他にも私の、ほとんどみないDVD、ほとんど着ない綺麗な服も出したいです。

たぶん、必要だと思ってくださる人がいると思う物ばかりなので、オークションでお譲りしたいと思いつつ、その手間が本当に面倒くさい。

この作業が大きなヤマなのですよね~。トホホ。家の片づけにもなるし一石二鳥なのですが、気のりしないと動けない私なのです。

年内にはやってしまいまいたいな~。そんな時間と気力があるか微妙だけど。

 

最近の悩みというか心配は、息子の帰宅がものすごく遅いこと。

学校が遠方ではあるけれど、遅いのは通学時間の問題ではないのです。

あまりに遅いので、友達と遊んで帰って来ているらしい。わかっていても、心配だし、まだ子供だし、やっぱり中学は近くの学校にすれば良かった、と悶々とする私です。

 

大抵のことには思いきりがいいようでいて、小さなことで、案外思いきれない私なのです。昔からの私の性格なのですが…。

本当に人が聞いたら何で? と思うようなことにいつまでも引っかかっている私。で、みんなが悩むようなことにはほとんど悩まないのです。

 

友人関係、恋愛関係では20歳超えてからは、悩みはほとんど皆無。

職場の人間関係では、頭を使うことはあっても悩むことはないな。そこに求めていないからかもしれませんが。

やっぱり私のネックは息子かも。相手が大人で出来上がっていないだけに、難しいな~。たぶん、責任があるからだと思います。

では、これからまた映画でも見ながら、アイロンがけしちゃいますね~。

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お祝い会

みなさん、こんにちは!

昨日の夜、友人が再々婚したお祝い会をしてきました。

ちょっと説明が難しいのですが、私の友人の中学のクラスメイトが、ネットで知り合った人と再々婚したのです。相手も再々婚。

 

私の友達を介して知り合ったお二人とは、何度も一緒に食事をしたりした仲なのです。縁とは不思議なもので、そのお二人の友人の女性とも知り合いになって。

それで、昨日のお祝い会をするという流れになったのです。

 

ネットを通じて知り合っても、結婚したり、友達になれたりするんですよね。

ほんの10年前は信じられなかったことです。

結局、ネット社会も現実社会の社交性やマナーと別世界ではないと思うのです。一般社会でうまくやれない人が、ネットの世界でうまくいくとは思えないし。

 

何はともあれ、とっても幸せそうなお二人だったので、私も嬉しくなりました。(このサイトは教えていないのですが)

でも、心からおめでとう! と思っています。この思いの波動はきっと伝わることでしょう!

 

昨日のお祝い会(5人で集まった飲み会のようなものですが)で、色々な話題が飛び交い、話を繰り広げました。

みんなに一番古い友人って誰? とふったところ、ほとんど皆が高校の友人がかろうじて繋がっている程度で古い友人とのこと。

私もそうなのですが、価値観ってどんどん変わっていくし、大人になると自分自身が確立してきて、人に振り回されなくなっていきます。

そんな自分になってからできた友人が、今、つながっている友人たちです。

私も高校の友人が一番古いです。

心を打ち明けられる友人は数名。遊ぶだけの友人はほとんどいません。数名が私の心を支えてくれるベストフレンドです。

沢山いるより、信頼できる友人がいる方がどれだけ心強いことでしょう。

Bese friendたちに、いつも本当に感謝しています!

 

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そのままの相手を受け入れる

皆さん、こんにちは!
私は昨日、あることがあって、「その人の人格、そのままを受け入れることの大切さ」を改めて考えさせられました。
 
私の職場の上司の一人は、部下に求めるものがとても大きいのです。
もちろん、部下に自分が期待する仕事をしてもらったり、役にたってもらいたいというのは、上司の願い、会社の利益に繋がる事だと思うのです。
 
ただ、例えて言えば、足の速いうさぎにもっと速く走れる指導をして、それを期待するのと、亀にうさぎに変身して走れというのでは、全く違うと思うのです。
 
その人、その人に、もって生まれた持ち味があるからです。
 
寡黙だけど真面目な人。明るいけれど抜けている人。社交的だけど事務仕事のミスがある人。事務仕事は得意だけど、人と会うのは苦手な人。
それぞれの個性を考えて、適材適所に配置する。
その上でも、やはり個性があって、多少の向き不向きは出てくると思うのです。
 
その人の個性、人格を認めた上で、期待するのは当然のこと。
逆にどうしても出来ないのなら、配置換えも必要かもしれません。
その人そのままでいられないポストなら、そのポストを与えている会社側の責任かもしれません。
  
どの人もいい所はある訳で、その長所を生かしてこそ、人を生かすということになると思います。
もちろん、小さい会社では、一人何役もこなさなければならないため、そんな甘いことは言っていられなかったとしても、それでも、人と話すのが苦手な人に営業マンをさせて、逆に営業マンタイプの人に経理をさせ、思ったようにいかないからといって、その人を責めるのは愚の骨頂です。
  
その上司は、本人が願えば進化するはず、ならないのは本人に問題があると言います。
でも、私はそうは思えないのです。
  
つくしに桜になれと言っているようなもの。桜に薔薇になれと言っているようなもの。
スマップが歌う、世界に一つだけの花、ではありませんが、その人がそのままのその人でいる権利は、あると思うのです。
  
