« 2006年10月 | トップページ | 2006年12月 »

子育てに思う 忍耐について

私が一番忍耐がないと思うのは、いつも子育てのことです。
 
他のことに対しては、そこまでイライラもしないのに、どうしても真剣になりすぎてしまうのが子育て。
子供に対しては、心配だったり、幸せになってもらいたかったり、そんなことを考えると、どうしてもうるさく注意したりしてしまいます。
 
私は働いているので、家にいるお母さんより目がいかないかもしれませんが、それでも、一人しかいない子供なので、集中していると感じています。
 
親子だからという安心感もあるのでしょうか。
言ってはいけないことまで言ってしまう私。
言った後で反省するけれど、親子だから許してくれるだろうと思って、安心している私もいます。
 
でも、これは良くないなと分かっているのです。
親子だから許すしかないけれど、言われれば傷つくし、他人じゃないから割り切れないことも出てくるでしょう。
 
一歩も二歩も下がって、子供を育てなければと思うこの頃です。
 
ああ、でも、やっぱり大事なことを伝えたいし、良く育って欲しいし。
そう思うと、真剣になってしまうのです。
 
子供を育てるって、植木を育てることに似ているのかもしれませんね。
 
大きな幹を育てるために、日光にあてて水や肥料をあげる。
でも、あげすぎると根腐れしてしまうし、あげなければ枯れてしまう。
日光の当たる角度次第で、曲がった幹になってしまうでしょう。
沢山枝が出たら剪定してあげないといけないし、花が沢山咲くからといって咲かせていては、栄養が足りなくなるかもしれません。
 
でも、植木と子供が違うのは、意思があること。
そして、育って行くうちに自分で自分のことを管理できるようなることです。
 
だから、本当の子育ては、自分で自分を管理できる人間に育てることかもしれません。
育った後は、自分で自分の枝を切ったりのばしたりしていくことでしょう。
そこに至るまでが大変だし、また忍耐の連続なのです。
自分で自分を管理できる人間にならなかったら、私はやっぱり反省することでしょう。
 
でも、子供自身が失敗から学ぶでしょうし(学んで欲しい…)、何があっても責めずに見守るしかないのが親だと思うのです。
 
そう考えると親って切なくて苦しいなあと思ったりします。
手を貸したくても、頼られるまでは貸すことを我慢しなくてはいけないのですから…。
そして、自分自身の人生ではないので、何から何まで言う権利はありません。
でも、自分自身のことのように、大事な存在なのです。
  
ここが複雑な部分だと思うのです。
境界線があってないのですから。
 
自分自身と同じくらい大事なのに、自分じゃない他人の人生。
そして、先に生きているから分かっていることも沢山あるけれど、子供は子供の人生を一からやってみる権利があります。
 
苦しくて、大変で。でも、大きな喜びもあるのが子育てなのかもしれません。
 
備考ですが、私は子供を育ててようやく、少しだけ待つことが出来るようになったと思います。もちろん、まだまだの人間ではありますが…。

| | コメント (0)

相手のプライドを傷つけないこと

人には誰も、人に言われたくないこと、聞かれたくないことがあります。
 
それが何かは人によって違うけれど、話しているうちに察することが出来ると思うのです。
また、一般的に、こういうことは言われたら嫌だろうなということも、普通は分かると思うのです。
 
私の友人でハッキリ物を言うタイプの女性がいます。
そういう部分が好きで友達でいるのですが、世の中には言っていいことと悪いことがあるのも事実。
彼女は全てにおいて、ハッキリ言う部分を美点と思っているようなのですが、聞いていてそうかな?と疑問に思うこともあるのです。
 
例えば、相手がいいと思っているものを悪く言うこと。
「あのお店のケーキって美味しいよね」
「普通じゃない?」
「そうかな? 美味しいと思うけれど」
「値段があの値段なら普通以下じゃない? あの程度ならどこにでもあるし」
 
この展開、どう思われますか?
本当はもっとキツいことを言っているのですが、さすがに載せられません。
ちなみに私に言うのではなく、他の人との会話の流れについて話してくれたことを元に書いています。
 
あくまで私なら…ですが、
「うん、美味しいよね」と言ってしまうと思うのです。
それが後で問題になることがなければ。(その後、ずっとそのケーキを食べ続けなくてはいけないとか、何か支障が出ることがなければ)
 
