ひと手間を惜しまない

みなさん、こんにちは。白猫です。
 
あっという間に2月も半ばですね。
寒い毎日ですが、みなさんお元気でお過ごしですか?
 
この一か月、受講している講座の単位取得のため、
山のようなレポート類に追われ、
合間をぬってレポートを作成し続けました。 
 
ここまで中学時代に勉強好きだったら、今とは違う人生だったかもしれません(笑)
 
 
さて、ようやくレポート作成もしばらくは脱出できたので、
久しぶりに記事を更新させてください!
 
社会人歴もずいぶんと長い私ですが、
基礎的なことで気づきがあったので、シェアさせてくださいね。 
 
 
実はきっかけはお料理の時です。 
 
豚肉とジャガイモのみそ炒め、というレシピを見て作ったところ、
ジャガイモに少しパンチが足りなかったのです。 
 
 
茹でたジャガイモを一度塩コショウで炒めてから
味付けをしたらよかったなあとあとから思いました。 
 
ふいにそのとき、
 
「ひと手間を惜しまない」
 
 
という言葉が頭に浮かびました。 
実jは、ジャガイモだけ一度フライパンで水分を飛ばして
塩コショウしようかな、と頭をよぎったものの、
まあ、いいか、と思って、そのままお肉と一緒に味付けしてしまったのです。 
まさに、ひと手間惜しんだ結果です。
 
その翌日、人がしている仕事のミスを見て、同じことを思いました。 
  
最後にもう一度見直していたら、気づいていたのでは?
 
これもやっぱり「ひと手間を惜しまない」ことがポイントだったのかな、
 
と浮かんだのです。 
 
 
それで、早速私自身の仕事にもその視点を入れてみました。 
   
 
それなりに仕事歴が長いので、緊張感も緩みがち。
適当にやっても何とかなる。
そして時々ミスがある…。(お恥ずかしいです)
 
 
そんな私でしたが、一度完成したと思った時点で、
もうひと手間かけられないかな、と見直したり、
振り返るようになりました。
 
 
そうすると、気づかなかった小さいミスを発見したり、
より満足度の高い成果を出せるようになりました。
 
 
これでもいいか、というところで、
「もうひと手間かけられるかも」と思い浮かんだら、
それを実行してみると、私にとっては、プラスが多かったのです。 
 
 
そんな当たり前のこと、と思われた方も多いと思います。 
本当に、初歩的なお話しで、ごめんなさい!
    
 
私は本当におおざっぱなので、「あとひと手間」の言葉を
何かするときに、自分自身への合言葉みたいにしています。 
  
  
今日も読んでくださってありがとうございます。 
 
皆さんにたくさんの幸せが訪れますように☆
 
また近々、更新させてくださいね!
 
白猫

| | コメント (0)

幸せを感じるとき

みなさん、あけましておめでとうございます。
白猫です。 

本年もよろしくお願いします。 
 
 
今年がみなさんにとって、穏やかでキラキラした1年となりますように☆
 
早速ですが、最近、勉強会の仲間たちと
語り合う機会がありました。
 
その時に話したのは、お互いの人生に起こった出来事のうち
自分を変えた出来事についてです。 
  
  
「このことがあったから、今の私がある」
 
「あの出来事はとても辛かったけれど、必要な経験だった」などなど。
 
皆さんにも、ひとつかふたつ、
そのような記憶に残る出来事はあるのではないでしょうか。 
 
 
私が自分の人生についてシェアした後で、
こんな質問をいただきました。
 
 
「白猫ちゃんは、幸せを感じるのは辛いことから解放されたときの印象が
一番大きいと話してくれたけれど、幸せだと思った出来事そのものは何があるの?」 
  
  
その瞬間、頭を思いめぐらせてみたのですが、あまり思いつかなかったのです。 
  
 
嬉しいことはもちろんたくさん体験しています。 
 
でも、パッと思いつかなかったのは、
平穏な日常こそ一番幸せだという思いが、今の私にとって大きいからなのです。 
 
 
例えば、私自身が希望校に合格したり、就職が決まったり、
子供が生まれたり、子供が希望校に合格したり。
 
私をおもってプレゼントをいただいたり。
 
旅行に行ったり、そのほかにも、たくさんたくさん幸せなイベントはあります。 
 
 
でも、私にとって、毎日に何事もなく、笑顔で家族仲良く、穏やかに暮らせること。
 
 
やりたいことがあって、夢があること。 
  
 
大好きな友達や家族がいてくれること。
その好きな人たちと短い時間でも、時を共有できること。
 
 
贅沢は出来ないけれど、楽しく暮らせるお給料をいただいていること、
 
私を必要としてくれる職場があることなど。 
 
 
本当にありがたいな、と感謝することばかりです。
 
 
日常に感謝できる今の方が、
幸せ度が高い上に、幸せな気持ちが長期間続いていくのです。
 
 
それがいいとか悪いとかではないのです。 
 
 
私の人生で、私なりに辛いこと、我慢した経験がたくさんあったのも
要因かもしれませんが、
その体験があったからこそ、当たり前の日常奇跡だということに、
ようやく気付けたのです。
 