努力は必要です。自分自身に切磋琢磨も必要でしょう。
会社に雇われている以上、会社の役にたつ人材になることも必要です。
でも、その人じゃない人格になれと言われる筋合いはないと思うのです。
  
人格に触れることを言われたとしたら、自分に自信を持って、その自分のままでいていいと思います。何を言われたとしても。
  
話は飛びますが、彼とつきあってうまくいかない人の中に、髪型、ファッション、雰囲気など、指摘されて落ち込んだり、自信をなくしたりする女性がいると思います。
私は、基本的に、もっと自分に自信を持って欲しいなと思うのです。
もちろん、自分がその方が似合うと分かって、自分の意思で変わるならいいのです。
  
でも、単にテレビで短髪のアイドルを観て、お前も切れ、と言ってくるような安易な男性っていると思うのです。また、友達の綺麗な彼女をみて、あんな風なイケテルファッションにしろと言ってくるかもしれません。
だとしたら、「そういう人を選んだら」と言い切っていいと思います。
「私は、これで満足しているから。その私が気に入らないなら、他に探したら」くらいの強気でいいと思います。
それで落ち込んでしまうから、男性がなめてくる部分もあると思うのです。
  
ただ、本当に、自分に似合った面を引出してくれる男性の意見は、聞く耳を持つのはプラスですが!
  
職場で理不尽な話だと思ったことを見聞きしてしまったので、熱く語ってしまいました。
  
その人はその人として、この世に生まれてきているのですから、他の人にならなければならないのなら、その人がこの世に存在する意味は何でしょう?
やっぱりその人でいる意味があるから、生まれてくるのだと思うのです。
  
明らかに人に迷惑をかける性格などであれば、それは直す必要はあるかもしれません。
でも、そうでないのなら、その人はそのままでいいと思うのです。
みんながみんな、営業マンタイプばかりでも会社は成り立たない、社会も成り立たないでしょう。
どこかで地味な仕事を受け入れてくれる人がいるから、表に出る人が安心して出られるのですから。
  
そのままの相手を受け入れ、また、そのままの自分を受け入れてもらう。そうやって、人は共存していくものだと私は思います。
逆に言えば、相手の性格や嗜好に不満があるからといって、変わってもらおうと思うのは無理があると思います。自分だって人に言われて変えられようとすれば、すごく抵抗を感じて、反発してしまうように。
  
会社の問題は、個人の付き合いとは違って、簡単に解決はしないし、雇われている以上、理不尽なことも受け入れるしかないのでしょうけれど、それは分かった上で、思ったことを書かせてもらいました。
聞いてくださって有難う。

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家庭円満の秘訣とは!?

皆さん、こんにちは!
3連休はいかがお過ごしでしたか? (お休みでない方、お疲れさまでした)
 
私は、忙しいながらも、充実した連休となりました。
  
まず、息子の運動会がありました。
中学初の体育祭。そう、小学校では運動会だったのに、中学では体育祭と呼ぶのですね。
どんな感じか想像もつかなかったのですが、団体競技で競い合いも多く、観ていて面白かったです。
 
クラスの団結と、勝負への熱さ。う〜ん。やっぱり青春っていいですね!
冷めている世代と聞きますが、運動会を観た限りでは、みんなどの子も本当に精一杯頑張っていました。
団体競技は息を合わせて闘うものもあり、クラスが団結するいい機会になっているのですね。
素直に頑張る姿、どの子も輝いていました。
  
連休中は年上の友人とランチして、交流を深め、人生の先輩としての経験談も聞けて有意義な時間を過ごしました。
  
また、昨日はポンと時間が急に出来たので、一人で映画を観てきました!
というのも、本当は息子と出かける予定だったのですが、朝一番にクラスの友達から電話がかかってきて、友達たちと遊園地に行くということになり、私は振られてしまいました。(笑)
  
私は何かにつけ執着がないので、「それなら、一人で映画観てこよ〜っと!」となったのですが、友達たちと遊びに行くのは楽しみなのに、私が一人で楽しそうにしているのも複雑な心境の様子の息子。
  
「何の映画観にいくの? 誰と行くの? なんか、いつも遊びに行ってるよね」と言う息子に、「あなただっていつも遊んでいるじゃない。それにこんなギリギリで決まった話なんだから、一人で行くわよ」と一蹴しましたが、家でいつも待つ母だったら、それはそれで重いぞ!!
   
私の母のことですが、あまり出歩かず、それが家族のためと思い込み、でも、楽しく青春する私に嫉妬する母でした。母に、友達を作って出歩くように、中、高時代の私は勧めたのですが、母は家族が崩壊すると言って、家で待つ女でした。
  
家で楽しく過ごせるならいいのですが、ストレスが溜まるので、結局私に嫌みやら、怒りがくるので、精神衛生上よくありません。父は父で仕事人間だったので、家にはほとんどいないし、ある意味、母と過ごすといいことないので、寄り付かなかったのでしょう。
これでは逆効果。別の意味での家庭崩壊ですよね。
  
なので、人はある程度、適当に生きた方がいいのでは? と実体験として思っているのです。
もちろん、母親が家庭を省みず、遊びほうけていたら本当に家庭崩壊になってしまうでしょう。
でも、息抜きしたり、ランチや映画、買い物をする権利は、主婦だってあってもいいと思うんですよ!

