拒絶すると大きくなる

皆さん、こんにちは。白猫です。
3月に入って、暖かくなりましたね。
 
ようやく春ですね。
  
先日、尊敬している友人とお会いした際、
友人がこのような言葉を口にしました。
  
「拒絶すると大きくなる」
  
友人が言うには、やりたくないな、嫌だなということが起こったり、
苦手な人と接しなければならない時、
拒否すると、相手が大きくなるというのです。
  
  
イメージになりますが、
もやもやしたダークな雲が心にあるとします。
それを観ないようにしていると、心の中で大きくなり
存在感を出してきます。
  
苦手だなと思う人を避けていると、
その人のことばかり気になって、
相手が視野に入ると、ドキドキして重い気持ちが増してきます。
  
  
ところが、拒絶しなければ、相手は小さくなり、問題を解決しやすくなるというのです。
  
私はその現象を言葉にしてもらって、すごくスッキリしたのです。
   
私も、嫌だな、苦手だな、あとにしたいなと思うことは日々起こります。
   
もちろん、苦手な人と接しないですめばいいのですが、そうもいかないことがありますよね。
  
  
そこで、最近の私は心に抵抗があることが起こった時、
   
「拒絶すれば大きくなる」
   
と思いだし、あえて向かい合うようにしました。
  
最近の私の行動として、
  
・苦手な人に自分から声をかける。
  
・後回しにしたいメールに、早めに返信する。
  
・苦手な人(関係性で逃げられない人)に、あえて自分から近づいて親切にする。
  
・大変だと思うことを、先に片付けていく。
  
など。
  
嫌だなと思うことを遠ざけようとすると、
嫌だなと思う気持ちは大きくなり、心の中に占める割合が増えていきます。
  
自分から向き合うと、思っていたよりは悪いことではなく
存在が小さくなるのを実感しています。
  
心の仕組みは面白いですね。
  
私もまだ解決できていないことがありますが、
苦手だな、嫌だなと思うことに早めに向き合おう、と思うきっかけになりました。
   
   
今日も読んでくださってありがとうございます。
次回は、最近感じている直感の訪れる感覚についてお伝えさせてくださいね。
  
皆さんにとって、素敵なことがたくさん訪れますように☆
  
いつもありがとうございます。
  
白猫

| | コメント (0)

自分のネジを自分で巻ける幸せ

皆さん、こんにちは。
白猫です。
 
お久しぶりですが、皆さん、お元気ですか?
 
ずっと更新したいと思いながら、あっという間に日が過ぎてしまって
驚いています。
 
最近のことですが、突然、以前書きためていたその時の気づきの
ページにリンクしたのです。
(メールの下書きに、ふとした気づきをメモしています)
 
どうして、今、このメモにページが飛んだのか、不思議ですが、
目に留まった散文があり、それをアップさせてくださいね。
 
私自身に気づきがあったのです。 
 
「何かあった時、自分に責任があるというのは、
自分が悪いということではない。
 
何かあった時に、直せることもあれば、仕方なかったこともある。
 
自分に責任があるというのは、自分を変えられる要素は自分にあるということ、
それはすごく、ラッキーなこと。
 
ネジは自分自身にある。
自分のネジは自分で巻くことが出来る。
 
自分が変われば全てが変わる。
世界そのものは変えられないけれど、自分からみた世界は変えられる。
 
なぜなら自分の受け止め方が変われば、見える景色が変わるから。
 
自分のネジを自分で巻ける幸せ」
 
読んでくださってありがとうございます。
 
自分でふと思った気づきをメモしておくのですが、
改めて読むと、忘れていた気づきを思い出すことがあります。
 
実は恥ずかしながら、ここ数年、勉強に追われていて、
気づきがあまりわかない状況が続いていました。
 
勉強そのものは楽しいのですが、本当に余裕がなくなると、
気づきが生まれる余裕もなくなるのですね。
 
今年はたくさんの気づきやインスピレーションを受けて
それをブログにアップしていくことを、
私の中の願いにします。
 
まだ寒い日が続きますので、皆さん、体調にお気をつけてくださいね。
 
いつもありがとうございます。
白猫

| | コメント (0)

2019年あけましておめでとうございます。

2019年 明けましておめでとうございます。 

皆さまはお元気でお過ごしでしょうか?

 
今年もみなさまにとって、幸せを実感できる1年となりますように。
心からお祈り申し上げます。

このブログについて、
元旦に更新するのは、もしかしたらはじめてかもしれません。

今年はコンスタントに更新していきたいな、という
私自身への希望があり、今日ブログを更新出来て嬉しく思っています。

 
昨年は本業の傍ら、カウンセラーとしての活動をしていきたいと
実際に様々な活動をしました。

ご縁をいただいた企業で研修を担当させていただいたり、
傾聴の指導者の研修に参加することにしたり。
上級資格のための勉強もあり、かなり余裕がないパツパツの1年でした。