 
20代、30代前半までは、
あきらかに「幸せな出来事」を待っていたような記憶があります。 
 
また、○○がないと幸せになれない。○○があれば幸せになれる。 
 
というような、対象的な幸せを幸せだと思っていたように記憶しています。
 
 
色々な経験を経て、幸せって、感謝できることなんだな、とようやく腑に落ちた私。  
辛い体験の中でも、ここ10年間で、2回、仕事でとてもつらい経験をしてきました。 
そのお陰で、その職を離れた時の喜びは大きく、
また、平和な日常に感謝できるようになったのです。 
 
 
なぜ、つらい仕事を体験する必要があったのか。
私にとって、親との関係性も含めて必要な課題だったと思っています。
 
そしてようやく、その課題は卒業できたと実感しています。
 
 
つらい経験からの脱出が一番、「幸せを感じる瞬間」のレベルは高いのですが、
幸せ度が高いのは、今のような日常の毎日です。 
 
そこに時々、ちょっと嬉しいことがあると、またそれが嬉しくって、
日常に花を添えてくれる感じです。 
 
 
人が何かを与えてくれるのを待つより、自分で自分を幸せにできるのは何かなあ、
とワクワクしながら考える私です。 
 
 
今日も読んでくださってありがとうございます。
 
今年もどうぞよろしくお願いします。 
 
皆さんにとって、今年がますます幸せ度の高い一年となりますように☆ 
 
 
また近々、更新させてくださいね!
 
相変わらず課題に追われる毎日ですが、ブログに記事を書いている時、
私は幸せな気持ちでいっぱいです。 
 
みなさんありがとう☆
 
白猫

| | コメント (0)

2016年ありがとうございました

いよいよ2016年も終わりです。

みなさん、今年もありがとうございました🌸

2016年はみなさんにとって、どんな一年でしたか?

記憶に残る出会いや、出来事はあったでしょうか。

みなさんにとって、2017年が素晴らしい一年となりますように。

マイペースですが、更新していきますので、
来年もよろしくお願いします🌟

読んでくださるみなさんに感謝をこめて。

良いお年をお迎えくださいね。

ありがとうございます。

白猫

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ご縁をつなぐ不思議について

みなさん、こんにちは。
白猫です。 

暮れも押し迫ってきましたね。
 
しばらく更新できなくてごめんなさい。
 
今月は少しエネルギーが切れたようで、
やらなければならないことも遅々として進まず。
   
 
本当なら今月中に終わらせるべき課題が終わっていなくて、
年末ギリギリですが、
なんとか底力を出して終わらせよう、と決意したところです。 
   
 
ところで、みなさんもご存じだと思いますが、
東洋の暦で言うと、
一年の始まりは、2月の節分の日からです。
 
ですので、本当の「今年」の終わりには
まだ1か月くらい余裕があります。(笑)
   
 
さて、今日はご縁の不思議について聞いてくださいね。
  
 
私は以前から、人と人とのご縁を繋ぐ経験を
何度かさせていただいたことがあります。
 
 
深い意図はなく、何気にとった行動が、
後で思い返すと重要な出会いのきっかけを作らせていただいていた
というような体験です。
 
  
重要な出会いの媒介については、
直感で紹介したり、直感で一緒に食事をしたりというレベルです。 
  
  
そこからの繋がりで、ある人にとって、人生の通過点で必ず出会うべき人
(人生を思い返したとき、記すべき人)
に出会っていくのを、何度も見させてもらいました。
 
 
今年もそのような媒介の経験をしたように思います。
今年つないだご縁が、今後どのようになるかは未知数ですが、
将来に影響するご縁をつなげたのではないかな、と想像しています
 
 
人と人とのご縁は、本当に不思議です。
 
意図して何かできるようなことではなく、
決まっていたことの筋書きに、私が動かされたような体感なのです。 
 
 
ある人がこのようになりたいという希望があり、未来がある。
 
現時点では、そのために必要な人が誰かも、自覚されていません。
 
 
詳しいことは少しぼかしますが、
本当にあった話です。
 
Aさんという方が起業されました。
 
3年前のAさんは、起業など露ほども考えていらっしゃいませんでした。
 
起業する3年ほど前、
偶然、私がBさんを紹介することになりました。
 
AさんがBさんから聞いた話がきっかけで
人生の目標が絞られました。
 
その後、Aさんが努力され、
直観を大切にして行動したことで
ご縁やチャンスが整い、
Aさんは起業されることになったのです。
今も順調に進んでいらっしゃいます。
 
 
その道のりは、Aさんが意図してそうしたというより、
そのようになっていった、というような
川の流れを見ているようでした。
 
 
Aさんが起業するのはAさんの人生にとって
必要な出来事というか、決まっていたことではないかな
と私は後になって腑に落ちたのです。
 
Aさんにとって起業することが必要だったということは、
宇宙レベルで、社会としても、
起業してもらうことが必要だったのだろうと思うのです。
 
なぜなら、エゴ(自分の欲)だけでは、
良い展開は起こらないからです。
 
 
もし、私がAさんにBさんを紹介しなかったらどうなったでしょう
きっと、他の人からBさんを紹介されただろうと私は想像しています。 
 
ですので、私が重要だったと言いたい訳ではないのです。
 
一つ言えるのは、Bさんを紹介するのは私が最短のルートだったのかな
と思うのです。
 
 
その時はわからなくても、
後で思うと、自分にとって重要な出会いや、
このご縁がなかったら、今の自分はない。 
 
というようなことは
どなたでも必ず何回か経験されていると思います。  
 
 
良かったら、振り返って考えてみてくださいね!
 