それぞれが楽しく、心が健康で、元気であること。
それが家庭円満の秘訣ですよね。
完璧を求めず、ちょっと気楽な生き方が、一番、いいのかな? と自分に甘い私は思うのです。
  
見た映画の感想は、本のブログに公開しますね!
いい気分転換になりました!
また、1週間、頑張ろう。皆さんも頑張ってくださいね。

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いまどきの子供 ネット社会の弊害

ちょっと硬いタイトルですみません。

関西の高校生がいじめにあって飛び降り自殺した件で、いじめていた生徒が送検されたそうです。

お金をゆすっていたのに加えて、裏サイトで死んだ生徒の下半身の写真を掲載していたとか。それも理由で自殺してしまったのかもしれない、と思うのです。

 

先日、息子が通う学校の保護者会で、大半の時間を使って説明されたのが、プロフ、ブログ、裏サイトなどの弊害についてでした。

 

まず、個人が立ち上げたブログ、プロフなどは、本人が言わない限り分からない。

そして、学校裏サイトも、タイトルに学校名が入っていないので、探しても見つからないそうです。

生徒の間でこっそりアドレスを交換しているので、生徒が黙っている限り、絶対に表には出てこない。そして、匿名だからネットいじめも万延し、勝手に写真や住所などを公開されたりする被害も多いそうです。

 

ネットいじめの怖さは、その匿名性にあると思うのです。

もちろん、こそこそ言われるのも嫌。

でも、ネットの中で自分の悪口を読むのは、すごく恐怖ですよね。漏れ聞く悪口とは違って、はっきり書いてあることが読めるのですから。

そして、匿名であるので、仲好くしている友達とかクラスメイトの誰かわからず、人間不信になってしまいますよね。

 

人間は誰もが意地の悪い部分を持っているものだと思うのです。

それを我慢するのは、やはり社会的な顔があるから。それを隠して意地悪できるネットの世界は、弱い心の子供が誘惑されやすい世界なのかもしれません。

裏サイトで悪口を言われて人間不信になり、不登校になる子も多い今の時代。自分がされたらどうだろう、そんな想像力を持って欲しいなと思う私です。

 

知らない人と知り合いになり、交流できるネットの世界。

いい部分がたくさんあるだけに、まだ未成熟な子供に大きく間口を広げるのは危険な部分もあるな、と思う私です。

何か危険なこと、嫌なことがあったら、すぐに大人に相談してほしい。

親に隠れてブログを立ち上げたり、友達同士で学校裏サイトで会話したりもやむを得ないでしょう。

ただ、もし、そこで嫌な目にあったと時、手に負えない時、親には内緒だから言えないと思いつめないで、思い切って、親か、先生に相談してほしいなと思います。 

 

誰もが好奇心を持っているのですから、頭ごなしに怒ったりせず、きっと聞く耳を持つ大人入るはず。力になってくれると思うのです。

早めに対処すれば、きっといい解決方法も生まれると思います。大人はやっぱり少し長く生きている分、経験値もありますから!

信じてほしいなと思います。そして、いざという時のために、普段から信頼関係を築いておきたいですよね!

このネットの世界が、こんな卑劣でひどい苛めに使われて欲しくないと、思う私です。

亡くなった生徒さんのご冥福をお祈りします。

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映画を観てきました!

映画を観てきました!
「チャーリーとパパの飛行機」
を観てきました。
細かなことを言えば、突っ込み所はある映画ですが、素直に素敵だったなと思えます。

主人公の少年がものすごーく可愛くて綺麗でした。ある意味目の保養かも。
飛行機に乗った空を飛ぶシーンは感動です。

興味のある方は今月中上映終了のようです。

パパと子供のペアで見にいくと、二人で2000円で見れるそうですよ!

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恋愛依存症

私には、とても気の合う仲のいい年下の友人がいるのですが、彼女の周りは恋愛依存症の子が多いらしいのです。
  
依存症という言葉は私が勝手につけたのですが、つまり、世界が彼中心になってしまい、そのせいで恋愛がうまくいかないということです。
  
私の友人は好きという気持ちがあっても、あくまで恋愛は生活の一部。
なので、彼がずっと追ってくれているのです。
 
でも、彼女の周囲の子たちも、また、私の今までの職場で出会った子たちも、どうしても彼中心になりがちな子が多いのが事実です。
   
恋愛が楽しみになればいいのですが、不安と心配を抱える恋愛は不安定だと思うのです。
つまり、彼といない時も心配、いても未来が心配、いつでも心配なのです。
そういう心配は、顔に出さなくても伝わっています。そして、彼の態度が大きくなっていくのです。
  
なぜそんなに心配かというと、やっぱり将来結婚するかどうか、その結論をもらっていないからなのでしょうか?
  