学べば学ぶほど、自分はまだまだだと落ち込み涙したこともありました。

その時はものすごく落ち込むのですが、
まだ発展途上と思えるのは、成長している証と嬉しく思ったり、
インプットしたら、アウトプットしたいなという希望も抱きました。 

両親も元気ではありますが、高齢で、色々な事情もあり
入院したり、病気したり、役所の手続きなどなど。
私の時間を割くことも多くなりました。

両親のことでは、今日という穏やかな日がいつまでも続くことを
手を合わせて願ったこともあります。

 

こうして改めて思うのは、何が自分にとって大切か、ということです。

その年代、年代で、大切なことは違うと思うのです。

今の私にとって大切なことを、そのまま率直に書きますね。

あくまで私にとって、の個人的な考えなので、誤解されないよう願っています。

 

 家族や友人など、人とのご縁

 時間

 お金

 健康であること

です。

まず、家族や友人など、私にとって大切な人たちが幸せでいてほしい。

そのために私ができることは出来る限りさせてもらいたいと思っています。
大切な人たちが幸せでないと、私も幸せになれないのです。

それが私の性分なのでしょうね。

まず、みんなが幸せであれば、私も安心して幸せになれる、という感覚です。 

次に、時間。

これは本当にどれだけあっても足りないくらい枯渇しています。

人は生まれながらに平等ではありませんよね。

生まれる場所も人種も、お金も、容姿も才能も。

すべて平等でない中で、時間だけは平等だ、と言われています。

ところがリアルなことを言うと、時間も平等ではないと思うのです。

経済力のある人は時間をお金で買えるといいいます。

単純に言えば、徒歩で行くのとプライベートジェットで行く差のようなもので
お金である程度時間も買えると思うのです。
バスで行くよりタクシーで行く方が早いこともありますよね。

 

私は時間をお金で買える経済力はありません。

その代わり、時間を効率的に使う能力が、少しはあるように思うのです。

そして、なによりありがたいのが、職場や人間関係にものすごく恵まれていることです。

何の悩みもなく職場に出勤し、仕事をさせてもらい、充実して評価もされ
そして、お給料をいただき、そのお金で勉強することが出来るのです。

こちらから希望しなくても、向こうから評価してくれることのありがたいこと。

幸せなことだな、としみじみ思う私です。

 

お金が大切だということは、年々、深く感じています。

学費にも両親の入院にも、私自身の学びにも。

友人との時間にも、大好きな洋服を買うにも、楽しみな旅行に行くにも。

友だちにプレゼントを贈るにも、家族や友人と美味しい食事をするためにも。

 

何をするにもお金が必要です。

そう思うと、お給料をいただけるって、ありがたいことだな、と改めて原点に戻れるのです。

 

感謝をしてもしても、あふれるような思いです。

また私にお金をかけて育ててくれた両親への感謝も、

改めて感じるのです。

 

歳を重ねるって、マイナスなことばかりではありませんね。
昔は全部与えられたことって当たり前だと思っていました。

今思うと恥ずかしいです。

 

そして、健康であること。

私は仕事をいくつか同時進行でこなしていることと、
高齢の両親と、まだ学生の息子が私を頼りにしているので、
私に何かあると、家族が大変なことになるという責任があります。

 
健康ですべてを回していることが、
またありがたいことだなと感謝するのです。

 

やむを得ずご病気の方もいらっしゃると思います。
誰もが健康でなくては幸せではないということではありません。

誤解されないでいただけたら嬉しいです。

 

私の個人的なことを聞いていただいてありがとうございます。

 

皆さんの価値観を否定する気持ちは全くありませんので、
私の考えは考えとして、そのままお読みいただけたら嬉しいです。 

 

それでは、2019年がみなさんにとって幸せを実感できる
温かで豊かな1年となりますように。

心から願っています。 

今年はアウトプットの1年にしたいです。

ここ数年で得たことなど、皆さんに聴いてもらいたいです。 ワクワク。

 

今年もどうぞよろしくお願いします。

白猫

| | コメント (2)

守護霊さまからのメッセージ。最近起こったシンクロのこと

皆さん、こんにちは。

白猫です。 
 
だいぶ、朝が寒くなってきましたね。
皆さん、風邪などひかないようにお過ごしくださいね。 
 
さて、最近、私にとって嬉しいシンクロがありました。
また、シンクロだけでなく、早めに着手してよかったなと思うことがありましたので、
シェアさせてくださいね。 
 
まず、プチシンクロです。 
 
先週末が締め切りのレポートを作成していたのですが、
忙しくてなかなか完成できずに、提出がギリギリになりそうな状況でした。 
 
金曜日のこと。
職場でたまっていた日経新聞を読んでいたところ(必要なところだけスクラップしています)、
今まさにレポートに書いていたテーマの記事を発見しました。
 
その内容を追加して提出することが出来て、
とてもタイミングが良くて、嬉しくなりました。 
 
記事の内容が参考になったというのも嬉しかったのですが、
それ以上に、レポートのことが気がかりで、負担があり、
気が晴れない状況の時、テーマの記事を発見した時の喜び! 
 