不思議な偶然が重なって出会った方こそ、
人生にとって重要な人だった、ということがあると思うのです。
 
 
例えば計画的に、何かを達成したいから、
そのためにこの人に会うことが必要だと考えて、
積極的に行動する方法もあります。 
 
これは自分でターゲットを決めて、ご縁を作っていく方法です。
 
この方法は、自分の頭で考えた計画であり、
頭で考えている以上、自分の能力を超えたことは起こりません。
    
  
それよりも面白いのは、
自分で計画していないけれど、
漠然と心の中に希望や、信念、思いなどがあり、
それを心に持っていることで、引き寄せる運命やご縁です。
 
 
その出会いは、自分では想定していない、
ものすごい出会いだったりするかもしれません。
 
想像もしていなかった人生が開けるかもしれません。
 
 
縁には良い縁、悪い縁があります。  
 
  
このご縁がなければ、詐欺にあわなかった。
こんなひどい目にあわなかった。
 
 
などの悪縁もあるかもしれません。
 
 
良い縁を引き寄せるには、
やはり自分自身が良いご縁にふさわしくなるための、
最低限の努力は必要だと思います。
 
 
他にも、直感を大切にする。
直観を感じたら行動する。
 
心の中にかなえたいものがある。
熱意がある。
 
なども、
引き寄せる力を強くする一因かもしれません。
 
 
必要なご縁は必ず訪れるんだな、
と人とのご縁を媒介させてもらったことで、
しみじみ実感した、2016年の私です。
     
みなさんにとって、良いご縁が訪れますように☆
いつも読んでくださってありがとうございます。 
年内にまた更新させてくださいね!
 
白猫

| | コメント (0)

嫉妬しない秘訣 

皆さん、こんにちは。

白猫です。 

 

ふと思ったことがあるので、聞いてくださいね。

 

最近、私の周りに
 
明らかに「良いこと」が訪れている人、

「よい出会い」が訪れた人からの報告が増えてきました。

 

私は周囲の人が幸せであることで、
私の心も安定するタイプなので、
嬉しいニュースをお聞きすると、とても嬉しく、温かな気持ちになります。

 

私が人の幸せを喜べるようになったのは、
(事柄によっては、喜ぶところまでいけなくても、
過度に妬まなくいられるのは)

 
色々な体験を経ているからだと思います。  

 

プライベートな体験も書かせていただきますので、
あくまで客観的なお話しとして聞いてくださいね。

 

まず、私の成育歴が影響しています。 

私の母は感情のままに生きるタイプ。
さらに、マイナス気質でした。
  

そんな母の、
ものすごい感情の波に振り回されて育った私は、
母が穏やかで幸せなら、私も幸せになれるのに、 

と、ずっとそう思い続けて暮らしてきました。

 
何しろ、当時はこのような母ですから、
友人もいず、専業主婦だったので、
ストレスのはけ口もなく。
 
家族にぶつけるしかなかったのかもしれません。

更に母は嫉妬深かったため、
母の嫉妬に毎日のように揉まれているうちに、
嫉妬は愛情じゃない。
エゴを押し付けているだけ
、と感じました。

 

まず、自分の負担を減らしたい。

 

私の欲求の一番上の方に、
身軽でいたい、自由でいたい
という欲求があるのは、
以上のような成育歴からくるものだと私は思っています。

 
ちなみに母は60代半ばくらいから
私に対してはかなり穏やかに接してくれるようになりました。

それにも理由があるのですが、また別の機会に聞いてくださいね。
 

次に、10代後半ごろに、人は人、自分は自分、という価値観になりました。

隣の人に幸せなことが訪れて、それをうらやましいと思って妬んでも
自分にその幸せが訪れる訳ではないこと。
 

つまり、明らかなよい出来事は、個人的なものであって
人に嫉妬してもしょうがない、と線引きが出来るようになったのです。 
 

これはどうしてそうなったのかな、と思うと、
私がピアノを勉強していたからではないかな、と思っています。

 

人がどんなに上手に弾けたとしても、

それをうらやましく思っても、自分自身の腕が上がる訳ではない。

 

だとしたら、練習するしかない。

そもそも才能の差についても、感じるものがありました。

  
最初から嫉妬の感情がない訳ではなく、

たくさん持っていた私だから、
外に向けるより、自分の行動に結び付けた方が健全でいられる

という割り切りが出来たのかもしれません。

 

自然と、人は人、自分は自分と思えるようになっていきました。

 

もちろん、私も人間です。

人をうらやましいと思う気持ちもあれば、
嫉妬する気持ちも持っています。

 

ただ、そのネガティブな思いにいつまでも囚われていると、
「私が好きな私」ではいられない、と思うのです。

自分を好きでいたい、と思う気持ちの方が、
いつでも、嫉妬の感情より上回るのです。

 

そして、最近、また新たな気づきがありました。

 

身近に良いニュースが訪れるということは
私にもそのようなニュースが訪れる前触れ。
 
もしくは訪れているという証だと気づいたのです。 
 
 
なぜなら、類は人を呼ぶ、というように
幸せな人の周りには幸せな人が集まるから。
 
 
周囲にうらやましい、と思うくらい素敵な人が増えたなら
それは間違いなく、自分も同じように素敵な人になっているということ。
(抵抗があっても、そう思いましょう!)
 