上辺だけと思われるかもしれませんが、その程度のことを、相手に合わせて問題があることの方が少ないと思うのです。
あまりに過激に同調するのも変ですが。
それよりも、いいと思っているものにケチをつけられる方がずっと気分は悪くなるし、逆にいえば、そんなことで相手の気分を害する理由もないと思うのです。
本当にまずければ、「うん、普通かも」「私は合わないかも」と言うかもしれませんが…。
 
他には、相手がいいと思っているもの、したいと思っていることを察して、バカにすること。
「あの会社じゃ社員になってもねえ」
「あの学校にわざわざ入ってもね」
 
つまり、相手がその場所に入ろうかなと考えていることを先取りして、バカにするのです。
そうすると、相手は「入りたい」「入る予定」と言いづらくなりますよね。
友人は本音を言っているのです。でも、人はそれぞれ事情も違うし、いいと思っていなかったとしても、それを選択するしかない場合もあると思うのです。
悪く言われてしまうと、本当の気持ちが言えなくなってしまうかもしれません。
私は、人からケチをつけられた所ということは、後になっても忘れられないんじゃないかと思うのです。
「人から何を言われても、私は私だからいい」
結果的には、そう思うしかないでしょう。
でも、あえて、人の選択を悪く言う必要もないと思うのです。
 
彼女はある意味、自分に正直なのです。
いいと思うものはいいと言うし、悪いと思えば、悪いと言う。
「その考え方って、違うよね」「それって何か変よね」
そう思うと、相手にハッキリ伝える彼女は素敵だと思うこともあります。
でも、人間関係って、人にアドバイスを求められたり、聞かれない限り、自分の価値観を伝える必要はあまりないように思います。
そして、私はいつも思うのですが、「自分の考え方がベストではない」ということです。
 
自分にとってはベストでも、人にとってはベストではない。
 
そう思えたら、人にハッキリ指摘したり、悪く言えないと思うのです。自分だって言われたら不愉快でしょうし…。
また、問題がなければ、指摘せずに流すのも一つだと思います。
どうしても肯定できない問題であれば、否定も肯定もしないことも一つです。
 
私は、どうしてもハッキリ言わざるを得ない時は言いますが、相手を不愉快にさせるようなことは元々言う必要がないと思っているのです。
私の考え方で人を嫌な思いにさせる理由もないですし。
 
聞かれてもいないのに、指摘したことで相手が感謝することはまずないでしょう。
だとしたら、不愉快な思いだけが残ってもプラスは一つもありませんよね。
言ってやったという、自分のスッキリ感だけ。それって、スッキリするのかな?
 
ただ、今回話題にしている私の友人の場合、自分の価値観を押し付けている訳ではなく、「ただ、言いたいだけ」の部分もあります。自分の考え方が正しいから伝えたい訳ではなく、ただ、自分の考えを言っているという感じでしょうか…。
 
彼女は友人がすぐに出来るけれど、なかなか長続きしないと言います。
特にそれを気にしている訳でもないと思うのですが、他の人が「自分を持っていなくて、くだらないプライドばかりあるから、私に言われるとムカつくんじゃない?」と彼女は判断しています。
 
私は彼女のそういう部分を、指摘するべきか、考えています。
きっと、彼女は嫌な思いをするでしょうね。得ることがないので、私は言わないと思います。
 
どんな人でも小さなプライドはあります。
正当なプライドもあれば、確かにどうでもいいことにプライドを持っている人だっています。嫌なら付き合わなければいいのです。
そして、誰もが持っているプライドを、あえて傷つける権利は誰にもないと思っています。
 
人が持っている自尊心というプライドこそ、私は「自分を保つ芯」だと思うからです。
 
私は彼女から学びつつ、彼女との友情は表面的であることを感じています。
彼女と私がなぜ続くのかといえば、彼女もいい部分は沢山あるのです。そこから助けられていることも多い私なのです。
私は彼女のいい部分とだけ付き合っているのです。(それに対しての賛否はあるかと思いますが、私はそれでいいと思っています)
 
彼女が人のプライドを逆なでしていることは、自分で分かってしていることでしょうし、彼女の人生のツケは彼女が払うのですし、見守るしかないのかなと、今の私は考えているのです。
あえて指摘して、私と彼女の関係が悪くなることを恐れるということより、彼女に言ってもしょうがない…と諦めているのかもしれません。
 
親でもない私が彼女の性格を直す役目を担っているとも思えないし、正直、そこまで責任が持てないのです。指摘したら、やはりそのフォローもしなくてはならないでしょう。
言うだけなら言えます。
でも、彼女を不愉快にさせる、その責任も私は追えないと感じています。