守護霊様が「頑張って」とメッセージを送ってくれたように感じました。 
 
もちろん、これは私がそう感じたということで、
立証できることではありません。 
 
単純な私は素直に、ああ、メッセージだ、と受け取ったのです。 
 
守護霊さま、もしくは、自分を守ってくれている存在からのメッセージは
直接電話やメールで届くことはありえないので、
なんらかの目印(目に飛び込んでくる公告とか、テレビの内容とか、目に留まった文字など)
を自分で感じ取れるかどうかだと、
スピリチュアルの本にも記載がありました。 
 
私も実感としてそのように感じています。 
 
何より、理屈でどうとか、たまたまだとか思うより、
ああ、守ってくれている守護霊様(もしくはご先祖様、守り神、なんでもOK)が
お知らせをくれたんだな、と思った方が、
守られていることを感じて、さらに自分を大切にできるように感じました。 
 
 
他には、今学んでいるコースの受講要件について、
今年から変更になったことを、ホームページで確認しました。 
 
昨年は私の要件で受講できたのですが、
今年の募集から申込要件が変更になり、私の要件では受講できなくなっていたのです。
 
去年申し込んでおいてよかった!
 
と心から思った瞬間でした。
 
今受講してることが身になるかどうかはわかりませんが、
まず、はじめなければ結果も出ませんから、
それだけで運がいいな、やはり急いだ方がいいと言うメッセージ(私が受けとったメッセージです)は
間違いなかった、と実感しました。
 
今、私がしていることは、何の確定もしていないことなので、
何年も学んだあとで、思った結果が出ない可能性もあります。 
 
半年前くらいでしょうか。
ふとテレビで流れていた言葉が耳に入りました。
最近、動画サービスばかりで、めっきりテレビを観なくなったので、
本当に偶然です。
 
バラエティ番組だったのですが、
実在の方の話で、誰のことかは記憶していないのですが
(ブログの読者さんでご存じの方がいらっしゃるかもしれませんね) 
ノストラダムスの大予言(1999年に人類滅亡)を信じて、
勉強しなかったら、何も起こらなかった、という笑い話のような
実話を放送していました。
 
その実体験を読んで、私が受け取ったメッセージは
 
「未来がわからないからといって、やらないのは
いつか死ぬからといって、何もしないのと同じ。 
いつ死ぬかはわからないし、未来も確定していないけれど、
やりたいと思ったことはやることが、
あとで後悔しない生き方」
 
とでした。 
 
偉そうなことを言うつもりはなく、
ただ、後悔しない生き方が出来たらいいな、とお伝えしたくて書きました。 
 
長い文章を読んでくださってありがとうございます。
 
また気づきがあったら、シェアさせてくださいね。
 
皆さんにとってたくさんの素敵なことが訪れますように☆
 
白猫

| | コメント (0)

思う気持ちに色はない ドラマ「おっさんずラブ」

皆さん、こんにちは。白猫です。

だいぶ、涼しい毎日になってきましたね。
過ごしやすく良い気候で嬉しいです。

朝晩冷えてきましたので、みなさん、体調にお気をつけてお過ごしくださいね。 

最近、動画サービスで、話題のドラマ『おっさんずラブ』を観ました。 

 
話題になっているドラマだということは知っていましたが、
特に先入観なく観始めたところ、あまりに面白くて、爆笑の連続。 
 
こんなに大笑いしたのは久しぶりです。 
 
人を思う気持ちのなんと純粋なことか。 
 
これは男性の恋愛なのですが、
違和感を感じることなく、
ただただ、コメディタッチな会話に笑ったり
純粋な思いを応援している私がいました。
 
ドラマから受け取ったメッセージは
 
「人の思いに性別などない」というものでした。 
 
なんとなくそれまでの私は、同性同士の恋愛にピンと来ないという感じでした。
いいとか悪いとか、差別の気持ちは全くなく、
ただ、自分のこととしてピンとこないという、客観的な感覚でした。 
 
ドラマを観て
人を思う気持ちに色はないんだな、と改めて実感したのです。 
今、世の中では多様性が謳われています。 
 
性別、年齢、環境などで人を差別化せず、
あらゆる人が平等であるように、
お互いを尊重しようという新しい流れの時代が訪れました。 
 
 
人は本能として、自分と違うものを排他したくなったり、
気が付かないうちに、自分が優位に立ちたい気持ちになることがあると、
私自身が実感しています。 
 
 
人はどうしても、主観的な生き物なので、
例えば、自分が職場で疎外されたり、いじめられたりしたら、
とても悲しく、辛いでしょう。
 
 
なのに、気づかずに、自分が差別している側になっていることも
ゼロではないと思うのです。
(私自身への戒めも含めて) 
 
 
人を思う心に色がないように、
男だから、女だから、いくつだから、どのような職業だから、
どういう出自だから、
という「ラベル」で判断するのではなく、
 
例えばワインボトルをイメージすると、
ブランドのラベルを剥がし、瓶をはずし、
その中にある魂だけで、
お互いを尊重しあえたらいいな、と思いました。 
 
 
今日も読んでくださってありがとうございます。 
 
また近々更新させてくださいね!
 