 
願いがかなった、という嬉しいニュースが
たくさん届きはじめたということは、
私も、願いがかなったよ、というニュースを
人に伝える日も近いということ。
 
 
なんだか、そんな空想をしていたら、
ワクワク、嬉しくなったので、記事にさせていただきました☆
 
 
皆さんの周囲にも幸せな人が増えてきたり、

 

幸せなニュースが増えてきたら、

 

 

 

「次は私」って楽しみにしてくださいね。
 
 
そして、周囲に「私は不幸だ、あの人のせいだ」
と、人の悪口や妬みばかり言っている人たちに
もみくちゃになって囲まれているより、
 
 
少しうらやましいな、と思うくらいの
素敵な人、幸せな人、穏やかに暮らしている人たちに
囲まれている方が、
ずっと負担がなく、自分自身も幸せになれるんだ、って
想像して、実感してみてくださいね。
 
 
周囲の人10人くらいが、みんな人の妬みばかり言う人たちだったら
(実はそういう職場にいたことがあります)
本当に心が折れそうになります。 
 
 
キラキラしている人たち
キラキラしたいと思っている人たちが
周囲にたくさんいる方が、
相乗効果でキラキラ輝けることは間違いありません☆
 

 

 
皆さんにたくさんの幸せが訪れますように☆ 
 
 
今日も読んでくださってありがとうございます。
 
また近々更新させてくださいね。
白猫

| | コメント (2)

我慢しているんじゃない? 「今日もていねいに。」松浦弥太郎さん

皆さん、こんにちは。
白猫です。
 
今日はとても素敵な本と出会ったので紹介させてくださいね。 
 
「今日もていねいに。」松浦弥太郎さん
 
ていねいに生きること。
 
 
純粋に、この言葉が持つ響きが好きです。
 
 
日々、慌ただしく過ごしている私にとって
ていねいに生きることは目標でもあります。 
 
 
どんなに忙しくても、大変でも
そんな風に見えずに、爽やかに生きる 
というのも私のテーマのひとつです。 
(なかなか難しいですが!)
 
 
さて、この本は、暮しの手帖の元編集長である、
松浦弥太郎さんの
生き方の工夫のようなエッセンスのような本です。 
 
 
松浦さんの生きる上での信念、
柱のようなものを教えてくださる一冊。 
 
1つのエッセンスは3ページほど。
読みやすく、気付きもたくさん。 
 
 
共感することがたくさんあり、
さらにそれを実行していらっしゃる松浦さんについて
お会いしたことはないにも関わらず、身近に感じ
そして尊敬しました。
 
 
一部抜粋させてくださいね。
 
「毎日が自分プロジェクト」
 
自分だけの小さなプロジェクトを作るだけで、
日々が生き生きしてくる。 
 
松浦さんはおいしいハーブティを入れることや、
ギターを気持ちよく弾けるようになることなど
自分プロジェクトにされているそうです。
 
 
 
「出会う人は先生」
 
この出会いから自分は何を学べるのだろう?
そのような視点でいれば、嫌だなと思う人からも
学ぶことがあり、すべてが感謝にかわる
 
 
「与えるスケール」
 
会社や国が自分に何をくれるだろう
と待っているだけでは成長しない。
 
自分が接する人に何を与えられるのか
そのスケールが大きくなることが成長 
 
 
「嘘のしっぽ」
 
あ、これは見栄だな、嘘だな
とわかっても、あえて追及せず
さらっと受け流し忘れてしまう。
 
なぜなら、真実の追及より大切なのはその人の存在だから。
 
 
「手足をいつくしむ」
 
自分の手足を大切に。
爪を切り、クリームを塗り、大切にする。
 
差し出された手が、
例えアレルギーがあっても、作業で荒れていても
手入れしてある手は、
美しく信頼できる人だと思えます。
 
 
 
「欲張らないルール」
 
本当にほしくないものを
必要以上に欲張らない。
 
欲張りすぎると、自分の品格に影響が出てしまうから。
 
 
「自分をなくす幸せ」
 
生きていれば、人と争うことも
自己主張する必要があることもあります。
 
我欲のために生きる毎日の先に最終目的はなく、
もっと広い世界、自分をなくす幸せ がひらけています。
 
自分を知るために懸命に生き
その先に自分をなくす幸せがあるのです。 
 
 
「とことん休む」
 
生きていく最小単位は「自分」
自分以外、自分にてを差し伸べられる存在はない。 
 
辛い時は
声を上げてわんわん泣きましょう。
自分が抱えている闇そのものと向き合えば、
いつか必ず乗り越えられます。
 
松浦さんは、乗り越えられていない友人にこうおっしゃるそうです。
 
 
「泣き足りていないんだよ。どこかで我慢しているんじゃない?」
 
この言葉を読んだ時、
私の心に何かが響きました。
 
 
寝る前にワンセンテンスを読むだけで、
大切なこと。ていねいに生きるエッセンスを
思い出させてくれる一冊です。 
 
 
紹介したこと以外にも、
たくさんの素敵な気づきが詰まっていて、
私にとって宝箱のような本が増えました。
 
 
自分がすぐに実行できることもあれば、
時間がかかることもあるかもしれません。
 
そもそもピンとこないこともあるかもしれません。 
 
 
それは人それぞれなので、
無理に同調する必要はないと思います。 
 
私には私の
皆さんにはみなさんの、
 
「ていねいに生きる」エッセンスを
探すヒントにできたらいいですね。
 
 
良かったら読んでみてくださいね。 
 
 
今日も読んでくださってありがとうございます。 
 
皆さんに素敵なことがたくさん訪れますように☆
白猫
 

| | コメント (0)