(補足ですが、私は大半の場合、友人の欠点は長所に思えるのです。というのは、欠点であったとしても人に迷惑をかけていなければ、欠点ではないと思えるからです。
その上で、私はたとえ親友であっても、性格的なものを指摘したいとは思っていません。それはその人を尊重したいからですし、その部分も含めて好きだからです)

| | コメント (2)

私と日記

今日、嬉しかったことがありました。
私の日記を読んで、気持ちの整理をする際に役にたったというご報告を頂いたのです。
誰かのお役に立てるということは嬉しいことですよね。
 
もちろん、私の書いていることは、あくまで私の考え方であり個人的な主観なので、人に押し付ける気はないですし、逆に読んでくださる方も自分の考え方を持った上での、あくまで参考程度にしてくださるといいなと思っています。
 
私と同じ考え方だと思ってくださる方もいらっしゃるでしょうし、こういう考え方もあるんだなと思うこともあるかと思います。そして、逆にこれは違うと思われることもあると思うのです。
それはそれとして、人それぞれと思ってもらえるのが一番嬉しいです。
  
私はHPを立ち上げた時は、今よりはずっと時間もあって、元気なパワーに溢れていました。
前向きな考え方って楽に生きれるし楽しいよ! ということをメッセージ発信したいという気持ちに浮き足立ったように、パーッとつくってネット上に載せたのです。
  
その後、仕事を変わり、忙しくなり、また仕事上の責任も抱えるようになって、更新も滞りがちになり…。気持ちが浮いたり沈んだりした後、今、ようやく、水平線になったという感じなのです。
 
こんな風に細々と続けている私のHPに、ずっと変わらず訪れてくださる方がいることに、逆に私の方が支えられている気持ちです。本当に有難うございます。
 
元来持っている性格や考え方はその当時と変わらないのですが、少し年齢もあがって、成長したこともあれば、逆に後退したこともあるように感じています。
 
でも、過去も今も未来も、変わらずに言えることは、「先のことを考えて悩むよりは、今出来ることをしよう」ということでしょうか。
行き当たりばったりということではなく、予想つくことは予想しながらも、多岐に渡る未来を想像して不安に思うことなく、現時点で出来ることを一生懸命にしようということかもしれません。
 
仕事上のストレスも、最近、減って来たように思います。
時間のやりくりも上手くいくようになりました。
そうなると、安定してきている今を心から感謝したい気持ちになるのです。
心の支えになる友人も何人かいて、私が頑張る源となる息子もいます。
職もあり、語ったり、遊んだりできる友人もいます。有り難いなと思います。
 
また、自分の時間でさえ、自分の物でありながらも振り回されることなく、「自分で管理している」という客観性を大事にしたいと思うのこの頃です。

もしかしたら、人生って、すごーく上手く行っている時でも、上手く行っていない時でもなく、水平線に安定して浮いていられる時が、一番幸せなのかなと思うのです。
 
これからも、本のブログや、日記、掲示板を、マイペースですが楽しく続けて行けたらと考えています。
 
誰かの力になりたいというような、奢った気持ちは全くないのです。
でも、もし、私が書いていることに共感してくださったり、ホッとしたり、心にポッと温かな火が灯るような感覚を持ってもらえたら、この上ない喜びです。
 
これからもよろしくお願いします。

| | コメント (4)

正義感の強い人

先日、職場の人と飲みに行きました。
 
彼女はとても正義感が強い人です。
言っていることは私も分かるし、同感と思うことも多いのです。
 
でも、聞いていて切なくなってきました。
 
それは、この世の中で正義だけではまかり通らないこと。
ある程度は目をつぶらなければ生きて行けないこと。
 
それは彼女も十分分かっているのです。でも、納得しきれないから辛いのでしょう。
人の数倍、苦しんで生きている人だと感じました。
 
正義感が強い人に共通するのかどうかは分かりませんが、
 
「私なら、こうする」「私なら、こう言ってあげた」
 
と、私ならが続くのです。
 
つまり彼女の正義は=自分の価値観なのです。
    

善であると思っていても、それが善ない場合もあり、また、人間は誰もが欠けている部分があるのですから、思ったことは正しくてもそれを実行に移すのが正しいかというとそうはならないと思うのです。

常識的に考えられる正義はほぼ一致すると思うのです。(例えば盗みや殺人が駄目だということなど)
でももっと一般的な日常に起こること、言動などは、正義だけでは成り立たない世界でもあります。