皆さんに素敵なことがたくさん訪れますように☆
 
いつもありがとうございます。
 
白猫

| | コメント (0)

訪れた気づきと、その意味について思うこと

皆さん、こんにちは。
白猫です。
 
大変ご無沙汰しています。
更新が滞ってごめんなさい。 
 
このように、気まぐれな更新しかしない私のブログを
気にかけてくださっている方、本当にありがとうございます。 
 

 
私の近況報告と、昨日起こった気づきについて、
皆さんに聞いたいただきたいことを書かせてくださいね。
 
 
自分で始めたことですが、
資格取得のための勉強や、
トレーニングなどの実習に、休日の半分以上が埋まり、
さらに、レポートや論文などの提出もあり
心休まることなく、2年が過ぎました。 
 
 
その間に、高齢になった両親の手術や病気など、
その対応もありました。
 
 
学びについては、
元々やりたいことをやっていたにも関わらず、
時間に忙殺されて、スピリチュアル的な感覚もマヒしているようで、
「最近、ほんとうにこれがやりたかったのかな」と
ふと思うこともありました。
  
 
大好きな友人とも会う機会もめっきり減り、
以前なら、月1回、2か月に1回は会っていた友人とも、
半年~1年に1回、しかも短時間会えればいいような状況になりました。
  
 
大好きなブログを更新したい、記事を書きたいという気持ちも
湧いてこなくなりました。
 
 
以前は書きたいことが山のようにあって困ったのに、
ここしばらく、書きたいこともあまり浮かんでこなかったのです。
  
 
私、本当にこれでいいのかな、そんな思いを抱えながらも、
途中でやめたいと思っているほどではなく、とにかくやるしかないと
毎日を仕事と勉強、家庭のことなどに忙殺される日々でした。
 
 
今月、少し授業に余裕があり、ようやく、
長らく会っていなかった友人たちと、休日に会えるようになりました。
   
 
そして昨日、前職で出会った大好きな先輩である友人と
久しぶりのランチをしました。
その方とはスピリチュアルな部分で、とても結びつきを感じる方なのです。 
 
 
私が「最近スピリチュアルな感覚を失いつつある」という話をしたところ、
その方も「まさに私も同じことを思っていた。仕事もミスばかりで、忙しくて休む暇もなくて」
とおっしゃるのです。
  
 
その方がおっしゃるには、余裕がないと、直感が入る隙間がなくなるとのこと。 
   
思い当たることがあり、そうだよね、と納得したのです。 
  
とはいえ、今学んでいることはすごく嫌なことをしている訳ではなく、
かといって、ワクワク楽しくて、心躍る訳でもなく、
得意なことではあるけれど、
努力していないこともあり、壁にぶつかっている状況でした。
  
 
友人と話している間に、ふと、
勉強はしながらも、スピリチュアルなことはまた時期がきたら進めたらいいのかも、
という感覚が湧いてきたのです。 
  
 
確信はないのですが、自然に任せよう、
今やっていることは、最後までやり遂げよう、
形になるかどうかは、神様に任せよう。
 
と思ったのです。 
  
 
そして、友人と年内の再会を約束して別れたあと、
地元の駅でのこと。 
  
そのまま帰ろうと思ったのですが、
なぜか、あるお店に寄りたいという心の声を感じました。
  
特に買わなければならないものもなかったのですが、
そのお店に寄ることにして、入ったところ、
もう7年近くお会いしていないお知り合いにバッタリ再会したのです。
  
長い間、連絡をしなくては、と思い続けて、
そのままになっていた方でした。 
  
ようやくお会いできて、長年の不義理をお詫びすることが出来ました。
   
その方と、今後もご縁があるかどうかはわかりませんが、
少なくとも、再会できたことで、私は長年の肩の荷が下りました。
  
そして、先ほど感じた、まずは今やっていることをやり遂げよう
ということについて、答えをもらった気がしたのです。 
  
それは直感でもあり、それだけではないのです。 
  
実は、私がカウンセラーの資格試験のための勉強をしていた時、
応援してくださって、
励ましてくださった方でした。 
  
 
その方から、辛いことがあり、私に話を聴いてもらえたらと
一度ご連絡をいただいた時、
私自身に全く余裕がなくて、その方の力になることが出来ず、
ずっと申し訳ないという思いを抱いていました。
  
そのことも昨日お詫びできて安堵しました。
 
 
そして、行き詰っている時に、その方に日お会いしたことに、
意味があるのだろう、と感じたのです。
    
 
私が思うのは、そのことに意味があるかどうかは、
事実はわからないけれど、「私が意味がある」と思うことに、
意味があると思ったのです。
   
世の中に存在する直感や、意味を感じることは、
証明はできないけれど、その人がそう感じた、ということに
敏感になるかどうか、
どう生かすかなのだと思うのです。  
 
そして、私は自分が感じたことを大切にしたいと思いました。 
 
ほんとうに久しぶりに、ブログを更新したい!
このことを書きたい!