直観と似て非なるもの 悪い予感をかき消すもの

皆さん、こんにちは。白猫です。
 
今日もカウンセラーの研修講座を受講していました。
また新たなレポートを書きます。 
 
大変ですが、知識が増えるのは喜びです。
 
皆さんにも少しずつでもシェアをしていけますように。 
 
 
今日は、直観に似て非なるもの。について書かせてくださいね。
 
あくまで私の見解です。
違うご意見の方もいらっしゃると思いますが、どうぞご了承くださいね。
   
  
先日のブログで直観を感じたら即行動について書かせていただきました。 
 
 
直観を感じたら即行動の法則は信頼しているのですが、
注意した方がいいこともあります。
 
 
それは、直観と似ているけれど、似て非なるものが存在しているからです。 
 
 
まず、直観には大きく分けて2種類あります。
 
良い直観と、悪いことを防ぐための直観(予感とも言いますね)です。 
 
 
まず、悪いことが起こりそうな直観(予感)。 
この直観は信頼した方がいいと私は思います。 
 
人間には遺伝子の中に、危険を察知する防衛本能があるため、
何か危ないと思ったら、直観が知らせてくれるそうです。 
 
とはいえ、人によって防衛本能の高低があるため、
新しいことへのチャレンジをすべて尻込みしてしまうと
可能性が狭くなってしまうので、もったいないですよね。
 
そのさじ加減は、みなさんご本人にお任せしますね! 
 
 
次に良い直観について。
 
この良い直観にこそ、本物の直観と似て非なるものがあるのです。 
 
私は恥ずかしながら、その差をきちんと受け止めず、
痛い目にあったことが何度もあります。
 
自業自得ですが、自戒の意味も含めて書かせてくださいね。 
 
 
直観で行動して大きな損失に巻き込まれた方について、
なぜ、危険を感じなかったのだろう、と想像してみました。
(自分自身のことだと、客観的に分からないので)
 
 
人は欲が絡んだ時、どうしても欲しいものがあった時、
直観に似た期待感が警戒心のレベルを下げさせて、
判断を間違える。
 
 
という私なりの答えが出ました。
 
 
欲というのは、人間全員が持っていて、悪いことではないのですが
分にあわない大きな欲を抱いて、大きな努力もなく叶うような件は
疑った方がいいと私は思います。 
 
 
例えば、投資詐欺など、
大きな利益が努力なく得られるような美味しい話を持ち掛けられ、
直観でいける!と思い実印を押してしまって、あとで後悔しても後悔しきれない…
 
このような時の直観は、直観ではなく、欲からくる期待だと思うのです。 
 
 
人間なので、誰でも欲はありますし、
棚から牡丹餅のようなラッキーがあれば、舞い上がってしまいますよね。
 
気を付けないといけないのは、大きなラッキーに見合う努力があったかどうか。
 
です。
 
美味しい話(あなたにだけ教えます、あなたが当選者です、のような)が来たときに、
その件についての努力をしたかどうか。
 
 
しないのに、そんなラッキーが来るのは不思議だと疑問に思えたら
本当の宇宙から訪れる直観と、欲からくる期待との差が見極められるのではと思います。 
  
 
例えば、正当な直観の通りに行動して、すごく良いことがあったとします。 
   
 
それについて努力したのかと聞かれたら、
していないこともあるかもしれませんが、方向性としての努力はしていると思うのです。 
  
 
例えば、一生懸命仕事をしていたら、ある日、直観が訪れ、
ネットを見たところ、自分の希望の会社が求人を募集していた。 
  
 
など、これは、普段の努力があった上でのラッキーだと思うのです。 
  
 
似て非なるもの
 
直観に似ているけれど、欲からくる期待の場合
 
ワクワクや高揚した気持ちの背後で、
必ず頭の後ろの方に「警戒」のサイレンが鳴っているはずです。 
 
 
目の前に美味しいお料理の乗ったお皿があり、
どうしてもどうしても食べたかった時、
例えばお腹を壊すかも…という直観があったとしても、
我慢が抑えられなければ、
ワクワクしているから、「これは食べろという直観だ」と思いこみ、
行動してから後で後悔することもあると思うのです。 
 
 
本物の直観は、完全に喜びやワクワク、幸せな気持ちしか起きません。 
 
そして、その直観の通りに行動した場合、うまくいってもいかなくても、
大きな後悔はなく、今後につなげていける結果となります。
 
 
似て非なるものは、どこかにやめたほうがいいという直観(これこそ悪い直観)が
かすかにあるけれど、目の前の欲からくる期待の方が強く、
それを直観と自分ですり替えて行動するため、
悪い直観はなかったこととして、蓋をされます。
 
 
その結果、一見上手くことが運んだとしても、
その間に不愉快な思いや、いざこざ、トラブルなどに巻き込まれます。
 
最終的に後悔することになったり、
物事は進んではいくのですが、
不愉快な思いや、同じようなトラブルを際限なく繰り返すことになります。
 
トラブルやいざこざに、耐性がある方もいらっしゃるので、
それはそれで、その人の選択した人生で、悪い訳でもないと思います。
すべて、自分の選択した結果が目の前に現れてくるのが人生なのですよね。
 