結婚してからも、妻が夫に被害妄想を抱く程、執着する場合もありますが、それはよほどのこと。
大体は、奥さんはデンと構えていられるようになるのは、安心感から来る物かもしれません。
  
正直、男性はあまりしつこかったり、うざかったりするのは好まない人が多いと思うのです。
中にはすごい嫉妬されるのが大好きという人もいるかもしれませんが、それは一部の人。
ちょっとの嫉妬は嬉しくても、携帯を見たり、スケジュールを管理しようとする女性を好きな人は、ほぼいません。
もし、誰かにとられるかも、と思うような魅力のある男性を好きになったとしたら、逆に、彼に執着するのは逆効果だと思います。
  
できれば、まず、自分で精神的にも経済的にも、ある程度は自立してから恋愛した方がいい恋愛が出来ると思うのです。というのは、欠けている部分を彼に補ってもらおうとすると、彼をなくす時、自分の一部もなくしてしまって、立っていられなくなってしまうからです。
彼を失うだけでなく、自分の足場も揺らいでしまう。そんな不安な状態での恋愛は怖いです。そして、うまくいかないことが多い。
  
まず、自分が幸せであること。自分だけでも友達や趣味、生活が充実していること。
その状態から恋愛をはじめれば、どんなに好きになったとしても、彼が自分の世界の中心になることはないと思います。

そう、言い換えれば、自分の主人公はあくまで自分。
彼を自分の世界や生活の主人公にしたらうまくいかないのです。
なぜなら、彼にも人格がある他人なのですから、他人に自分の心や人生、生活の舵取りをさせるなんて無理。
自分の期待通りに彼が動くなんて空想の世界です。だから、がっかりするし、悲しくもなるのです。
   
彼に依存すれば、最初は良くても、段々と重くなり、ウザくなり、隠し事が増え、それが不安になり問いただし、男性が苦手とする「話し合い」が増え、彼が避け始め、電話に出ないことも増え、メールの返信もへり、なかなか連絡がつかなくなり…、の悪循環にはまってしまいます。
   
最初は彼が追ってきてくれていたのに、いつのまにか立場が逆転してしまう、という自覚のある人は、恋愛のはじまりこそ、冷静になるように、自覚してみてくださいね!
   
恋愛依存症は、お互いにとってもったいないことだと思います。
 
最近、友人と「恋愛ではなぜか段々、女性が弱くなる」 というテーマで良くメール交換しているので、久しぶりに恋愛のテーマでブログを書いてみました。
それではまた!

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友人の親子

昨日、友人から相談を受けました。
高校生の娘さんが、自分の財布からお金を盗んでいるみたい…と。
  
プライバシーの問題もあるので(ちなみに、彼女は私がブログをやっているのは知りませんが)、詳細は書けませんが、あまり親子関係がうまくいっていなくて、他にも問題症状があり、友人もお子さんも悲鳴をあげている状況です。
   
私は友人と話していて、自分と重なる部分を感じました。
同時に、娘さんの気持ちに、すごくリンクしてしまったのです。
   
一生懸命、社会に出ても大丈夫な、責任のある子に育てたいと思う、親心。
その親心が、子供を叱り、追いつめることになる。
   
そんな切羽詰まった状態のお母さんの元で、悲鳴をあげる娘さんは、どれだけ辛く苦しいでしょう。
お母さんは一生懸命。責任もある。
でも、その一生懸命さが余裕をなくし、娘を厳しい目でチェックすることになる。採点することになる。
採点され、チェックされる娘さんが無防備に幸せを感じられる訳がありません。
  
そして、あまり叱られてばかりいると、愛を感じられないのです。
  
お金を盗ったことはいけないこと。
でも、それをせざるをえない心境であれば、叱ることで逆に関係を悪化することになってしまうでしょう。
嫌いな親から盗る行為は、反省には結びつきません。
子供にも理由があるのですから、正当化するだけです。
ならば、叱らず共感してあげれば、まだ完全に破綻していない親子関係の子供なら、きっと内心、悪い事をしてしまった、と思ってくれるでしょう。
  
私は友人の件を通じて、私自身を振り返ることが出来ました。
一方的に裁くだけの関係では、うまくはいきません。
親が管理したり、監視したりする関係ではなく、関心を持って共感してあげる関係なら、きっと色々と話してくれると思うのです。
   
否定されないと思えば、話すことに躊躇しなくなるでしょう。
子供の意見をまずは聞いてあげること。
一度は受け入れてあげる。
その上で、人生の先輩として意見があれば、冷静に話し合えばいいと思うのです。
子供にとってその意見を受け入れてくれなかったとして、どこかには残っていると思うのです。
それが、いざという時に役に立つかもしれません。
そして、親と心を開いて話し合ったことが、親子の間に友情を生むと思うのです。
    
私の親の時代には、厳しく貧しい時代でしたから、親のいうことだけを聞いて、親を尊敬していていい時代でした。
私の時代はもっと、子供の意思がはっきりして、親を厳しい目で見るようになっていきます。
今は、子供の人権が正式に認められている時代です。
親だからといって、自分の価値観を押し付けるだけでは、うまくいかないでしょう。
   