と思ったのです。 
  

そうしたら、再び、ブログに書きたいと思っていたことが、
以前のようにあふれてくるようになりました。
  
 
  
本当に久しぶりの更新です。
書きながら、私自身も、私の魂も喜んでいるのを感じます。
   
皆さんにも不義理をしてしまい、
申し訳なく思う気持ちと、
私のブログを読んでくださる方がいらっしゃることが、
私の喜びでもあるのだな、と私自身の心を再確認させてもらいました。
  
読んでくださってありがとうございます。 
 
皆さんにたくさんの幸せが訪れますように☆
  
また今月中に更新させてくださいね。
 
ありがとうございます。

白猫

| | コメント (2)

チャンスをつかむということ

みなさん、こんにちは。
白猫です。
 
大変ご無沙汰しています。
 
 
色々な気づきがあると、
ブログに書きたい!といつも思いながら、
昨年から今年にかけて、あまりに忙しくて
その時間すら作れず、あっという間に1年が過ぎてしまいました。 
 
ようやく、レポートの作成も落ち着いてきたので、
今日は久しぶりに更新させてくださいね!
  
 
あれこれ書きたいことをメモに残してあるのですが、
最近、「これはすごい引き寄せだ!」と
嬉しくなるような出来事がいくつかありました。
 
私だけでなく、お知り合いの方のことでもあるのですが、
聴いてくださいね。 
 
まず、50代後半の女性の方のお話しです。
  
 
その方は定年まであと数年というところで、
退職を決意されました。
 
理由は会社のためです。
 
その方は人材育成のお仕事をされていて、
社内で中心的な人物だったのですが、
その方に頼り切っていて、どんなに進言しても後任を育てさせてもらえなかったそうです。
 
そこで、このまま、自分がいると後進が育たないと思い、
家庭環境もそれを許したので、退職を志願されたそうです。
  
それが受理された後のこと。
その会社の親会社の重役の方とたまたまお話しする機会があり、
退職することをお伝えしたところ
本当にやりたいことは何だったのか、と聞かれたそうです。
 
 
そこでその女性の方は、ご自身の志を世間話レベルでお話しされたところ、
なんと、退職後に、親会社の人材育成の改革者として来てほしいと切望され
スカウトされたのです。 
  
 
これは、普通はあり得ないレベルのことだそうです。
  
 
その方になら起こって当然のことだと私は思いましたが、
一般的には定年退職を数年後に控えている方が、
グループ企業ではなく親会社にヘッドハンティングされることになったのですから
大抜擢です。
 
 
社会人人生の最後をかけて、人材育成に尽力されるとおっしゃっていて、
私まで胸が高鳴りました。
  
 
このことで私が感じたのは、
1、日ごろから、丁寧に生きていること
2、やりたいことが明確化していること
3、ご縁を大事に育てていたこと 
 
必要な流れで、その人が必要なタイミングで
その人を必要とし、かつ、活躍できる場に移行できるよう、
仲介した重役の人との再会があったのです。
 
不思議な流れですが、すべては必然なのだな、
としみじみ実感しました。
 
 
そして、当然のことですが、その女性の心の美しさと人間力は
本当にすばらしく、私も心から尊敬しています。
  
 
今回のヘッドハンティングは、その女性にとってもチャンスですが
実は、会社にとっても大きな財産を手に入れたのですから、
お互いにとって幸せなことだと思いました。
 
チャンスをつかむには、普段から準備が必要ですが、
パッとそのチャンスをつかむ瞬発力も大切かもしれません。
 
 
最近、私が経験したことを、少しだけ書かせてくださいね。
  
  
今持っている資格の上位資格を取得するため、
去年からスピードアップして、かなりの授業を受けてきました。
 
 
その中で、私が過去にあまり得意としていなかった、
人前でプレゼンをしたり、研修講師をしたり、という授業も受けました。
 
 
苦手だからこそ、影で色々と努力してきた成果が、少しつかめた感触もありました。
  
そんな中、ちょうどたまたま企業研修の授業を受けた際、
自分で作った研修プログラムを持ち歩いていたところ、
ご縁があってある会社の代表の方に、
プレゼンをさせていただける機会がありました。
 
  
あくまでその時はプレゼンの練習をさせてもらおう、
という軽い気持ちだったのが、
「この研修、うちの会社でやってみませんか?」とお声をかけてもらえたのです。
 
 
その時のびっくりな気持ちときたら。(笑)
 
 
本当にそのようなことを望んでいたのか?と想像すると、
実際はよくわからないのですが、
そのお話をいただいた瞬間「受けないと後悔する!」という心の声を自分でキャッチしました。
 
 
本当は文章を書いている方が好きですし、
一対一のカウンセリングの方が、
私の本領を発揮できるとずっと思っていました
 
しかし、昨年から、様々な分野の勉強をするにあたり、
一対一では限界があること。
多くの人や組織に関わっていかないと、問題は解決しないことなどを体感し、
ファシリテーションの勉強もしてきました。
 