それが自分で好きかどうか、受け入れられるかどうかも、
個人的なものだと私は思うのです。
 
 
 
ここで私の体験です。
 
相手があることなので、少しぼかして書かせてくださいね。
 
 
私も欲や願望が強かった時に、
期待感が高まり、後頭部をかすめた悪い直観(予感)を聴かないふりをし、
行動してしまったことが、人生で何度もあります。
いわゆるライフイベント(大きな人生の出来事)でそのような行動を
何度もしています。
 
 
結婚に失敗した経験もありますし、
人を警戒心なく信頼して痛い目にあったことがあります。 
 
 
相手だけが悪い訳ではなく、私が直観を無視して、
期待感で、悪い予感をすり替えて受け取り、
周囲の反対を無視して、行動したからです。 
 
 
私の体験から思うのは、人は自分の都合のいいように、
信号をすり替える機能がついているのでは、という私なりの見解です。
 
 
本物の良い」直観の通りに行動した場合、
一見良い結果にならなくても、未来にその結果がプラスに繋がると思うのです。 
 
 
似て非なるものは、
行動した後、必ずと言っていいほど、後味わるい結果になります。
 
後日談が清々しくないというか。 
 
私の場合、離婚はしましたが、大好きな息子に恵まれて、
すべてが悪かったわけではありません。
 
とはいえ、ここは息子のことや運命のことは別として、
結婚について、予感を無視したことは確かです。
  
 
期待感があり、信頼すべき人ではない人を信頼して行動したことも、
明らかに警戒シグナルが頭の後ろでなり続けていたのに、
行動し、そのうち引くに引けなくなり、
長引いてしまいました。
 
 
その後始末は専門家の手も借りることとなり、
お金の負担もありかなり大変でした。
 
大きな事故に比べたらささやかな物ですが、
勉強代としては、高かったです。
 
 
離婚に至るときも、
信頼すべき人ではない人に関わった時も
 
あり得ないようなトラブルに見舞われ、
特に後者では、私の生き方では起こりえないほどの
とんでもないトラブルが毎日、毎秒のように相次ぎ、
人からの非難も浴びる経験をして、
精神的にボロボロになりました。
 
 
それは、その当事者の受けるべき難を
変わりに私が受けるような流れになってしまったからです。
 
 
なぜ、すぐに逃げなかったのでしょう。
 
 
これは今だから振り返ってわかることですが、
 
人は危ない場所に置かれたとき、
その場所の中でなんとか安定する場所を探し、
グラグラする中でバランスをとろうとしてしまうものだということ。
 
逃げるより、まず、その危ない場所での立ち位置を探してしまう。
 
それも間違った防衛本能ですが、
そのときはその道しか選べなかった私がいました。
 
 
そのような経験から、
最近は、直観と似て非なるものについて、
注意深くなりました。 
 
 
今後、完全に間違わないか、と聞かれたら、
約束は出来ないのですが、
以前より似て非なるものについて、自分だけでなく、
自分以外の他者の方の人生についても、わかるようになってきました。 
 
ですから、慎重にはなれると思います。
 
   
 
似て非なるものも、直観と似ていて、ワクワク感があるので、
例え警戒のシグナルがなったとしても、
これは良いサインだと受け取りたくなりますし、
つい行動してしまうこともありますが、大きな事故に繋がらなければ、
それも人生のエピソード作りなので、いいと思うのです。 
 
   
私の経験も、当時は本当に大変でしたが、
今となっては痕に残らないやけどのレベルだったと、
神さまにも、当時助けてくれた友人たちにも、心から感謝しています。 
 
 
ただ、取り返しがつかないようなことも、世の中には存在するので
気を付けて損はないですよね。
 
失敗も経験になる失敗と、しなくてもいい失敗があると思うのです。 
 
直観と似て非なるものについて、敏感になれたら
未然に防げる災難もあると思います。
 
 
今日も長い長い文章を読んでくださってありがとうございます。
 
皆さんにたくさんの幸せが訪れますように☆ 
書きたいことを、メモに書き溜めています。 
また近々更新させてくださいね!
 
いつもありがとうございます。 
白猫
 

| | コメント (0)