私が思うのは、親が厳しくしつけたり、熱心すぎると、親子関係がこじれます。
こじれると、大事なことも伝わらなくなってしまう。
大事なことを言えなくなってしまう。
本当は子供を幸せにしたくて、育てているのに、逆に親に逆らって、不幸な道を選択していくかもしれません。
それはどれだけ辛いことでしょう。
   
私の好きな児童心理研究家(元教師)の、親野智可等(おやの ちから)さんは、こうおっしゃっていました。
    
子供を叱らなくてはならないような、子供の欠点は、全て、容認してあげて欲しい。
もし、うまく工夫して導けるなら、その工夫はするべき。
でも、叱ったり指導しようとすると、親子関係がこじれてしまう。
こじれた親子関係では、何もいいものが生まれない。
また、こじれて居心地の悪い家庭になってまで、叱ったことから得られるものはない。
逆にいえば、その欠点が治らなかったとしても、親子の間柄が仲のいい方がずっといい。
  
私も同感です。というか、親野さんのおかげで、その考えを引出してもらえました。
今回、友人を通じて、私自身も戒めることが出来たと思います。
  
友人はすごく賢い人なので、娘さんを叱ることはありませんでした。
まだまだ、山はあるかと思いますが、私も友人親子がいつかきっと、仲良く笑って過ごせる日がくることを信じています。
 
そして偉そうに、色々と書いた私そのものが、母から厳しく管理しようとして育てられ、脱出するために反発した経験があることを補足させて頂きます。
だから、子供の気持ちが分かる部分もあるのです。
ただ、親となってしまうと、親としての気持ちも備えてしまうため、完全な子供だけの心では親というものを勤めることが出来ない(出来るのかもしれませんが、私が修得していない)ので、やっぱり私も日々、葛藤し成長していっている現状です。

聞いてくださって有難う!

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友人の愚痴について 〜どう対応しますか?

最近、共通の友人2人からこういう話題を振られました。たまたまなのですが、同時期に。
   
友人A   愚痴は価値観が同じ人にしか言わない方がいい。 だって自分が辛くて話しているのに、それに反対意見を言われたり、分かってくれなかったりしたら、余計ストレスだから
    
友人B  人から愚痴や相談をされたら、客観的な一般論としての位置づけを話して、あなたの悩みはこのくらいの位置にあって、悩むべきかそれほどの悩みじゃないかを伝えてあげたい。
それは、自分が悩んだ時も、この悩みが本当に悩みに値するかも知りたいし、人がどう思うかも聞きたいから。
  
 皆さんはどう思われますか?
  
 私自身はAの人の意見と近い価値観です。
その人が言う話が、単なる愚痴なのか、相談していてアドバイスを求めているのかは見分けます。
    
ただ聞いて欲しいだけなら、聞いてあげる、話させてあげることが癒しになるんじゃないかと思うのです。
でも聞いていて、もっといい対処方法があると思いついた場合には、率直に、私の考えを言ってもいいか、聞くこともあります。
後、押し付けがましくなってしまうかもしれませんが、見ていられなくて言うこともあります…。
  
でも、基本的には自分の意見は押し付けたくないタイプです。
    
そしてBさんのこと。
聞いた事には、誠実に正面から受け止めて、正面から対応したい。
彼女はすごく誠意のあるタイプの女性なのです。
彼女は、ただ聞いてもらうより、実際に意見を言って欲しいタイプ。だから、自分も言いたくなってしまう。
   
私自身は、それぞれの友人に対して、対応を変えればいいことなのです。
   
問題は、友人AさんとBさんの関係です。
Aさんは聞いてもらいたいだけのタイプ。 Bさんは言いたいタイプです。
基本的には、Bさんが我慢した方がうまくいくかもしれません。
というのは、言ってしまった言葉は、言わないことより波紋を呼ぶことが多いからです。
   
その前提ではあるものの、私はそのまま、自分らしく接すればいいと思うのです。
    
なぜなら、Bさんの対応が嫌だなと思ったら、Aさんは話題を選ぶようになると思うのです。
Bさんにはこういう話題は言うし、意見を聞きたいことは相談するけれど、何も言われたくないようなことは、Cさんに話そうって。
    
友人は、100%一致しなくてもいいと思うのです。
自分とその友人との共通の部分だけで付き合うのがベスト。
無理して合わせる必要もないし、合わせてもらう必要もないと思っています。
それ以前に、根本的な価値観や、相性が合わなければ無理ですが、だとしたら、友達にはなっていませんよね。
   
多分、AさんはBさんにはどういう話題をしたらいいのか、自分が不愉快にならないのか選んでいると思うのです。
つまり、楽しくBさんとの関係を続けたいがための、本能だと思うのです。
だから、Bさんは、今まで通り変わらず対応していいのです。
Bさんがどういう言動をとるか、Aさんは分かっていて話すのですから、大丈夫なのです。 
   
もしかしたら、Bさんが自分で少し変わってみようと思えば、Aさんの話題も変わるかもしれません。
   
人間関係は不思議です。
自分との合わせ鏡。いいとか悪いとかじゃなくて、周囲の人の人柄や行動、言動は、自分の合わせ鏡なのです。
自分がいるから、そこにその人たちがいて、その人たちの長所や短所、言動を引出すのです。
   
これは本当に不思議ですよね。
  
だから、今の自分と周囲に満足していれば、そのままで自然でいいと思うし、何か問題があるなと思ったら、その人を責めるより、自分を省みた方が、解決は早いかもしれませんよね。

それではまた!