 
そこでいただいたお話しに、私は「お願いします」とお返事しました。
 
設定されたのは、2週間後。
 
あっという間にその当日を迎え、
生まれて初めての企業研修をさせていただくことが出来ました。
 
 
仲間内で開催するワークショップでファシリテーターをしたり、
身内でのセミナーの講師などは複数の経験はありますが、
お金をいただき、依頼された公の研修講師は初めてです。
 
 
相手は初対面の社員さんたち。
そこでの反応は本当に学びになりました。 
 
やはり私が考えている方向性は間違っていなかった、という確信も持てました。
 
それは「本音での対話を大事にする」「自分らしさを大切にする」「自分主体で生きる」という
私の価値観を入れたプログラムを採用していただき、実践できたことです。 
 
 
若手社員のみなさんの最後のフィードバックで
「本当に本音なんて話せるのかな、と思ったけれど、話せてすごく良かった」
「自分が何を大事にしたいのかを確認できた」
「自分らしさを考える機会をもらえた」
 
 
などの言葉をもらえて、それが私の宝物になりました
 
もちろん、もっとこうした方が良かったということはたくさんあるので、
次回に生かしたいと思っています。
何より、私の価値観を柱にした研修プログラムを
そのまま導入してくださった、企業の代表の方の懐の広さに
感謝しかありません。
 
何しろ「自分らしさ」とは、転職したいという願望も触発する危険性があります。
そのことをお伝えしたところ、
「無理に人を縛ってもいいことはない。
社員の成長の先に転職があるなら、それはそれで応援したい」との言葉を聞き、
耳を疑い、また感服しました。
 
人は籠に入れても出ていく時は出ていきます。
その人らしさを生かすことが、会社に貢献する人材を育てることにもつながる
私の方針を採用していただき、とても嬉しかったです。
感謝の気持ちでいっぱいです。
 
私がやりたい夢は色々とあるのですが、
ここ数年、社会に貢献したいという気持ちが多くなりました。
本業以外の時間を使って、カウンセリングや研修講師などの方法を通じて、貢献していければという願いがあります。
 
 
私自身の成長のためでもあります。
 
この4月からは、カウンセラーの後進育成のためのカリキュラムにも参加します。
 
 
このブログを通じてずっと伝えてきたことを、
実際の世界でもそれを伝えたいと思い始め、
2つの思いが一つになることがこれから増えてくるといいなと思いながら、
自分の行く道を模索中です。
  
またたくさんお話ししたいことがあるので、
ブログを通じて、聞いてくださいね!
 
みなさんにとってたくさんの幸せが訪れますように☆
読んでくださってありがとうございます。白猫
 

| | コメント (0)

ご縁とソウルメイトについて思うこと 

みなさん、こんにちは。白猫です。
 
8月も半ばとなりました。
みなさん、お元気でおすごしですか?
 
私は元気に過ごしています。
 

最近、ふと思ったことがあるので聞いてくださいね。

それは人とのご縁について。

 

1人の人、もしくは1つのコミュニティと仲が深まると、

別のコミュニティと関係性が薄くなったり、そこで知り合った人とも関係性が薄くなるような感覚を覚えています。 

 

時間は限られているので、無限に付き合いを広げることはできませんが、
なんとなく関心が薄くなっていく感覚があるのです。

 
新しいことに目が行くと、他のことへの関心が減るという感じでしょうか。

 

それがいつも一定ではなく、ご縁があればまた戻ったり、

そのまま疎遠になっていったり。

自分で意識して操作しているというより、

自然な流れに任せてそうなっているという感じです。

 

私が最近読んだ本で、ソウルメイトについて書かれていて、
なるほど、と思ったことがありました。 

 

ソウルメイトというと、前世からのご縁で、出会うべくして出会っているご縁。

さらに、切っても切れない縁、長く続くご縁というような印象がありました。

 

その本には、ソウルメイトであることと、ご縁の長さは一致しないと書いてあり、
ああ、そういう考え方もあるのか!と目から鱗でした。

 

例えば、どうしても好きになれない職場の人がソウルメイトの可能性もあるとのこと。

それは自分にとって必要なことを教えてくれる人だから。

また、お付き合いした人や結婚した人と別れた場合、ソウルメイトではないのか、というと、それも当てはまらないそうです。

ソウルメイトとは、長さとは関係なく、異性であるかどうかは関係なく、
自分にとって出会う必要がある人、何かの示唆をくれる人だとか。 

なので、ソウルメイトは1人という訳ではなく、たくさん存在するのですね。(その本によれば)

 

私自身は、できれば大事な人とは長くご縁があってほしい(男女に関係なく)と思っていますし、別れというのも寂しいものです。 

 

人生の道を歩くのは、何かに導かれているようにも思います。 

果たすべき使命だったり、役割だったり。

自分の意思で道を選んでいるようで、自分の意思と関係なく導かれる感覚もあります。

時に自分の未熟さから、道に迷うこともあります。 

 

人生の道を歩く中で、

その時、その時、必要な人や場所は現れ、そして長く続くものもあれば、

役目を終わった人や場は消えていきます。

 