そのレベルになると、自分の正義が人の正義と違ってくることもあるので、自分が正しいと思い込むことで、逆に自分の正義を人に押し付けるマイナス効果も起こりえると思うのです。
 
こうして書いている私も、もちろん欠点もあり、完全な人間ではありません。
 
そんな私が思ったことは、人間はやはりバランス感覚と客観性も大事かもということです。
 
それだけではもちろん、「自分がない」人間になってしまうので、自分の考えを持ち、その考えを持つために、人の話を聞いたり、経験したりして、その上で客観性も持てたらと改めて思いました。

そして、正義感ですが、誰もが持っていると思いますし、また自分の正義感に反することを目にすれば、苦しくもなると思うのです。
でも、それは無理に無くす必要もないと思いました。
自分の中で折り合いをつけることも大事かもしれません。
 

| | コメント (0)

白猫風ナポリタン


 
子供のために開発? したナポリタンです。
といって、特に目新しいことはないのですが、使っているのは、野菜をたっぷり食べてもらいたいので、人参、ピーマン、タマネギ、ブロックのベーコンです。
先にいためておいて、茹だったパスタを加えて一緒に炒め味付けします。
 
パスタは9mmの麺を使用。茹でかたも子供向けですし、アルデンテにこだわらず炒めています。
 
味付けは塩、コショウ、トマトケチャップ、そして、ラー油。
このラー油が意外とナポリタンに合うんですよ。
 
タバスコとはまた違った辛みで美味しいです。
タバスコのように出来上がったパスタにかけるのではなく、味付けの時に入れて混ぜておきます。
味にばらつきがないように。
 
一度試してみてくださいね。

| | コメント (2)

イタリアンレストラン「ジョヴァンニ」

友人宅の近くにある家庭的なレストランです。

店内も席も正直なところ狭いのですが、その不満を払拭してくれるのが、料理の美味しさと値段です。

コースも色々とありますが、私はいつも好きなものを注文しています。

前菜もどれも美味しく、アラカルトで注文しても○。

友人に薦められて食べたのが、炎のエスカルゴ。エスカルゴというと引いちゃうかもしれませんが、オリーブオイルのソースが美味しくって、ぺロッと食べれてしまいますよ。

パスタもどれも美味しいので、はずれはありません。ちなみに私は、今回は渡り蟹のスパを頼みました。

そして、メイン。

今回はフォアグラのステーキです。こんなに豪華で美味しいのに値段は庶民価格!

嬉しいですね。

月に1回は立ち寄りたくなるような、気さくなレストランです。

http://www.enjoytokyo.jp/OD003Detail.html?SPOT_ID=g_g473600

| | コメント (0) | トラックバック (0)

チロルチョコ きなこもち


以前からネット上で評判だった、チロルチョコ「きなこもち」ですが、昨日、初めて目にして購入。
早速食べたのですが、
 
美味しかった!!
 
まさに周りのチョコがきなこの味で、真ん中に噛みごたえのあるお餅のようなものが入っていました。
これは病み付きになりそう。

またコンビニに行ったら買ってしまいそうです。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

努力していない私

私は最近、夢に向かって努力していません。
 
仕事が多忙ということに甘えて、時間がある時は遊んだり、読書、映画鑑賞などはしていますが、努力ということから疎遠になり、後ろめたく思っていました。
 
ところが、昨日、年長の友人と話した際に、私にこう言ってくれたのです。
 
「遊ぶことも勉強よ。色々と見たり、遊んだりしながら、何かを得ているのよ。吸収しているのよ。いつかそれを形にしたくなるはず。今、過ごしていることに何一つ無駄はないんだから、後ろめたく思う必要はないのよ」
 
自分に甘い私は、この言葉に嬉しくなってしまいました。
色々なことを見聞きしたことが、いつか夢の実現の糧やパワーになってくれれば嬉しいなと思いつつ、しばらくは自分の時間を楽しみたいと思います。

| | コメント (0)

カフェ ベローチェ


街中で見かけるカフェ ベローチェ。

ずっと昔から、ここのコーヒーゼリーのファンなのです。
 
苦めのコーヒーゼリーの上にのったソフトクリーム。
飽きのこない美味しさで冬でも食べてしまう私です。

| | コメント (0)