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チーズケーキを焼きました!

チーズケーキを焼きました!
すごくまろやかで美味しく焼けました!

とは言っても種を明かすと、無印良品のベイクドチーズケーキの素を使って焼いたのです。簡単でコツいらず。無印の手作りデザートは今のところ外れはありません。
自分で焼いたと言うと案外インパクトが強いでしょ?(笑)

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息子 中1 思春期前期

3日に渡って、私の息子への思いを聞いて頂きました。
  
私の本音を書くと、何か事件があった訳でもないのに、こんなに元気をなくすこともないのかもしれません。
でも、それぞれ、ツボがあって、元気をなくすツボはそれぞれが違うのかなと思うのです。
  
遠い中学に通ったからといって、同じような状況にならない方も多いと思います。
私の場合、たまたま小学校がアットホームで仲良かったこと。中学が遠い中学で様子が見えないこと。
息子自身が、小学校と中学の雰囲気が違うことに戸惑った事が重なって、親子で元気がなくなったのだと思うのです。
  
私の親としてのキャパが少なくて苦しいのだと言った時、私をよく理解してくれる年下の友人が、「キャパがない訳じゃなくて、社会に出ていて沢山のことが分かるからこそ心配なんだよ」と言ってくれたこと、とても嬉しかった。
  
まだ、息子が抱えている問題は、解決した訳ではありません。
きっと、解決はなく、次々と新たな問題が起こり、それを乗りこえて行くことで成長していくのだと、今はそう思える私です。
学業の方も、本当は本気出さないとまずいのですが、それも息子がギリギリになった時に、自覚しないと今言っても分からないでしょう。
  
先を歩いている親としては、今の現状も未来も見える気がして、居ても立ってもいられないのが本音ですが、もう右往左往せず、静観しようと思うのです。
出来るかどうかは自信ありませんが、そう思うことが一歩かなって。
  
気付いたら声変わりがはじまった息子。
7月頃だったかな?
大人への自立の階段を登り始めた息子です。
夏休みに遊んだ小学校時代の息子の友達は、まだ声変わりせず、可愛いままで、お母さんの懐に包まれているように見えました。きっと、高校に進む時に、自立して巣立って行くのでしょう。
  
私も後3年、手元に置きたかったな! (一人暮らしという意味ではなく、目の届く所にいてもらえば良かったという意味です)と思うこともあるのですが(なかなか、煩悩から抜け出せない〜。未熟な私)、これも流れと時期なのかもしれません。
  
元々おっとりした、のんびりした息子なのに、こんなに早く思春期が来るなんて、私も、息子を知る友人も驚いています。環境の変化が思春期を早めたのでしょうか。
  
いい距離感で仲良しだった息子と私ですが、新たな関係を築いて行かなくちゃ。
息子の成長を足を引っ張る親にだけはなりたくないですから。
  
それでも、世話焼きの私をうるさがりつつ、求めてくる息子。
思春期って、そういう時期みたいですね。遠くへ行ったり近くに来たり。そうしながら、親との距離感を自分で模索していくのでしょう。
  
私にわざと突っかかってくることもありますが、それもホルモンがなせる技?
突っかかってストレスを発散しているようにも思えます。
いちいち私はそれに反応せず、流しています。
そういう時期かなと思えるので。
  
また、思春期話は経過を聞いてくださいね。
  
中学に入って、元気も自信も無邪気さも、少しずつなくしていったようにみえた息子。
私は今は分かるのです。成長するために、捨てなくてはいけないものがあることを。
これから、大きく羽ばたくために、一度は手放す必要があることを。
  
いつまでもしょげたままの訳ないよね。
心からそう信じられるのです。
  
何しろ、息子は、無限の力を持った魂の原石。
私の友人が、息子を信じることを教えてくれました。
プラスに育ててきたんだから、育ててきた自分を信じなくてはと言ってくれた言葉に、そうだ、私は息子を応援すること、助けを求められたら力になること、見守ること、信じることしか出来ない。
でも、それが出来るのはすごいこと、と思えたのです。
直接力を貸すより、見守ることの方が、ずっと大変で、エネルギーがいることを知りました。
  
ようやく山の3合目まで来たのでしょうか? もしかしたら、まだ1合目だったりして…。
3日間、私の心の整理に付き合ってくださって、有難うございました!
  