ご縁にも寿命があるように思います。

私自身の成長と関係があるのかもしれません。

ご縁がなくなったから、意味がなかったということではなく、

体が大きくなったことで、合わなくなったランドセルを下すような感じかもしれません。

おろしたランドセルは私にとって必要なものだったけれど、

役割を終えたら、静かに過去のものになっていくのかもしれません。

ただ、ランドセルと共に経験したことは、私の中で蓄積されて、消えることはないのです。

 

ソウルメイトも、長く続くからよいご縁という訳ではなく、

自分にとって必要な人(反面教師も含め)はすべて大切なソウルメイトであり、

感謝することで昇華していくものかもしれません。

 

良いご縁は長く続いてほしいけれど、
それさえも自分の意思で操作できないのでしょうね。

 

付き合いの長い友人や家族に助けられることは多いですが、

たまたま読んだ本の一行に心を救われたり、

通りすがりの人の言葉に助けられたり、元気をもらったり。

 

長さと関係なく、重要な出会いは確実に存在しています。

 

だからこそ、目の前のご縁に感謝していきたいなと思うのです。

今、感謝しなければ、あとで感謝することが出来ないご縁かもしれないから。 

未来が今わからないからこそ、「今」を大事にするしかないのでしょうね。 

 

人のご縁の不思議について、色々と思いをはせた私です。 

 

今日も長い文章を読んでくださってありがとうございます。

次回は最近学んだ「アサーション」(率直な自己表現)について書かせてくださいね! 

昨年に勉強した認知行動療法の考え方についても、シェアしたいと思ってそのままになってしまっています。 

他にもとっても書きたいと思っているのが、シンクロニシティと未来予知についてです。

 

現実的な心理学、コミュニケーションについてと、スピリチュアルなことについて
両方に興味がある私なので、また色々と聞いてくださいね!

 

みなさんにたくさんの幸せがおとずれますように☆

いつもありがとうございます。白猫
 

| | コメント (0)

問題を小さくするより、自分を大きく育てる

みなさん、こんにちは。白猫です。
毎日暑いですね。
みなさんはお元気でお過ごしですか?
 
今日は先日受講したカウンセラーの研修で
なるほど、と思う視点をもらったのでお伝えさせてくださいね。 
 
 
例えば、体そのものに病理が出来た場合、
その部分を治すことが医療であれば優先順位ですよね。
 
 
それでは心が病気になったらどうでしょうか。
 
心は形があるようでないもの。
 
心のどの部分にどんな病理がある、というのが視覚では見えません。
ですので、様々な療法や投薬などで治療していきます。 
 
これは治療モデルで大切なことですので、治療をしない方がいいということではありません。
 
それとはまた別の視点での発想です。
   
  
例えば、根本的な悩みがあり、それが解決すれば心配事が消失するなら簡単ですが、
現実にはそう簡単に解決はしません。
 
 
問題がなくなっても、次の問題が起こったり、
そもそも問題と言える問題がなくても、喪失感だったり、寂しさだったり。
 
 
人に説得できるだけの材料がなくても、
人は心に問題を抱えたり、満たされない思いを持っているものだと思うのです。 
 
 
その場合、問題に目を向けていても、なかなか解決していきません。
 
 
講師の先生がおっしゃった言葉。 
 
 
「問題を小さくするのではなく、自分を大きくすればいい」 
 
 
その言葉を聞いて、ああ、そうだな、と瞬間に感じたのです。
 
 
自分を大きくするというのは、成長すること、成熟すること、
感受性を豊かにし、問題に対応する柔軟性を持つことなどを意味します。 
 
つまり、自分の器が大きくなれば、問題そのものがなくならなくても
自分に対しての問題の比率が小さくなれば、コントロールできるようになりますよね。 
問題に目を向けるのではなく、自分の良いところや自分の成長に目を向けることで、
問題そのものがなくならなくても、自分にとっての重要度が下がれば、問題ではなくなる、という考え方です。
 
   
 
自分を大きくするのには具体的にどうすればいいのか、私なりに考えてみました。 
 
1、経験を積む
 
すべてのことについて、小さなことでも経験して成功体験を重ねることで、
自信につながります。
 
経験値こそ財産だと私自身が痛感しています。 
 
 
2、視野を広くする
 
私が思う視野というのは、やはり色々な体験をしてみることにつきます。
そして、色々なパターンでの思考を経験してみることだと思うのです。
 
例えばリンゴについて何色?と質問された場合、
ある人は赤と言い、ある人は白というでしょう。
種の部分を観たら黒かもしれません。
 
つまり、リンゴは赤、という発想だけでなく、
視点を変えれば色々な側面が見えてきますよね。 
 
 
私もできている訳ではないのですが、
なるべく、多くの経験をすることで、
色々な立場の人の気持ちを理解できるようになります。
 
人の気持ちも理解できると楽になることがあります。
 
 
例えば私の例でいうと、20代前半のころ、職場に嫌いな上司がいました。
嫌い、と簡単に口にし、態度にも出すという恥ずかしい行動をとっていました。
 
その後年を重ね、私自身が上のポジションについた時、
上司、経営者など、それぞれの立場での考え方があり、
それはすべて、善悪ではなく、当然のことだと体感しました。 
その立場にはその立場でやらなければならないことがある。
そう考えると、善悪ではとらえられない視点を得ることが出来ました。
 