吉祥寺「ワイン&旬彩 あんど」

Photo

吉祥寺散策中に発見。
最初はランチを食べました。
値段は1500円程度とランチとしては高めでしたが、ミニ懐石といってもいいくらい、丁寧で綺麗で美味しくて感激☆

ランチメニューも毎月、日本和名が付いていてお洒落。
例えば神無月ランチとか。器も素敵です。

次は夜に行ってみました。
メニューも色々とあり、多彩な味が楽しめました。

シェフさんの腕がいいのでしょうね!
変わらぬ味で楽しませてくれることを願ってます。


| | コメント (0) | トラックバック (0)

ヨガ初日

皆さん、こんにちは。
昨日、ようやくヨガのDVDが届いたので、一緒にやってみました。
 
そこで知ったのですが、運動不足だった私のなまった体には、結構な運動量でした。
静かな動きなので汗をかくはずもないと思っていたのに、やっているうちにいつの間にかTシャツ1枚になっていました。
これは新陳代謝が良くなるかも! と期待大です。
 
また、予想外だったのが、ちょっと気持ち悪くなったことです。
なぜかというと、普段の生活で頭を下にすることってほとんどなかったのです。
 
でも、ヨガは(私が見たDVDは)、俯くことが多いのです。
やっていたのは15分くらいですが、段々気持ち悪くなってきちゃって。
これも慣れかもしれませんね。
  
あまり知識がない私なのですが、ヨガでも色々な流派があるのですね!
これから少しずつ調べて、自分にあうものを探したいなと思いました。
 
まずは継続していきたいなと思っています。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

ヨガをはじめようと思ってます

みなさん、こんばんは!

 

今日、愛用のアマゾンからヨガマットが届きました☆

色はオレンジです。

 

以前からヨガに興味があったのですが、まだ子供も小学生だし、夜のクラスに習いに行く余裕もありません。

それで、自宅で出来ないかな? と色々と調べたところ、安価でいいDVDが出ているのですね~。

ちなみに私が購入したのは、ムック本です。(DVD付)

初心者だからこそ、マットも一緒に購入した方がいいと複数の方のコメントでのアドバイスを読んで、思い切って購入しちゃいました。

どうしても色はオレンジが良かったのです。ダークな色だと気持ちが乗らない気がして!

マットは今日届いたのですが、DVD付のムックは別便のようです。今から楽しみだな~。

 

ネックは私が飽きっぽいところです。

いつまで続くか微妙ですが、体を伸ばす気持ちよさがあれば、しばらくは続くでしょうか。

ヨガは体も伸ばしながら、精神的なリラックスも出来そうなイメージがあります。実際に始めたらまた報告を聞いてくださいね。

他にも興味があるのが、バランスボールです。なんだか楽しそうではありませんか?

 

それではまた明日。

おやすみなさい。

| | コメント (3)

ドラマ「ウォーカーズ 迷子の大人たち」

昨日、何となく気になって録画したドラマを今日見ました。

NHKで土曜夜10時から放送、4話完結のドラマ「ウォーカーズ 迷子の大人たち」

です。

 

http://www.nhk.or.jp/dodra/index.html

 

タイトルが心に残って録画したのですが、観ながらぞくぞくっとなりました。

日本のドラマで好きなものはあまりないのですが、このドラマは役者さんの味とストーリーがうまく絡み合って、先がとても期待できるドラマです。

 

テーマは四国お遍路なのですが、みんなそれぞれが悩みや問題を抱えていたり、心を整理したかったり、何かを見つけたくて、でもその何かが分からなくて歩いているのです。

 

歩き終わった後に何が見つかるのでしょうか。

私もドラマの出演者と共にそれを見つけたい気持ちです。

 

実際に歩くのは大変なんだろうな…というのが実感です。

でも、もしかしたら、いつか歩くような気がする。そんなこともふと思いました。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

人間の役割

皆さん、こんばんは。

 

今日はちょっと疲れた1日でした。

職場でたいしたことでもないのに(と私は思った)、繰り返し、繰り返し、言い分を言われて、その意見も納得できる部分もあるのですが、すべて「自分オンリー」の意見に参ってしまいました。

こちらの意見は最初から聞く耳は持っていないのですから。

かなり年長の人でしたし、逆らえば長くなるので聞いていたのですが、後から思えばそれもやっぱりスッキリしなくって。

最初、私は、「全く、言いたいことを言う人は、自分を棚にあげて!」とあきれてました。

 