直観と行動の法則

皆さん、こんにちは。白猫です。 
 
 
もう11月も半ばですね。
急に寒さが増してきました。 
 
皆さんも風邪などにお気をつけてお過ごしくださいね。
 
 
今日は直観と行動の法則について書かせてくださいね。
 
 
最近、私が改めて実感したのは、
直観を受け取ったら必ず行動することの重要さです。 
 
 
私自身、直近で直観を受け取ってすぐに行動したことで、
嬉しいことがありました。
 
私の大切なご友人2人を繋ぐことが出来たのです。 
 
 
お2人も直観を感じて、すぐに行動してくださったお陰で
貴重なご縁を繋ぐことができ、一番嬉しかったのは私です。
 
 
今回のことで、しみじみ実感したことは
 
 直観 → 即実行 
 
の公式の効果です。
 
  
なぜなら、直観を感じても行動しなければ、
何もなかったことと同じになってしまうからです。
 
 
例えば、お稽古事でダンスを習いたいと思っていて、
駅近で受講料も安くて、よい先生の教室があればいいな、
と空想していたとします。 
 
 
そんな時、友人と話していたら、ふいに友人が
 
「○○駅の近くに、最近、新しいダンススタジオが出来たんだって。
入会金無料で、半年間受講料割引きって書いてあったんだ。
先生も教えるのが上手で有名な先生だって」 
 
と口にしたとします。 
  
  
この話を聴いた瞬間、
ピンとくる感覚を感じたなら、
それはきっと、ダンスはじめるタイミングだという
あなた自身の直観です。 
  
 
ここで「あ、直観が来た」だけで
何も行動せずに終わってしまったら、
そのお知らせはなかったことになってしまいます。
 
 
当然、ダンスを習いたい、習いたいと思っているだけで行動しなければ、
進展はありません。
 
仮にダンスを習ってみて、何か違うな、と思ったら、
辞めてもいいのですし、
 
辞めた後で、もっと自分に合うダンスの先生と巡り会うかもしれませんし、
ダンスではなく、他のことがやりたいという道に繋がるかもしれません。 
  
 
1つの扉を開けてみないと、次の扉に出会わないのです。
    
 
ダンスを習った方がいいという直観さえ、
ある目標が叶うための、第一歩なのかもしれません。 
 
その目標が何なのか、現時点では自分さえ気づいていないこともあります。
 
未来が分からないからこそ、面白いですし、楽しみですよね。
 
 
直観は、扉を開ける鍵のようなものかもしれません。
 
 
人生には秘密の扉がたくさんあって、
その先に何があるのか、分からないのが人生です。 
 
鍵を発見したら、その鍵を使って、
人生の扉を開けてみる。
 
 
ドアを開けていくごとに
人生のドラマは、開けていくものなのかもしれません。
 
 
人とのご縁も似ていて
 
「あ、この人素敵だな」と直観を感じたら、
メッセージを送ってみる、連絡をしてみるなど、
行動しないと先に繋がりませんよね。 
  
  
何の直観もなければ、何もする必要はないのですが、
   
  
「この人と繋がりたい」という直観が訪れたなら、
次の一歩を踏み出さないと、そのご縁もそれっきりです。
(必ずそれっきりとは言えませんが、次に出会うご縁は先になってしまいます)
 
 
何もしなければ何も起こらないので、
マイナスを感じないかもしれませんが、
直観の通りに行動していたら、
生まれたであろう大きなプラスを損失しているのですから、
実は大きなマイナスなのです。 
   
  
仮に直観の通りに行動して、
そんなに大きな進展がなかったとしても
決してマイナスではなく、
目に見えないプラスが増えていて、次に繋がっていくと思うのです。 
  
 
直観 → 行動しない
 
 この結果は目に見えない大きな損失 
  
 
直観 → 行動する
 
 いいことがあってもなくても、次に繋がる連鎖の入り口になる 
 
  
と私は思っています。
  
 
それを私自身の体験でもしみじみ実感しているこの頃です。 
 
 
直観がどんなものか分からない、という方も、
たくさんの直観を日々受け取っているはずです。
 
何故か分からないけれど、これをやってみたくなった。 
 
これを選びたくなった。
 
という小さなものも直観です。
 
 
サインに気付いたら行動する習慣をつけるほど、
直観に気付きやすくなっていくのを、私自身が実感しています。
 
 
直観は本当にささやかなことでも感じるものなので、
小さなことも大切にできたらいいですよね。
 
 
皆さんも直観を感じたら、即実行をセットで試してみてくださいね。 
 
 直観 → 行動
 
の公式です。
  
  
皆さんに良い変化が訪れることを願っています☆
 
 
次回は、直観と似て非なるものについて、書かせてくださいね。
 
今日も読んでくださってありがとうございます。
 
皆さんにたくさんの幸せが訪れますように。
 
白猫
 

| | コメント (0)

とらわれない心 かたよらない心 こだわらない心

皆さん、こんにちは。
白猫です。 
 
今日は、私の好きな言葉(詩)を
ご紹介させてくださいね。
 
ーーーーーーーーーーーーーー
 とらわれない こころ 
 
 かたよらない こころ
 
 こだわらない こころ
 
 ひろく  
 ひろく  
 もっとひろく
 
 これが般若心経
 空(くう)のこころなり
ーーーーーーーーーーーーーー
 
修学旅行で学生さんが講和を聴くために訪れることの多い、
奈良の薬師寺の故・高田好胤(たかだこういん)さんの言葉です。
 
昨年あるきっかけで知ったこの言葉。
1年半ほど私の心の中で熟成し、
最近、ふとしたことで、頭の中に浮かぶようになりました。
 
 
私は特に仏教の勉強をしている訳でも
般若心境の勉強をしている訳でもないので、
きちんとした正当な解釈は伝えられないのですが、
 
この言葉が私に教えてくれたのは、
 
「自由な心で生きなさい」
 
ということでした。(あくまで私の解釈ですので、ご了承ください)
 