元々悩みを長く持たない私が、今回長い間引っかかっていました。
それがなくなった訳じゃないけれど、私も親として、人として成長させてもらっています。
  
感謝☆

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息子 中1 夏休み

親として苦しい1学期が終りました。
長い夏休みがはじまります。
でも、その長い夏休みに与えられた宿題は、ものすごい量でした。
  
要領のいい子なら、1日2時間と決めて、集中してこなせば、後は、楽しんで暮らせるかもしれません。
でも、なかなか集中できず、取りかかりも悪い息子にとって、後回しにするほど、大変な量となってのしかかる宿題。全教科から出ている宿題ですから、本当にすごい量でした。
私の時代は勉強する時代でしたから、このくらいこなしていたのでしょうか。あまり記憶にないのですが。
  
息子もせっかくの夏休みですから、遊びだって当然必要。
学校の友達と遊んだり、小学校時代の友達と遊んだりして、楽しそうでした。
笑顔の息子を見るのはとても嬉しかったです。
  
私の両親の家にも泊まりに行ってきました。
他にも色々な楽しみがあり、もちろん、私とも出かけましたし、私の友達たちとも仲良しの息子は、一緒に旅行もしました。
  
ただ、現実に戻ればすごい宿題が待っている訳で、それをめぐって険悪な日々。
  
私の友達に私の落ち着かない、苦しい気持ちを聞いてもらって、私自身が間違っていたことに気付きました。
確かに親ではあるけれど、息子が大変になるのを予想して助けることは、逆に息子を自立させなくなってしまうこと。先走った心配は、プラスにならないこと。
挫折するなら早い方がいいこと。などなど。
  
視野の狭くなった私の繰り言を、飽きずに聞いてくれて、自分の過去や失敗した例も含め、親兄妹のことまで例に出して、話してくれた友人数人には心から感謝しています。
  
そして、至った結論。
静観しよう。
  
本当は静観なんて出来ないくらい、焦っていたのです。
こんな量を今からやらないで終る訳がない。それは火を見るより明らか。
でも、私が先走って、あれやこれやと計画を立てても、いいことはないのです。駄目なら駄目で、息子が自分の始末をつけるしかないのです。
  
いえ、本当のことを申し上げると、1学期の成績が振るわなかったため、このままでは息子にとって不本意なことにならないとも限らないことを、学校からも暗に伝えられていた私は、ひどく心細く、心配だったのです。
  
子に幸せになってもらいたい。
無駄な傷を追ったり苦労をして欲しくない。
そう思うのは、親として当然のこと。
でも、それはやっぱり親のエゴでしかないと今頃になって分かったのです。
  
子供を幸せは、子供自身が自分の足で歩いてこそ、掴めるものなのでしょう。
小石があることを先に知らせたり、小石をどけることではないのでしょう。
小石につまづき、転び、起きることで、次に小石があることを予想しはじめる。いきなり、大きな石が転がる道に出る前に、自分で歩かせなければいけないのだ。
  
本当に今更で恥ずかしいですが、そんなことを自分で整理できたのは、8月も半分を過ぎてからでした。
もちろん、そこに至るには、友人たちの親身なアドバイスがあってこそ。
私って本当に幸せ者ですね!
  
そして、終らないと思われた大量の宿題は、息子の頑張りで全部終りました。
2日の日曜までかかり、連日夜中までかかりましたが…。
それでも、全部終った事自体、すごい。
  
最初から計画立ててやれば、こんなに苦労しなかったでしょうけれど、それも息子が自分で撒いた種を自分で刈り取ったのですから、すごいと思います。
  
息子の生きる力と溢れんばかりのパワーに、私はやっぱり感動したのです。
  
続きます

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息子 中1 春〜夏

息子が中1になり、生活は激変しました。
息子のプライバシーもあるので、ここで全部さらけ出せないのですが、支障ない範囲でお話しますね。

書けばたいした事ではなく、当たり前の分かっていたことなのですが、息子が中学に入ったことで、私がちょっと元気がなくなってしまったのです。

私自身、今年は元気が出ない年回りなのかしら(細木さんの占いだといい年周りみたいだけど!)と思うのですが、聞いてくださいね。

今までは、近くの小学校に通い、学校の先生が毎日マメに出してくれるクラス便りや、目に見える交友関係から、働いている私も安心して子育てできた小学校6年間でした。
この6年、大きな子育ての悩みがないのが逆に不思議なことなのでしょう!
決して当然と思っていた訳ではなく、日々感謝していましたが。

何しろ、息子の先生は子供の心を組んでくれる、長所を伸ばしてくれる熱血先生でしたし(一部、父兄の反発はあったようですが、完璧な先生なんている訳ないじゃないですか、ねえ!)、保護者やクラスメイトにも恵まれて、息子も自分を生かして元気に楽しく生活していました。

勉強も問題なかったし、人間関係も問題なく、沢山の活躍する場を与えてもらい、キラキラ輝く息子でした。
ちなみに、通っていた小学校は誰もが主役になれる学校でした。
必ず、誰もが輝く力を発揮出来る場所がり、もっと輝きたいと思えば、もっと輝かせてくれる場も与えられました。

息子は色々な先生方、主事さん、非常勤の先生、保護者の方に可愛がられて、長所を伸ばしてもらえました。
得な性格でもあり、また、いい巡り合わせも沢山ありました。

そんな息子が選んだ中学も、合格した時、やっぱり縁があったんだね! と心から嬉しく思ったのです。
ただ、心配なのは、遠い中学だったこと。何もこんなに遠くの学校に通わせなくても…と、私の両親も、私自身、受かった後で迷いました。