というのは、私だって日々過ごしていれば思うことは色々とあります。

でも、自分を振り返れば人に助けられることもあり、自分も失敗することもあるので、相手の意見も聞かずに言いたいことだけ言うことは慎みたいのです。

どうしても言わなくてはいけないことは、はっきり口にする勇気はあると思っていますが。

 

でも、今日は言いたいことだけ、自分の気持ちだけ一方的に言う人と向き合ったため、大変消耗しました。

客観性なく、一方的に言いたいことを言う人は、自分に甘く自分の欠点は見えていないからこそ、人に厳しいことが言えるのだと、内心苦々しく思っていたのです。

もし、これだけで終わっていたら、今日の1日は疲れただけで、そこから学ぶこともなかったでしょう。

 

今日の最後に、私の話しを聞いてくれた、職場の敬愛する女性から何気ないこんな一言をもらいました。

私に共感し、理解してくれて、ねぎらってくれた上での言葉です。

 

「私も普段から、言いたいことを言う人は、自分を棚に上げているから言えるんだなと思うわ。

 

でも、それがその人の役割なのよ。人に意見を言う役割を背負っているのよ

 

その言葉で、ストンと心が落ち着いたのです。

いいか悪いかは別として、世の中にはそういう役割を背負う人もいるのかもしれません。

誰が定めたのか、分かりません。

そういう業を背負って生きる人もいるのだと思えば、楽にもなれます。

そして、自分はそうはならなければいいのですよね。

そんな風に自分に言い聞かせて、今日は眠ることにします。

 

蛇足ながら、謙虚で心の品位の高い人は、普段から色々と大げさなことを口にせず、また人を許してくれるのです。そんな心の広い、尊敬する人の口から意見を聞いた時は、素直に受け入れたいと思うのです。

私自身も、この人が言うのだから耳を貸そうと思ってもらえる人間になりたいと思いました。

人間として成熟していきたいです。

 

長々と読んでくださって有難う。

それではまた明日。

おやすみなさい☆

| | コメント (0)

いい距離=客観的になること

私は客観的になることが自分を守ることだと考えています。

 

自分が大事だと、主観的であった方がいいように思いますが、私の価値観ではそうは思えないのです。

 

自分しか見えないことで、人の気持ちが理解できなかったり、また人が自分のことを分かってくれないと、「どうしてなんだろう!?」と苦しくなるんじゃないかなと常々思っています。

 

自分と人は同じではない。
考え方も、価値観も、行動も、「常識」でさえ同じではない。
そう思っていればがっかりすることは少なくなります。

 

あまりに価値観が離れていれば友達になることはありませんが、仲のいい友人であっても、価値観が全く同じということはありえません。
仲がいいからといって、考え方を思い押し付けられると戸惑います。
「私がそうだから、人もそうだと思った」
では、逆に距離感を感じてしまうものです。

 

「私はこう思うけれど、相手がそうかは分からない」
「私の普通はこうだけど、人の普通もそうだとは限らない」

 

 そんな土台で話していれば、逆に違う考えに触れたり、分かってもらえなかったりしても、淋しい気持ちは感じずにすみます。
 お互いそう思っている同士なら、より、安心して話せますよね。

 

 誰の言葉だったか思い出せないのですが、私がなるほどと思った言葉があるのです。

 

「人の物差しと自分の物差しが違うことを、みんなは知らない」

 

 ああ、なるほど! とその時は深く感銘したものです。
ちょうどその頃、私の友人でも、「自分がそうだから、あなたもそうだと思っていた」と言われたりすることもあり、なんかスッキリしなかったのです。
この言葉を聞いて、自分の考えを言葉にしてくれたのだ! と快哉を覚えました。

 

 育った環境も、家庭も、その人自身の性格さえ違うのが人間です。
たとえ夫婦でも、親子でも、恋人でも、元は他人です。(血は繋がっていても自分じゃない人という意味で他人)同じだと思わない方が楽に生きられます。

 

 最初からいい距離であった方が、近くにいて突然はねのけられるより、ずっとずっと長くいい関係が築けると思っています。
そのいい距離というのは、イコール、人と自分は元々違う人間だと認識することから始まるのかなと思うのです。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

時は金なり

皆さん、こんばんは!