 
自由な心というと、またこれも漠然としていますよね。
 
もう少し細かく私の考えを解釈すると、
 
 「自分の中の価値観に縛られすぎないで」
 
 「人の行動に一喜一憂しないで」
 
 「人に支配されないで」
 
 「自分の夢や希望に制限をつけないで」
 
 「人に配慮や遠慮しすぎないで」
 
などなど。 
 
 心を柔軟に。
 
 人の発言や考え方も受け入れ
 でも、左右されず
 
 
 人に何かを求めすぎず
 
 人から押し付けられず、押し付けず。
 いつも自由な心で生きたい
 
 
それが最近の私の思う自由な心です。
 
心に引っかかることがあった時、
なんだかモヤモヤするなと思った時
 
思い出すのが「とらわれない心 かたよらない心 こだわらない心」
 
の言葉です。
 
心の中心に置いておきたい指針のような存在です。 
   
   
今、私はとらわれていないかな。
かたよっていないだろうか。
こだわりすぎていないだろうか。
  
  
と振り返ってみます。 
 
 
こちらも期待することもあるし、他者が私に期待することもある。
 
私がこうしてほしいと思うこともあるし、
他者が私にこうしてほしいと思うこともある。 
 
でも、やはり私は自由に生きたい。 
 
自分が自由に生きたいのだから
人の自由も尊重したい。
 
そう思うと、モヤモヤした思いは解消し、
過ぎ去っていくようになりました。
 
 
もちろん、現在、あまりこだわるような出来事が
私に降りかかっていないからだと思いますが。
 
 
私のいう自由というのは行動も含みますが、
何より、心が自由でありたいのです。 
 
 
自由な心で伸び伸びと生きている時、
私の顔にも輝きとして出ているようです。  
 
 
そして、小さなことにこだわると、
大きな世界が見えなくなります。
 
こだわりから解放されると、
世界が広く見えるようになります。 
 
皆さんにもそんな体験があるのではないでしょうか。
 
 
何かの問題や、他者のことが引っかかっている時、
心の世界は狭くなりますが、
 
そこから自由になった時、
心の世界は無限大に広く感じます。 
 
広い心なら、どんな問題で解決していけます。(そう信じます)
 
 
皆さんも、自由な心のままに、生きてくださいますように。 
  
  
今日も読んでくださってありがとうございます。 
 
 
また近々更新させてくださいね。
白猫

| | コメント (0)

直観と頭で考えることの差について

皆さん、こんにちは。
白猫です。 
 
 
今日は過去の記事と重複するかもしれませんが、
直観と頭で考えることの差について書かせてくださいね。 
 
 
最近、学生時代の親友から、
仕事を継続するかどうかの局面で
上の方から引き留められ、
葛藤を感じているという、素直な心情をつづった手紙が届きました。
 
 
友人の結論は出ていることだったのですが、
客観的に読んで、なるほどなあと腑に落ちたことがあるのです。
 
 
それは、人は誰もが本能的な最初の気持ち
「直観」で答えは出ているんですよね。 
 
 
ただ、迷ってしまったり、行動に移せないのは、頭で考えてしまうから。
(みなさんもご存じだと思いますが)
 
 
 これを実行したら、○○さんに迷惑がかかるのでは
 
 こちらをとったら、あちらの顔が立たないのでは
 
 この選択肢を採用すると、あとで損しちゃうのでは
 
 手放したら、もったいないかも。 
 
 
などなど。
 
相手への配慮や、おもいやり。
勇気のなさからくる優柔不断や
損得勘定、利害関係の計算などなど。 
 
直観のあとに浮かんでくるのは、頭で考えるあれこれ。 
 
考えれば考えるほど、
モヤモヤして、結論は遠くなるばかり。
 
頭で考えることが、直観の行動を妨げてしまうんですよね。
 
 
直観のままに行動したら、
確かに、がっかりする人もいるでしょうし、
傷つく人がいるかもしれません。
(行動する際の配慮は必要ですが、結果は変えられないので)
 
 
一時的に損することもあるし、
しばらくの間は、選択しなかった道を考えて、
後悔するかもしれません。 
 
 
直観に従って得られるものは莫大です。
 
 
まず、自分の気持ちに素直になれたことで、
心が清々しくなります。 
 
魂が喜ぶのを感じます。
 
 
一時的に手放すものがあれば、損をするかもしれませんが、
大切なものとの出会いを得ることができます。
 
手放さないことで、大切な出会いが白紙になることもあるからです。
 
例えば、ある話を持ち掛けられて、
今後のプラスになるような話なのに
直観で、やめておいた方がいいというお知らせがあったり、
頭で考えると得なのに、
本心では気乗りしない場合。
 
 
手放すことで、一時的に損した気持ちになっても、
後で、やっぱりこの選択で良かったと
分かる日がくると思うのです。
 
 
何より、決断した後は、魂が解き放たれ
清々しい風が心に吹くような感じになるでしょう。
 
 
軽く行動に移せるようなこともあれば、
重大でなかなか行動に移せないこともあると思います。 
 
 
自分の最初に浮かんだ直観を尊重することは、
自分自身を大切にするということ。 
 
 
大きな決断をするときこそ、直観(一番最初に浮かんだこと)が、
自分にとって正解なのだと思います。  
 
 
直観を選択して、しばらくはこれで良かったのかな、と思うことはあっても、
将来的に後悔することはほとんどないと私は感じています。
 
 
それは、直観こそ、魂や守護霊様が教えてくれる
その人が一番必要としている答えだから。
 
 
皆さんもご自身の直観を大切にしてくださいますように。
 
 
今日も読んでくださってありがとうございます。 
皆さんにたくさんの幸せが訪れますように。 
 
 
また近々更新させてくださいね。
 
 
白猫

| | コメント (4)

«自分の中の幸せに気づくこと