あらゆる立場を経験してみると、自分が成長できるように思います。 
  
 
3、どの人も自分の大切な人と重ねて見る
 
これは私がよくとる方法です。 
 
 
苦手だな、あまり好きではないな、と思う人について、
無理に親しくする必要はありません。
 
ただ、どうしても関わらなければならない時は、
その人の家族について想像してみるのです。
 
 
ある人にとって子どもであり、きょうだいであり、親である。
 
そのことを思うと、簡単に嫌うことが難しくなります。
 
無理に好きになることもありませんが、嫌いだと思うと先に進まないので、
この人のことを大切に思う家族がいる、という視点で見ることで、
私の中に許容できるスペースが生まれる感覚があるのです。 
  
   
パッと思いついたのは3つです。
まとめると、自分を大きくすることについて、
 
 私自身は 行動→経験→成功
 
のループが一番大きいと感じています。
 
 
行動すれば、失敗もあり、挫折体験もあります。
 
それも含めて、経験値を積むことで、自分のキャパが大きくなってきたと実感しています。
失敗も挫折も、自分に向かないことがわかる成功体験なのですから。
 
 ・ 問題を小さくすることに注力するより、問題を気にしなくなる自分を育てる。 
 
 ・ 人の欠点を観るより、良いところを探す。
 
 
治療モデルも活用しながら、発達成長モデルの視点で自分や他者を観ることが、心の安定につながると思いました。 
 
 
今日も読んでくださってありがとうございます。
 
みなさんにたくさんの幸せが訪れますように☆
また近々更新させてくださいね。
暑いですので、みなさん体調にお気をつけてお過ごしくださいね。
 
白猫

| | コメント (0)

別れの儀式に思うこと

みなさん、こんにちは。白猫です。
 
東京は連日の猛暑です。
みなさんも体調管理にお気を付けくださいね。 
 
 
今日は「別れの儀式」の大切さについて思うことがありました。
そのことを書かせてくださいね。
 
 
私はこの春に、数年継続して所属していた勉強会のサークルを
一度卒業することにしました。
 
 
その修了日。
この日の参加をとても楽しみにしていたのですが、
両親のことでその日しかできないことがあり、
やむなく欠席することになりました。
 
 
この日欠席したことで、「卒業した」という実感があまりわかず、
思い残したことがあるような感覚が、今もずっと続いています。 
 
 
「卒業式」はあえて別れを意識することで、
いつまでも今日と同じ日は続かないことを自覚し、
気持ちを新たに、明日からの新たな道を歩いていく。
 
それを自覚するためにあるのだなあと思いました。
 
 
関連して、ふと思ったことがあります。
  
 
私の大切な友人が話してくれたことなのですが、
友人にとっての大事なご友人がお亡くなりになりました。
 
ご家族の事情で、亡くなったことを知らされず、
時間が経ってから突然知らせを受け取った友人。
 
亡くなったことを受け入れるのに、とても苦しい思いをしたそうです。
 
「お葬式に参列して、きちんとお別れをしたかった」
そのように友人が話してくれました。
 
 
大切な人であればあるほど、
お葬式に参列するのはとても淋しく、寂しいことと思います。
喪の儀式に参列したからといって、割り切れるものではありません。 
    
 
だからこそ、あえてそのつらさを引き受けて、悲しみと向かいあうことで、
いつの日か心に折り合いがつき、
昇華していくのが心の修復の過程なのかもしれない、
と想像しました。
 
 
また別の例ですが、よく恋人との別れにおいて、
自然消滅が一番辛いと聞きます。 
  
 
別れの場面では、トラブルがあったり、苦しみや悲しみもあり、
ても辛いと思うのですが、
いつか連絡がくるかもと思いながら待ち続けると、
諦めるのに時間もかかり、心の整理に何倍もの時間がかかります。 
 
 
何が悪かったのかもわからず、聞きたいことも聞けず、
関係がいつまでもエンドレスで続いているように思い、
なかなか抜け出せないものだと思うのです。
   
   
人間はつらいことがあってもそれを引き受け、
前を向いて歩いていくしかないからこそ、
けじめをつけるというのが重要なのだなと思いました。
 
 
今回、私はサークルの修了日に参加できず、
なんとなく宙ぶらりんな感覚が残っていて、
そのことがきっかえで、
別れについてあれこれ考えを巡らせました。 
 
 
別れを伴う淋しさに向き合うのはつらいですが、
人生で起こる節目節目で、きちんと向かいあうことの大切さを感じた私です。 
  
   
今日も長い文章を読んでくださってありがとうございます。 
  
  
また近々更新させてくださいね。
 
 
みなさんにたくさんの幸せが訪れますように☆
 
白猫

| | コメント (0)

«他人事と思わず即対応すること