人によって価値観が違うのは前提の上での話しですが、私は時間に正確なことは大事だと思っています。

 

事情で遅刻してしまうこともありますが、基本的には5分前に到着していないと落ち着かないのです。やはり、人を待たせてしまうのも申し訳ないし、5分前が定時と思っている部分もあります。

 

仕事も今はかなり前について、ゆっくりコーヒーを飲む時間があるくらいです。

昔は駆け込みでしたが…。

 

人と待ち合わせをして、いつも遅れてくる人っていますよね。

友人程度ならいいかもしれませんが、本音を言えば、恋人には不向きかなと思うのです。

 

時間を守れない人は約束も守れない。と決め付けるのはいけないかもしれませんが、時間に正確でない人は、仕事上で信頼を得るのは難しいと思うのです。
逆に言えば、時間に正確な人は信頼もできますよね。(すべてにおいてそうとはいえませんが一般的に)

 

私の好きな言葉の一つに、時は金なりという言葉があります。

貴重な他の人の時間を、自分が奪う権利はないと思うのです。

遅刻や、すっぽかし、約束を破るなど、人の人生の一部を無駄にしたようなもの。ある人が遅刻は時間泥棒だと言ったことがあります。きつい言い方ですがそれもそうかもしれません。

時間を大事にすることは、きっとプラスパワーに繋がると思います。

そして人間関係も仕事もいい方向に動く基本だと思っています。

 

それではまた明日☆

おやすみなさい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

頑固さについて

皆さん、こんばんは。

 

今夜の東京はちょっと冷え込みます。段々と年末が近づいているのですね。

 

突然ですが、皆さんは「頑固」ってどういうイメージですか?
融通が利かない、頭が固いというイメージがありますよね。
でも、一方では、芯が強かったり、しっかりしている面もあると思うのです。

 

段々年齢を重ねると、自分の経験や考えが決まってきて、頑固になっていく一面もあります。
ほら、よくいるオバサンと呼ばれる人たちは、見知らぬ人に対しても無礼だったり、突然お説教のようなことを言ったりするでしょう。あれも一つの思い込みと頑固さだと思うのです。すべて間違っている訳ではありませんし、いいことを言っているのですが、言い方も悪くて素直にきけなかったりしますよね。

 

私は頑固は悪いとは思っていないのです。
でも、人と柔軟に付き合っていくとか、会社でスムーズに仕事を進めるとしたら、頑固オンリーではうまくいかないでしょう。ではどうするのか?

 

私なりの回答ですが、頑固は自分の中だけにとどめて、人に押し付けないことが大事だと思うのです。

 

まず、人からの意見やアドバイス、考え方など、会話の中からいい部分はどんどん吸収する。
あれ?と思っても否定しないこと。人にはプライドがあるし、いいと思っていることをあえて否定したり、水を差す必要は全くないと思うのです。

 

次に人に対して、自分がいいと思ったこと、考えていることなどを話してもいいけれど、押し付けがましくないようにする。相手に言っても無駄だと思えば、引くことも大事かなと思います。
自分のいいことが相手にとっていいこととは限らないのですから。

 

そして、相手が押し付けがましく出てきたら、あえて否定せず、流してしまうのが一番です。
すべて流すのではなく、選択する必要はありますけれど。

 

あの人は「はいはい」と聞いているのに、実行しないと思われても、それはそれでしょうがないと思います。
でも、素直な気持ちでいれば、全部を流すのではなく、いい部分は自分の身につけていくことは、自分が一番実感すると思えるのです。

 

頑固さはOK。簡単に人に流されるようでは、付き合っていても面白くありません。
でも、人に押し付けるのは×。
柔軟に、素直に、芯をしっかり持つこと。
そして、人の意見を否定しないこと。人の考えていることを否定しないこと。変だと思っても水を差さないこと。

 

意見交換をしたり、議論するのはまた別問題ですので、そのニュアンスの違いが伝わればいいのですが…。
相手が言っていることを一度受け入れて、そういう考え方もあると理解できれば、全面否定にはならず、相手のプライドは傷つけません。
自分の意見も落ち着いて言えると思うのです。受け入れてもらえるかどうかは、また相手のキャパ次第ですね。
相手はともかく、自分のキャパを広げる努力をすることは無駄にはならないと思います。

自分も大事にして、人も尊重する。
やっぱりそこに行き着くのかもしれません。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

豆乳ココア

皆さん、こんばんは!