中学に入り、様子見の4月が終わり、GW明けから、歯車がズレ始めました。
学校が遠くなり、生活が見えなくなり、知り合いもいない中、息子が人間関係でちょっとしたことがあって元気がなくなってしまったのです。私も様子が分からず、心配は増すばかりでした。
そして、予期しなかったのが、勉強が難しかったことでしょうか。
元々、勉強に面白みを感じていない息子が、置いて行かれるのは分かりきったことでした。

でも、苦しんでいた私は決して一人ではありませんでした。
子供の小学校時代の知り合いの保護者の方や、自分の元々の友人たちに話を聞いてもらって、同じ場所から抜け出せない私はどれだけ助けられたことか。

公立中に進んだクラスメイトたちは、保護者や先生の手の中で、変わらず大事に守られながら暮らしているようでした。勉強も友達同士で教え合ったり、保護者が情報交換しあって、子供を助けているようでした。

私立は通学範囲が広く、小学校の時のように、家庭を行き来するのは実質的に不可能でした。
いきなり広い世界に飛び込んだ息子は、無邪気さを少しなくし、元気も少しなくし、自信もなくし、私の目には、沢山のものをなくしていっているように見えたのです。

そして、私も子供を手放したような気持ちになり、淋しかったのだと今は分かります。

続きます

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気分一新

皆さん、こんにちは!
東京はひどい雨降りです。台風が来ているとか。上陸しないといいのですが。
  
この4月から息つく間もないまま、あっという間の9月です。
子供が中学に入学し、親子共々、台風に巻き込まれているような毎日でした。
まさに、何かに振り回されているような…。
  
息子の慣れない電車通学が始まり、帰宅時間がかなり遅くなり、私の生活パターンも定まらず、勉強は難しく、人間関係も新たな生活で色々と出て来ています。
元々、何か問題を抱えている状態というのが嫌いな私。
いつも何もない無風状態を自由に生きるのが好きな私にとって、息子が落ち着かないことで、落ち着かない。
  
そう、不安でいるのが不安。
息子が心配なのは親だから当然だし、それが嫌ではないのです。
でも、息子に心配させられることが居心地悪い。
つまり、息子は私に心配して欲しいと思っている訳ではなく、また、何か問題行動を起こしている訳でもないのに、私自身が息子の生活の激変についていけないが為の、解決しない胸苦しさ。
  
親なんだから当たり前、という言葉も出るでしょうが、それも当然分かっているのです。
でも、持って生まれた息子の性格、私の性格。それが一つの家族となって暮らして行く訳ですから、模索状態なのが実情です。
  
実は息子が中学に入り、7月頃から声変わりがはじまりました。
ついに思春期突入です。また、この話はゆっくりと…。
  
いつか私の負担が少なくなって、私の心にゆとりが出たらブログも更新出来るかも、と思っていたのですが、この夏、あり得ない程の大量な宿題を抱えた息子との葛藤を通じて、私自身が楽になろうと思わないと、楽になれないのだとハタと気付いたのです。
  
そんな件もこれから、少しずつ聞いてくださいね。
  
そんな訳で、9月になって気分一新。
長く変えていなかった壁紙も変えました。これからは気分に応じて、チョコチョコと変えていこうかな♪
  
それから、私の楽しみの一つでもある「食べる事」を更新している、「食べログ」のリンクも貼りました。
都内中心ですが、良かったら見てくださいね。
  
長く更新していなくて、読んでくださる方も少ないと思いますが、それでも気長に待ってくださっている方がいらっしゃること、本当に嬉しいです♪
何より、普通の一般人の私の日記を好きと言ってくださる方がいること。
つくづく、おこがましい気持ちに加えて、感謝も一杯です。
  
これからもよろしくお願いします。

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お勧め映画「河童のクウと夏休み」

久しぶりのパソコンからの日記投稿です♪
コメントもいくつか頂いているのに、お返事もせずにごめんなさい!
近々、お返事させて頂きたいと思います。

またブログで好き勝手に色々なことを書いていきたいな〜と思うこの頃です。

さてさて、夏休みに見た映画で、一押し映画がありました。
アニメなのですが、「河童のクウと夏休み」という映画です。
侮れなし、アニメ!
という感じでしょうか。

現代人の怖さ、デジカメや携帯の普及、人の家庭を知りたがる心など、人間の鈍感な悪の部分がさらされた映画でした。
人間って、当然のようにそういうことをするから怖い…。
良くある日本の家庭の家族、言葉使いから行動まで、ドラマのように良く出来ていました。リアリティがあります。
クウは絵でみるとちょっと気持ち悪いけれど、動いていると可愛く見えてきますよ!

泣き所が沢山あり、盛りだくさんの気持ちを詰め込んだ映画ではありましたが、それでもお勧めです。

一番好きなシーンは、川でクウと主人公の少年が泳ぐシーンでしょうか。
すごく気持ち良さそうに2人が泳いでいる姿が、とっても素敵でした。

そろそろ上映期間も終わりそうですが、まだ週末上映している映画館がありましたので、お知らせしますね。
私もこの映画館には時々出没します。
小さいけれど、綺麗で見やすい映画館です。ボトルホルダーも席の横にあるので嬉しい☆

シネリーブル 池袋

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