段々と寒くなってきた夜、ココアが美味しい季節になりました。
チョコ好きな私はココアも好き。

某メーカーの黒豆ココアが最近のお気に入りです。
ココアは甘い方が好き。

最近はもっぱら、豆乳を温めてココアの粉末を入れて飲んでいます。
牛乳も豆乳も好きな私ですが、私なりの研究の結果、豆乳を一番美味しく飲めるのはココアのようです。
(あくまで私の個人的好みです)

カフェラテやロイヤルミルクティは癖のない牛乳の方がやっぱり美味しいけれど、元々コクのあるココアは、コクのある豆乳と良く合います☆

相思相愛の仲のよう。

今夜も豆乳ココアで心も温まって眠りたいと思います。

おやすみなさい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

美肌を作る 1

皆さん、こんにちは。
今日は日曜日。旅行明けで疲れ気味なので、家でのんびりすごしました。

さて、タイトルの話しですが、皆さんも美肌つくりには興味がありますよね?
私もとてもあります。昔から色々と研究しているのですが、最近、はまっているのが、はちみつ洗顔です。

前にテレビで紹介されているのをみて実践しているのですが、何となくしっとりしてきたような?

 1、あわ立てネットで石鹸を泡立てます。

 2、泡の上にはちみつをたらします。

 3、はちみつを泡にまんべんなく混ぜながら、泡立てます。

 4、それを顔や首などにつけてマッサージ、流します。

最近、思ったのが、普通に洗顔した後で、直接はちみつをパックするのはどうなんだろう? ということです。
でも、それだとはちみつの量が沢山必要になるのかしら。

また、色々と試したことを書かせてくださいね☆

それではまた明日。おやすみなさい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

大道芸フェスティバル!

静岡で毎年恒例で開催されている、大道芸フェスティバルに行ってきました!

初めて観にいきましたが、すごくダイナミックでいい意味で予想を裏切られました。

命をかけた大胆なアクロバットもすごかったし、パントマイムやコメディも楽しかったです。
海外からのパフォーマーも大勢参加していて、本当にすばらしかった。

また来年も行きたいな! と思いました。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

吉祥寺 ダンディゾン

吉祥寺 ダンディゾン

ブティック風のお洒落な雰囲気のパン屋さんです。
一見、パン屋さんには見えないのですが、この近くに来ると、茶色のお洒落な袋を持った人が増えるので、お店を発見することは容易でした。

石階段を降りて店内へ。
瀟酒な雰囲気の店内では、メイド風の店員さんにお願いして、パンを取ってもらいます。
自由にパンを取ることは出来ないのが不思議な感じかな。対面式ではなくて、店内に色々とあるパンをメイドさんに依頼しながら選ぶという感じでしょうか。

味も美味しいけれど、値段も高め。ドイツパンなので固くてがっしりしたパンが多かったような。
雰囲気にお金がかかっているのかなあ? と思う私です。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

子育てでの「待つ」ということ

私には12才の息子が1人います。
大の子供好きだった私は、昔から子供は3人は欲しいなと思っていました。
でも、色々な事情で、現実には男の子1人。
初めての子育て、未知の男の子を育てる。
まさに初めてことばかり。
正直、大人だけの世界で楽しんでいた私にとって、子育ては苦痛の連続でした。

 

想像していたのと、実際の子育てが全く違うことを知り、そのギャップに参ってしまったのです。

自分の時間を作れない。
自分だけで遊べない。
大人同士の会話が出来ない。

子供の成長を楽しむことが出来ずに、苦しんだ時期も長かったです。

 

そんな未熟な私が学んだことは、「待つ」ということの大事さです。
今、子供にしていることが、今、結果になる訳ではないのです。
撒いた種がいつ芽が出るのかさえ分かりません。出ないかもしれないし、出るのは何十年後かもしれないくらい、気の長い話です。
ただ、一つたりとも、無駄な働きかけはないということも学びました。

 

息子に対して、手抜きの多い私が唯一気を配っているのが、「心を育てる」ということです。
人生を楽しめるような、土壌のある心を育てようというのが、私の大きな課題です。
それに伴って、食事には手抜きながら気を配っています。このことはまたの機会に。

心を育てるのも、やっぱりすぐには育ちません。
前に書いた記事の「スープを作るように」と同じかもしれません。

 

じっくり、ゆっくり、丁寧に。

いつか、息子が大人になった時に、ああ、「いい心」に育ったなと思えたら、息子自身が毎日を楽しんでくれていたら、私にとってこれ以上ない喜びだと思えるのです。

 

(ああ、でも、忙しくて慌ただしい毎日。ゆっくり、じっくりは、自分に言い聞かせていることなのですよ → 反省)

| | コメント (2)

« 2006年10月 | トップページ | 2006年12月 »